見出し画像

光の速さはどのように測られてきたか

稲妻によって周囲が照らされてからゴロゴロという雷の音が聞こえるまで,少し時間差が生じることを私たちは知っています.このことから,少なくとも音の伝わる速さは光より遅く,音の速さは有限であることがわかります.しかし,光についてはきわめて速いため,日常生活において光の速さが有限であることを実感することはまずありません.

https://unsplash.com/photos/0DDf6PJvZIY

さまざまな実験により,光の速さは秒速約30万キロメートルであることが知られています.地球の一周は約40000キロメートルですから,光の速さで地球を回ればわずか1秒の間に7周半ほどすることができます.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Amazing_image_of_the_Earth._Original_from_NASA._Digitally_enhanced_by_rawpixel._-_41997990765.jpg

光の速さは私たちの日常生活のスケールでは速すぎるため,その値を測定することは簡単ではありませんでした.近代に至るまで,一般に光の速さは無限大であり,光は瞬時に伝わるとさえ考えられていました.そんな中,光の速さを定量的に評価しようとする実験が行われ,その後さまざまなアイデアによってその精度は向上していきました.今回はそんな光の速さを測定するために実施された代表的な実験について紹介していきます.


ガリレイの実験

光の速さは有限なのか,それとも無限なのか,という疑問は遅くとも古代ギリシャの時代から議論されてきました.初めて科学的に制限を与えようとしたのは,イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイでした.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Justus_Sustermans_-_Portrait_of_Galileo_Galilei,_1636.jpg

1638年,ガリレイは遠く離れた二つのランプを用いた実験を行いました.それぞれランプ1,ランプ2と名付けます.まず両方のランプに布をかけ,ランプの光が漏れないようにします.そして,ランプ1側にいるAさんが,ランプ1にかけられた布を取ると同時に時間を測り始めます.ランプ2側にいるBさんは,ランプ1からの光が見えると同時に,ランプ2にかかっている布を取ります.そしてAさんは,ランプ2からの光が見えるまでの時間を測ります.

これによりAさんが測った時間は,光がAさんとBさんの間を往復する時間に等しいため,その時間を$${T}$$として,AさんとBさんの間の距離を$${L}$$とおくと,光の速さ$${c}$$は$${c = 2L / T}$$で求めることができます.

ガリレイは二つのランプを数キロメートル離して実験を行いましたが,残念ながらこの実験から光の速さを求めることはできませんでした.光が二つのランプの間を往復する時間はあまりに短かったためです.ただ,光の速さは有限であるとしても,きわめて速いことはわかりました.

https://unsplash.com/photos/v7daTKlZzaw


レーマーによる測定

光の速さが有限であることは,地上での実験ではなく,よりスケールの大きい天体現象を利用することで初めて示されました.1676年,デンマークの天文学者オーレ・レーマーは,木星の衛星イオが木星の影に隠れるいわゆる食(しょく)と呼ばれる現象に着目します.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:R%C3%B8mer,_Ole_(ur_Ber%C3%B8mte_danske_maend).jpg

イオの食はおよそ42時間半ごとに起こりますから,単純に考えると,何ヶ月先であろうとイオの食は42時間半の倍数の日時に起こると期待されます.しかし,レーマーが5ヶ月後にイオの食を観測したところ,予想された時間からズレていることがわかりました.

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Io_highest_resolution_true_color.jpg

その原因は,地球が太陽の周りを公転しているため,季節によって地球と木星の間の距離が変わってしまうことにありました.地球が木星に近いときと遠いときとで,地球の公転軌道の直径分だけ光の伝わる距離が変わってしまうため,イオの食が観測される時間が少しズレてしまうというわけです.これは,光の速さが有限であることを示す重要な成果でした.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Illustration_from_1676_article_on_Ole_R%C3%B8mer%27s_measurement_of_the_speed_of_light.jpg

詳しい計算の結果,時間のズレの最大値は約22分であることがわかりました.これは光が地球の公転軌道の直径を横切るのに必要な時間と考えられますから,地球の公転軌道の直径をこの時間で割ることで,光の速さを見積もることができます.当時得られていた地球の公転軌道の直径を用いて実際に計算すると,秒速約21万キロメートルという値が得られました.この値は正しい値と比べるとじゃっかん小さいですが,1600年代において人類はすでに光の速さについて桁で正しい値を得ていたことになります.

https://unsplash.com/photos/AZrBFoXP_3I


フィゾーの実験

1849年には,天体現象ではなく地上での実験によって初めて光の速さが測定されます.フランスの物理学者アルマン・フィゾーは,回転する歯車を用いた実験を行いました.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hippolyte_Fizeau.jpg

図のように光源から放たれた光を半透明鏡で反射して鏡へと向かわせます.その鏡で反射した光は半透明鏡を通り,その先の観測者に届きます.

ここで,半透明鏡と鏡の間の光の通り道に歯車を置くことを考えます.歯車が静止しているとき,歯車の歯と歯の間の隙間が光の通り道になるようにすれば,光は歯車の隙間を通過しますから,観測者は鏡で反射した光を観測することができます.

次に歯車を回転させることを考えます.この場合,十分に回転スピードが遅ければ,光は半透明鏡と鏡の間を往復する際に歯車の同じ隙間を通過しますから,観測者は光を観測できます.

ただ,歯車の回転スピードをだんだん上げていくと,やがて歯車の隙間を通過して鏡で反射した光がちょうど歯車に戻ってきたときに,隙間の隣にある歯にさえぎられてしまい,観測者に光が届かなくなると考えられます.したがって,歯車の回転スピードをだんだん上げていって最初に暗くなるときの回転スピードがわかれば,光の速さを求めることができます.

より詳しく見ていきます.光の速さを$${c}$$とおき,歯車と鏡の間の距離を$${L}$$とおくと,歯車を通過した光が,鏡で反射して歯車まで戻ってくるまでの時間は$${2L / c}$$と書けます.

一方で,歯車が1回転するのにかかる時間を$${T}$$とおき,歯車の歯の数を$${N}$$とおくと,歯車の歯と隙間の合計の数は$${2N}$$個ですから,歯車が任意の歯からその隣の隙間まで回転するのにかかる時間は$${T/2N}$$となります.

歯車の回転スピードを上げていって最初に暗くなるときというのは,これらの時間が等しくなるときですから,

$$
\begin{equation}
\dfrac{2L}{c} = \dfrac{T}{2N}
\end{equation}
$$

という等式が成り立ち,これを$${c}$$について解くと

$$
\begin{equation}
c = \dfrac{4NL}{T}
\end{equation}
$$

が得られます.ここに,歯車の歯の数$${N}$$や歯車と鏡の間の距離を$${L}$$,そして歯車の回転周期$${T}$$を代入すれば,光の速さが求められます.

フィゾーは歯車と鏡との間に8.6キロメートルもの距離をとった実験を行い,光の速さとして秒速約31.3万キロメートルという値を得ました.この値はレーマーによる測定結果より正しい値にかなり近づいていますが,フィゾーの実験では歯車を通り抜ける光の明暗の識別が簡単ではなかったため,この結果は当時あまり信用されてはいませんでした.

https://unsplash.com/photos/OQMZwNd3ThU


フーコーの実験

1862年にはフランスの物理学者レオン・フーコーが,歯車ではなく,回転する鏡を用いて似たような実験を行いました.

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Foucault_portre_crop.jpg

図のように,光を反射する鏡が回転しているため,反射した光がスクリーン上で像を結ぶ位置は時間とともに変化します.フィゾーによる歯車の方法では,光が歯車の隙間を通過するかしないかの違いを見分けていましたが,このフーコーの方法は鏡の回転によるズレを連続的に測定できますから,光の速さをより精度良く求められると期待されます.

この実験についても詳細に見ていきます.回転する鏡と固定している鏡の間の距離を$${L}$$とおくと,回転する鏡で反射した光が,固定している鏡で反射して回転する鏡まで戻ってくるのにかかる時間は$${2L / c}$$と書けます.

一方で,回転する鏡が1回転するのに必要な時間を$${T}$$とおき,光が戻ってくるまでに鏡が回転した角度を$${\theta}$$とすると,鏡が$${\theta}$$だけ回転するのにかかる時間は$${T \theta/2\pi}$$と表わせます.

したがって,これらの時間が等しいことから

$$
\begin{equation}
\dfrac{2L}{c} = \dfrac{T \theta}{2 \pi}
\end{equation}
$$

という等式が成り立ち,これを$${c}$$について解くと

$$
\begin{equation}
c = \dfrac{4 \pi L}{T\theta}
\end{equation}
$$

が得られます.ここに,距離$${L}$$や時間$${T}$$,角度$${\theta}$$を代入すれば,光の速さが求められます.フーコーはこの実験により,光の速さとして秒速約29.8万キロメートルという,フィゾーよりさらに正確な値を得ました.その後,さらに光速測定の精度は向上し,現在では物理量の単位を規定する国際単位系において,真空中での光の速さは定義される定数のひとつとなっています.


今回は光の速さを測定するための代表的な実験について紹介してきました.フィゾーやフーコーが光の速さを実験によって求めた後,イギリスの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルによって,電磁場を記述するマクスウェル方程式が導かれました.そして,マクスウェル方程式から得られる波動方程式により,電磁場の振動は波として空間を伝わることが示されました.電磁波と呼ばれます.興味深いことに,真空中を伝わる電磁波の速さは,フィゾーたちが測定した光の速さとよく一致していました.このことからマクスウェルは,当時正体がよくわかっていなかった光の波は電磁波の一種であると考え,そのアイデアは後に実証されることになりました.


参考文献

宇宙を支配する「定数」
https://amzn.to/3JcAAJe

総合物理1 様々な運動 熱 波(啓林館)
https://amzn.to/36ZBKL1

総合物理2 波・電気と磁気・原子(数研出版)
https://amzn.to/3Ki9523

光速測定の歴史と天文学(天文教育2008年9月号)
https://tenkyo.net/kaiho/kaiho94.html

光の速さはどうやってはかったのですか? - 子供の科学のWebサイト
https://www.kodomonokagaku.com/read/hatena/5114/


関連動画

目視から回転歯車まで!光の速さはどう測る? - 予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」
https://youtu.be/p3MrNShSq-Y

【ゆっくり解説】光の速さはどのように測られてきたのか-光速測定の歴史 - るーいのゆっくり科学
https://youtu.be/FX6DzdrsLio


この記事が参加している募集

物理がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?