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一期一会の本に出会う(16) ヘルマン・ボンディの『宇宙論』

オルバースのパラドックスの解決法

以前のnoteでオルバースのパラドックスの解決法について解説した。

「一期一会の本に出会う」(1)『夜空はなぜくらい』by エドワード・ハリソンhttps://note.com/astro_dialog/n/n74ec5fa3dc93

「一期一会の本に出会う」(2)オルバースのパラドックスの徹底解明『夜空はなぜくらい』by エドワード・ハリソンに学ぶhttps://note.com/astro_dialog/n/n37a8fb2e4e23

オルバースのパラドックスは宇宙論や天文学の辞典、教科書、入門書でよく取り上げられているテーマだ。ところが、驚いたことにその解決法はまちまちである(図1)。しかも、オルバースのパラドックスの解決にはまったく関係のない「宇宙膨張の効果」が大人気であることに驚いてしまう。

図1  宇宙論・天文学関係の辞典(事典)、教科書、解説書で説明されている「オルバースのパラドックス」の解決法。

物質が不足している宇宙

『夜空はなぜ暗い? オルバースのパラドックスと宇宙論の変遷』エドワード・ハリソン、長沢 工 監訳、地人書館、2004年

一期一会の本としてこの本を紹介した。ハリソンの結論を見ておこう(282頁)。

近代的議論にしたがって、現在の宇宙では、明るい空を作り上げるのにエネルギーが十分でないという結論を示すことができる。

エネルギーが十分ではない。要するに、夜空を明るくするだけの星を作る物質がこの宇宙にはないのだ。こんな単純なことで、オルバースのパラドックスは解決する。ところが、図1に示したように、宇宙膨張の効果で夜空が暗くなるとする説が大人気なのだ。

原因を作ったのは定常宇宙論の提唱者の一人、オーストリア生まれの物理学者、ヘルマン・ボンディ(1919-2005)だ。そもそもボンディは「オルバースのパラドックス」という名前を付けた人だ。そのボンディが著書『宇宙論』(1952年)の中で宇宙膨張の効果の重要性を指摘した。ご存知のように、今はほとんどの天文学者はビッグバン宇宙論を受け入れている。ところが、なぜかオルバースのパラドックスの解決法としてはボンディの主張した宇宙膨張の効果が大事であると考えている人が多い。これはボンディが著名な物理学者であることも影響しているだろう。

図2 私が所有しているボンディによる『宇宙論』。ドーバー出版から2010年に出た第2版である。この第2版の出版は1960年だが、第1版は1952年に出版されている。

定常宇宙論にある困った無限

ビッグバン宇宙論はロシア生まれで米国の物理学者ジョージ・ガモフ(1904-1968)らによって1948年に提唱された。ビッグバン宇宙論では、宇宙の最初は点のように小さく、灼熱の火の玉宇宙だったことを要請する。このアイデアを嫌って、ボンディらは定常宇宙論を提唱した。同じく定常宇宙論を提唱した英国の天文学者フレッド・ホイル(1915-2001)は英国BBCのラジオ番組で、ガモフらの火の玉から始まったとするアイデアを「あんなものはビッグバン(ホラ吹き)だ!」となじったことは有名な話だ(追記を参照)

ところが、定常宇宙論にも困ったことはあった。定常宇宙論では、宇宙は無限に広い。そのため、星の数も無限。つまり、オルバースらが心配したように、夜空は明るくなってしまうのだ(図3)。

図3 定常宇宙論で予想される明るい夜空。

定常宇宙論ではオルバースのパラドックスを回避することはできない。そこでボンディらは観測事実である宇宙膨張の効果で夜空が暗くなることを提唱した。宇宙が膨張していると、どんどん宇宙の中の物質の密度は減少する。それだと定常にならない。困ったボンディらは「物質が湧き出てくる」ことを考えた。もちろん、なぜ湧き出るかは根拠も何もない。ただ、宇宙が定常になるように導入した仮説である。そして、オルバースのパラドックスは宇宙膨張の効果で説明できるとしたのだ(図4)。

図4 定常宇宙論でのオルバースのパラドックスの解決法。宇宙膨張の観測事実を受け入れ、物質が湧き出てくることで宇宙の定常性は維持できるとした。また、宇宙膨張の効果で夜空が暗くなるので、オルバースのパラドックスは解決できるとした。

ビッグバン宇宙論なら心配ない

ボンディたちは物質の湧き出しという無理な仮定までして、宇宙は定常であるとした。しかし、ビッグバン宇宙論は無理な仮定を導入することなく、宇宙マイクロ波背景放射などの観測事実を説明できる。したがって、ビッグバン宇宙論を受け入れることに問題はない。宇宙にある物質(エネルギー)の量を評価すると、夜空を明るくするほど、星を作れないこともわかる。つまり、オルバースのパラドックスは宇宙膨張の効果など考えなくても、自然に解決できるのだ(図5)。

図5 ビッグバン宇宙論では宇宙年齢が有限なので、宇宙の大きさも有限である。そのため、宇宙にある星の個数も有限である。実際に計算してみると夜空を明るくするほど星は生まれないことがわかる。つまり、オルバースのパラドックスは存在しない。

宇宙膨張の効果を考える前にやるべきこと

図5を見るとわかるように、この宇宙は物質不足(エネルギー不足)で夜空を明るくするほどの星を作ることはできない。それは実際に計算すればわかることだ。この段階で宇宙膨張のことは考えていない。なぜなら、宇宙膨張の効果を考える前に、オルバースのパラドックスは解決しているからだ。その解決に宇宙膨張の効果を取り入れる必要は、そもそもないのだ。

自分で計算してチェックすべきなのに、それをしない。そしてボンディの主張した宇宙膨張の効果で夜空は暗いということだけを信じてしまう。こんな馬鹿げたことが、21世紀でも起こっているのだ。
「思い込み」というのは、かくも恐ろしい。気を付けたいものだ。

追記:ビッグバン宇宙論はガモフらの提案として受け入れられている。しかし、ガモフらはビッグバンという言葉を論文では使っていない。彼らは「ファイアーボール・モデル(火の玉宇宙モデル)」と名付けていた。しかし、ガモフはホイルがラジオ番組で使った「ビッグバン」という言葉が気に入った。ホラ吹きを揶揄されたにもかかわらずだ。そして、「ファイアーボール・モデル」のことを自ら「ビッグバン・モデル」と呼ぶようにした。そして、それが定着したのだ。ガモフは超大物である。


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