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La bergeronnette セキレイ・羊飼い娘

フランス音楽研究会では、2020年からブルクミュラー(1806-1874)作曲「25のエチュード」(1851年初版出版)の各タイトルの裏に隠された文化的背景を探ってきました。
第11番の"La bergeronnette"は、日本では「セキレイ」と訳されています。ウィーン原典版では、独/英訳で "Die Bachstelze / The Wagtail"と訳され、それぞれに「セキレイ」の意味です。しかし、1905年出版のペータース版では、"Die junge Schäferin / The young shepherdess"と訳されており、シャーマー版でも校訂者によって、現在でも"The young shepherdess"と訳されている版があります。「若い羊飼い娘」の意味です。実際にフランス語の語源的には、"bergeronnette" は、[bergère 羊飼い娘]+[ette 接尾語]で、「羊飼い娘ちゃん」という感じの意味になります。
フランスの鳥図鑑から「セキレイ」の挿絵と説明文を見てみましょう!

Bergeronnette grise(灰色のセキレイ)
Bergeronnette printanière(春のセキレイ)
「田園や湿った牧草地に生息する渡り鳥(種によっては留鳥)。9月半ばにアフリカ方面に渡り、
4月にはフランスに戻ってくる。川べりで小さな虫を食べ、休みなく尻尾を動かす。」
Oiseaux Atlas illustré , Texte de Jaroslav Spirhanzl-Duris, illustration de Jan Solovjev ,
Grund,Paris 1971

ドイツ名” Bachstelze”は、「小川を竹馬に乗ってぎこちなく歩く」、英語名”Wagtail”は、「尻尾を振り動かす」の意味です。牧場で羊の群れの中で、
尻尾を振りながら、長い足でぎこちなく歩く姿は、愛らしくユーモラスですね。それ故、フランス人は、「セキレイ」のことを「羊飼い娘ちゃん」と呼ぶのかもしれません。"bergère"「羊飼い娘」は、17世紀からヨーロッパで流行した田園詩や牧人小説の「恋する女」の代名詞でもあります。ブルクミュラーと同時代の"Bergeronnette"と題された歌曲を見てみましょう。

Henri Reber(1807-1880)作曲
歌曲"Bergeronnette"
1843年出版の楽譜の表紙
フランス国立電子図書館より


歌曲"Bergeronnette"の楽譜
Charles Dovalle(1807-1829)作詞
フランス国立電子図書館より

歌詞の大意:「野原の小さな小鳥、浮気なセキレイは、素早く色っぽく飛び跳ねて、美しい歌を歌う。優しいセキレイは、羊の群れの牧草地でピョンピョン跳ねて、小川で自分自身を映してみる。愛らしく気まぐれに、花の先をついばみに行っておいで!牝牛の足元で、色鮮やかなハエを追っかけておいで!・・・・・・お前の甘い歌だけが私を慰めてくれる。お前だけが私の友達だ!セキレイよ、私の前方を飛んでおくれ!」
小鳥に自らの恋心を重ねる歌は、古今東西数多くありますが、この歌詞では、「セキレイ」を「羊飼い娘」のようなキャラクターとして愛情をこめて表現しています。

Alexandre Heps(1824-1880)作曲
歌曲”Bergeronnette"
1861年出版の楽譜の表紙
フランス国立電子図書館より

このように"Bergeronnette"が「羊飼い娘」として、恋愛の対象となっている歌曲もあります。ちなみに、日本でも「セキレイ」のことを「石たたき」「嫁教鳥」「恋教鳥」とも呼ぶそうです。(「デジタル大辞泉」より)
フランスでは「羊飼娘ちゃん」と書いて「セキレイ」と読む!!
ブルクミュラーも「牧場で愛らしく気まぐれに飛び跳ね、尻尾を振って、恋心もくすぐるような小鳥(娘)」を表現したのかもしれません。
(文責) フランス音楽研究会 阿部理香 

《フランス音楽研究会》
2003年の結成以来、音楽だけでなく、演劇・美術・文学・服飾・料理などそれぞれの分野の専門家とジャンルの垣根を超えた「異分野融合型」の研究&公演を行ってきました。2020年から始めた「ブルクミュラー研究」は、ピアノ音楽だけでなく、他の器楽曲、声楽曲、社交界舞踏、文学、美術、服飾などから多角的に考察しています。
 

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