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米国労働市場を通して眺める新型コロナウイルスの影響 (3)

〇 4月、戦後最高の水準を示した失業率

 労働市場の需給バランスを表す失業率の推移を眺めてみよう。図1は米国の失業率(赤線)と労働参加率(青線)の推移を月次で示したものである。労働参加率とは人口(米国の場合は16歳以上)のうち労働人口としてどの程度市場に出てきているかを表す割合(%)のことである。人口のうち労働市場に出てこない人たちは非労働力人口と呼ばれ、一般的には生徒、学生など教育を受けている人、主婦、高齢者たちである。

 さて、米国の失業率は10年頃から低下傾向を示し、昨年秋口以降3.5%程度で安定的に推移していた。しかし、今年3月に4.4%へと上昇に転じ、4月には14.7%へと急激な上昇を記録している。

 4月の失業率の水準は比較されるリーマン・ショック時(09年10月 10.0%)を大きく上回り、さらに戦後最高水準と言われてきた82年末の10.8%を約4%ポイント上回るものであり、圧倒的な戦後最高の水準である。ちなみに、82年末の高失業率はドル高を目指した高金利政策による不況下で生まれたものである。

失業率と労働参加率の推移

図1 米国 : 失業率と労働参加率の推移(%)

〇 女性の失業率が男性を上回り、アジア系の失業率が白人より高くなる

 失業率の推移を男女別に眺めると(表1)、3月の上昇反転では共に4.0%であったが、4月には男性13.0%、女性15.5%と女性の失業率の上昇幅が大きい。他方、2桁の失業率で推移してきた若年層(男女、16~19歳)は、3月3%ポイント程度上昇の14.3%、そして4月には一挙に倍以上の31.9%、3人に1人が失業者に近い水準へと急激な上昇を記録している。

 人種別に眺めると、3月から4月にかけてヒスパニックは13%ポイント上昇、白人、黒人、アジア系は共に10%ポイント程度失業率が上昇している。4月時点の水準では高い順に、ヒスパニック(18.9%)、黒人(16.7%)とヒスパニックが黒人を上回った。続いてアジア系(14.5%)、白人(14.2%)となり、これまで白人より低い失業率を保持してきたアジア系だが、3月以降初めて白人を上回ることになった。

 アジア系は比率的にIoT産業などでの専門的な就業が高いといわれ白人より低い失業率の背景とされてきたが、この逆転の背景の一つにトランプ政権によるビザ取得の制限があるのかもしれない。シリコンバレーの企業やスタートアップ企業での人材維持、確保が困難になってきたのかもしれない。また、ニューヨークの寿司レストランでの寿司シェフなどの専門ビザ延長、取得が困難となり、人気店が閉店に追い込まれているという話も伝わっている。

 アジア系については男女別の統計は手に入らないが、白人、黒人、ヒスパニックについては男女、若年層の動きは全体とほぼ同じ動きをしている。その中で、ヒスパニック女性の失業率が20%台と相対的に高く、若年層では、ヒスパニック、白人が30%台であるのに対し、黒人は30%を下回り、白人より低い水準にある。

表1 人種別失業率の推移(%)

人種別失業率の推移

〇 失業率急騰と同時に急低下する労働参加率が示唆すること

 図1で示されたように、失業率の急騰と同時に労働参加率が急落している。労働参加率は10年以降失業率の低下と合わせる形で低下傾向に入り、14年からは62%台でほぼ横ばいに推移し、19年からは63%台へと若干ながらも上昇の気配を示してきた。しかし、20年3月には62.7%に低下、4月には60.2%へと急落した。この水準は石油危機前の70年初め頃の水準であり、実に50年ぶりの低水準である。

 労働参加率が低下するということは人口のうち労働市場に参入する人員、すなわち労働力人口が減少することを意味する。今次の失業率の急騰はまさに労働力人口が減少する中で発生しているということだ。

 労働人口の減少は非労働力人口の増加を意味する。すなわち、就業者需要の急激な削減、消滅に直面し、労働市場への参入辞退、放棄をしている状態での戦後最高の失業率ということである。新型コロナウイルスによる外出、ロックダウンが如何に急激で大きなインパクトを労働市場に与えているかを示唆するものである。

〇 4月の潜在失業者数は992万人

 米国の統計には非労働力人口(Not in Labor Force)の中で、「Not in Labor Force Want a Job Now(いますぐでも仕事を求める非労働力人口)」という区分が公表されている。図2はその推移を月次で示したものである。

 今すぐにでも仕事をする意思があるにも関わらず労働市場から離れた人たちの推移を眺めると、労働参加率の推移とほぼ同じように17年にかけて減少し、18年は若干増加、19年入ると再び減少するという動きを示してきた。しかし、19年後半以降徐々に増加へと変化し、今年3月には2月より54万人増加、4月には一挙に441万人増加して992万人となっている。人口に占める割合は、2月の1.9%から3月2.1%に上昇、4月には3.8%へと2月の2倍の水準に急上昇している。

Not in Labor Force Want a Job Nowの推移

図2 「Not in Labor Force Want a Job Nowの推移(万人、%)

 この「Not in Labor Force Want a Job Now」を潜在的な失業者と考えると図3のように、20年3月の潜在的な失業を含めた失業者は1265(=714+551)万人、4月は3300(=2308+992)万人となる。

「Not in Labor Force Want a Job Now」を含めた失業者の推移

図3 「Not in Labor Force Want a Job Now」を含めた失業者の推移(万人)

〇 4月の潜在失業率は19.8%、5人に1人が失業者

 この潜在的な失業者を組み入れた潜在失業率を計算すると(図4)、3月の失業率4.4%は7.5%へと3.1%ポイントかさ上げされ、そして4月の戦後最高の失業率14.7%は5.1%ポイントかさ上げされて19.8%へとさらに大きく上昇する。

 ちなみにリーマン・ショック時について同様の計算を施すと、失業率が一番高かった09年10月の「Not in Labor Force Want a Job Now」の人数は600万人、公表された失業者は1535万人で、合計2135万人となる。これをベースに潜在失業率を算出すると 失業率10.0%に対して3.4%ポイント高い13.4%となる。
かさ上げされる失業率を眺めても新型コロナウイルスのインパクトが如何に大きく、急激であるかが読み取れる。これは同時に取り残されている人たちが非常に多いということを示唆するものである。

潜在失業率と公表されている失業率の推移

図4 潜在失業率と公表されている失業率の推移(%)

〇 感染拡大阻止を第1に、政策の軸足は人的社会基盤の崩壊回避と強化に置くべき

 産業別にみた就業者の推移や失業率の水準などを合わせて眺めると、新型コロナウイルスによる労働市場の急激な悪化は、サービス業という内需型で、「企業」より「事業所」、「店舗」のレベルでの混乱が浮かび上がる。同時に女性、青年層へのしわ寄せが鮮明である。これが新型コロナウイルスの特徴であり、リーマン・ショック時とは違い、圧倒的にすそ野のが広く人的社会生活基盤に直接影響を及ぼしている。その意味でも国の対策は感染拡大の阻止はもちろん、従来型の不況対策より人的社会基盤の安定を目指すものでなくてはならない。
新型コロナウイルスは明確にパンデミック化しており、海外との人的綱領は既に顕在化する中で、徐々に海外の実体経済の影響も国内で露呈されてくる。海外の影響を乗り越えていくためにも国内での人的社会基盤の崩壊を避けなければならない。

米国の姿は、ロックダウンを行わず外出規制も遅れた日本においても程度の差はあれ同様の姿が観察される。すなわち日本においても感染拡大の阻止、そして国内の人的社会基盤の崩壊を回避し、強化していくことに政策の軸足を置くべきである。


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