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プトレマイオスは科学者だったのか?

メルマガに頂いた質問への答え

質問:
プトレマイオスは観測も占星術もそれほどせず、天文学者でも占星術師でもなく科学編集者か科学ライターなので、過大評価をしない方が良いという話を聞きました。ぐらさんも同意見ですか?

プトレマイオス(以下トレミー)の評価は人によって異なります。また歴史を通じて同様の議論があります。科学者と確信したのは、アルマゲストを最初に手にした時の感動が元です。ですからこれは僕の独断と偏見に基づいた意見です。さて、アルマゲストはトレミーが残した幾何学と数理を用いた天文学書です。原題は「数学的な論文」「天文学の大論文」。アラビアに渡り「偉大な書(アルマゲスト)」と呼ばれる様になりました。占星術について記した「テトラビブロス(4つの書)」の原題は「天(星)の影響力」。アルマゲストの5分の1ほどの内容です。

さて、アルマゲスト。
まず、これだけのものを編纂するには全体像を理解していなければ成しえません。
全十三巻。最初の7章は何故これを書くに至るのか、その背景について溢れる熱量で述べています。
後半では、惑星の動きを理論的に証明する独創「エカント」を提案しています。それまでの理論ではどうしても解決できない問題があったからです。その後のエカントに対する悪評はさておき、敬虔な世界観から天動説を証明しようとする姿勢が全体を貫いています。翻訳された日本語から伝わる活気凜々とした息づかい、強烈な意志と熱量。その衝撃を忘れることはありません。

また「アルマゲスト」と「テトラビブロス」を比べるとまるで熱量が異なります。テトラビブロスのそれは、ついでに書いたメモ書きレベルです。それもあって僕は占星術師説はすこし疑っています。秘儀的に扱った故の量の少なさ、という説もあり得えますが、それほど熱心ではなかったのではないかと思います。

占星術師によるトレミー批判も活発で良いのですが、皆がアルマゲストに触れたことがあるかは疑わしいです。占い要素はゼロで占星術的にはちっとも面白くありません。でも、興味が沸いたら公立図書館で冒頭16ページだけでも読んでください。

アルマゲストはまるで図形証明問題の連続です。あまりにも冗長、難解なので15世紀にレギオモンタヌス(ヨハネス・ミュラー・フォン・ケーニヒスベルク)が概略版を発刊しました。それほど重要性が高かったのです。他に参照する資料がなかったため、18世紀頃まで恒星の研究をする際にはアルマゲストが参照されました。天文史でトレミーの功績を物語るひとつです。

さて、自説だけでは心もとありません。アルマゲストをご存知のお二人にお話を伺いました。天体観測の師、川合先生、そして天文学者のW博士です。日本で最も著名な天文学者のひとりW博士のオンライン講義にてお答えをいただきましたが、本稿の掲載許諾を頂いていないので頭文字表記とします。

川合先生
地球中心説に基づく天体の運動は理解していなければ解説など書けないと思います。それぞれの分野について専門家が執筆したものをプトレマイオスが一巻にまとめたということでなければ、本人に解説を与えるだけの能力があったということになります。
W博士
少なくとも当時の百科事典的な編集を行える能力を持った偉人。すべて独自に考案したかという点は疑問が残るが、見聞したことをつなげて体系化する能力に長けていた。批判される様なサイエンスライターではない。アルマゲストで「数学」を駆使し、現代科学に近い辞典で、テトラビブロスでは「影響」を解く占星術的な内容の辞典にしたてている。

では批判的意見とはどの様なものだったのでしょう。

天文史での「トレミー・インチキ説」

エカントの発案に対する悪評、表記間違いなどへの批判もありますが、議論の中心はアルマゲスト第七巻/第四章の恒星表です。この表はトレミーよりも3世紀ほど前の天文学者ヒッパルコスの観測記録やバビロニアの資料を元にトレミーが改訂を行いました。そこに記された値に疑惑が持ち上がったのです。

たとえば「ヒッパルコスやバビロニアのデータに歳差運動分の度数を単純計算して足しただけでは?」というもの。

疑惑を残した著名人
・16世紀 ティコ・ブラーエ
・18世紀 パリ天文台長 J.J.ラランデ とその助手
・20世紀 米国の地球物理学者 R.R.ニュートン

特に舌鋒鋭く批判を展開したのはR.R.ニュートン。1977年に著した「トレミーの犯罪」では、大した天体観測もせず、ヒッパルコスの記録を適当に改竄し、科学を貶めた詐欺師とまで形容。この説はトレミーへの批判としてその後に影響を与えました。質問者が聞かれた評価は、R.R.ニュートン説に影響を受けた方の意見かも知れません。

僕自身、アルマゲストを手にするまで批判説に強い影響を受けていました。さらに英語版テトラビブロスの分かりにくさも手伝い、不穏な疑惑のある過去の人というイメージが強かったのです。その疑いもアルマゲストの冒頭を読んだ瞬間に吹き飛んだのは冒頭に述べたとおり。
それを境に見方を改めましたが、同時に自分で調べもせず、伝聞に囚われていたことをとても恥ずかしく思いました。

参考図書
「アルマゲスト」 薮内 清訳、恒星社
「古代の星空を読み解く」中村 士著 p125~132
「西洋天文学史」Michael Hoskin著、中村 士訳

参考文献
The Strange Case of Claudius Ptolemy(プトレマイオスの奇妙な事例)
https://www.jhuapl.edu/Content/techdigest/pdf/APL-V16-N02/APL-16-02-Newton.pdf

近代科学の創始者たちに、研究不正の疑いあり(天動説編)上記論文の概略解説
https://eetimes.jp/ee/articles/1703/15/news026_3.html

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