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宮沢賢治の宇宙(17) 星に色を見る人

サファイア色とトパーズ色の星

宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』では銀河鉄道がアルビレオ観測所を訪れる場面がある。観測所の名前である“アルビレオ”は、はくちょう座のβ星だ(星座で二番目に明るい星)(図1)。そこで、賢治が見たアルビレオの景色は豪華だった。

窓の外の、まるで花火でいっぱいのやうな、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、眼もさめるやうな、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとほった球が、輪になってしづかにくるくるとまはってゐました。(『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、148頁)

図1 はくちょう座の北十字と、はくちょう座のβ星アルビレオ。右のパネルはアルビレオのクローズ・アップ。下に見える黄いろっぽい星が三等星のはくちょう座β1星(アルビレオA星)、上に見える青く見える星が五等星のはくちょう座β2星(アルビレオB星)。 (写真:[はくちょう座] 大野実、[アルビレオ] 畑英利)

サファイアの青とトパーズの黄色

前回のnote記事「銀河鉄道はアルビレオ観測所で一休み」では、賢治がアルビレオの色を宝石の色で表現したことに感心した。青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)である。このネーミングは賢治のオリジナルだと思ったが、実は既に二つの書籍でこの表現が使われていたことを知った。

[1] 『肉眼に見える星の研究』吉田源次郎、警醒社、1922年、196頁
[2] 『星の名、その伝承と意味(Star-Names and Their Meanings)』リチャード・ヒンクリー・アレン、1899年

[2]の本はGoogleのアーカイブで読むことができる(図2)。なお、この本の存在を知ることができたのはチェット・レイモによる『夜の魂 天文学的逍遥』(工作社、1988年)のおかげだ。

図2 Googleで公開されている『星の名、その伝承と意味(Star-Names and Their Meanings)』(リチャード・ヒンクリー・アレン、1899年)のカバー頁。 https://ia802604.us.archive.org/11/items/StarNamesAndTheirMeanings/StarNamesAndTheirMeanings.pdf

賢治の『銀河鉄道の夜』と合わせて、前回のnoteで紹介した3冊の情報をまとめておく。また、その後、野尻抱影もアルビレオの色をトパーズとサファイアで説明してある本を2冊見つけた。引用元は書いてないので、野尻自身のアイデアの可能性がある。併せて載せておく(表1)。

註:『銀河鉄道の夜』でアルビレオの観測所が出てくるのは初期形三(第三次稿)以降である。この原稿が準備されたのは1925年から1926年であるとされている。『銀河鉄道の夜』の原稿の変遷については以下を参照。(1)『討議 『銀河鉄道の夜』とは何か』入沢康夫、天沢退二郎、青土社、1976年、131頁、(2)【新】校本、第十巻 校異篇、筑摩書房、1995年、76頁、(3)『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読む』西田良子 編著、創元社、2003年、口絵4。

野尻を加えて、なぜ、4人はアルビレオの色をトパーズとサファイアという宝石の色にしたのだろう(図3)。星は輝く。輝くのは宝石。それなら、星の色は宝石の色にする。そういう発想なのかもしれない。色が黄色と青であれば、他にもいろいろな名付けようもある。ただ、黄色はトパーズ、青はサファイアという図式になるのは、宝石通にとっては、自然な流れということか。

図3 (左)トパーズ、(右)サファイア。 https://tenki.jp/suppl/okuyuki/2016/11/01/16571.html https://ja.wikipedia.org/wiki/サファイア#/media/ファイル:Sapphire_Gem.jpg

星の色

星には色がある。それは、物理的に決まっている。星の色を決めているのは、星の表面温度だ。まず、それを説明しよう。

星の表面温度と光度には良い相関がある。デンマークの天文学者アイナー・ヘルツシュプルング(1873 - 1967)と米国の天文学者ヘンリー・ノリス・ラッセル(1877 - 1957)は星の光度(あるいは絶対等級)と表面温度(あるいは色やスペクトル型)を用いると、星を系統的に分類できることに気がついた(図4)。1910年のことである。そのため、図4は二人の名前に因んでHR図と呼ばれている。

図4 星のヘルツシュプルング・ラッセル図(HR図)。左の縦軸は星の絶対等級。右の縦軸は太陽光度を基準にした星の絶対光度。一方、下の横軸は星のスペクトル型、上の横軸は星の表面温度が。太陽はこの図ではほぼ中央に位置する。絶対等級は4.6等、スペクトル型はG2型。いたって、平均的な星だ。

この図で顕著なのは、左上から右下にかけて見える系列である。この系列に並ぶ星は、熱核融合でエネルギーを得ている星である。HR図で最も目立つ系列なので、この系列にある星は“主系列星”と呼ばれている。他には右上に位置する、赤色巨星と赤色超巨星、そして左下に位置する白色矮星である。赤色巨星と赤色超巨星は進化の途上で、別の熱核融合のモードが働いていて輝いている。その後、星の外層が吹き払われ、コアが重力収縮するとコンパクトで暗い白色矮星になる。太陽も赤色巨星になった後、白色矮星に進化していく。

星に色を見る

HR図の横軸は星の色を表す。紫から、青、緑、黄色、赤とすべての色に及んでいる。では、私たちがさまざまな星の色を楽しめるかというと、それは難しい。まず、星はそもそも暗い。人の眼は暗いものの色を識別するのは苦手だ。また、HR図では星の色が明確に表面温度と対応しているように見えるが、星の放射は可視光全域に及んでいるので、基本的には白色光と言ってもよい。つまり、赤いと言っても、やや赤みを帯びた色。同様に、青いと言っても、やや青みを帯びた色。その程度なのだ。

図5に人間の眼の構造を示した。人間の眼には2種類の感覚器官がある。明暗を感じ取る桿状体。そして、色覚を担う錐状体だ。

図5 人間の眼の構造。明暗を感じ取る桿状体(赤い線で囲った器官)、色覚を担う錐状体(青い線で囲った器官)の2種類の感覚器官がある。(『脳科学辞典』 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/視細胞)

暗い星の色を見るには色覚を担う錐状体の機能が高くないと難しい。今までのnoteで、画家のファン・ゴッホ、作家の宮沢賢治、天文民俗学の大家である野尻抱影は星の色がよく見えた。また、チェット・レイモによる『夜の魂 天文学逍遥』(工作社、1988年)には、表1に挙げたアレンの他に星の色を見た人たちが紹介されている。彼らは錐状体の機能が高かったのだろう。いや、逆だ。錐状体の機能が高い人が画家や作家、芸術に秀でた人になったのではないだろうか?

太陽は黄色

最後になぜ太陽は黄色に見えるか説明しておこう。

太陽の表面温度は約6000度だ。太陽光のピークは確かに黄色の波長帯になる(図4)。しかし、他の波長の光も出ているので、基本的には白色光に近い。ところが、太陽の光はとても強い。夜空の星の光とは比べ物にならない。このような場合、人間の眼の明暗を感じる桿状体が、錐状体を助ける働きをする。そのため、私たちの眼には太陽が黄色く見えるのだ。

この説明も『夜の魂 天文学逍遥』に書いてあった。おすすめの一冊である。

追記:ただし、「オルバースのパラドックス」の説明は『夜の魂 天文学逍遥』でも誤っていた。このパラドックスの解法についてはnote「一期一会の本に出会う(1)「夜空はなぜ暗い?」by エドワード・ハリソン」を参照して下さい。https://note.com/astro_dialog/n/n74ec5fa3dc93

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