2 相応しい少女たち
「王沢の伴侶選び(キングスフィアンセハント)ってなんだよ」
「せっかくなのでそれらしい名前をつけた方がいいかと思いまして」
仮面のユーチューバーは楽しそうにそう言った。こいつ、もはや気質もユーチューバーだな。
パーティが終わり少女たちが帰っていくと、どっと疲れが押し寄せた。僕はゼリー飲料を飲んでいた。一口飲むたびに体に潤いが行き渡り、心地よさは明日もこの厳しい世界を生きていく活力になる。
「穏やかな日々こそ宝だよなぁ」
「現実逃避していないで、片付けを手伝ってください」
「いやまだ休み始めたばっかじゃん」
「王沢たるもの、日々の雑事を怠ってはならないのですよ」
「なんか最近の月夜ってさ、僕に対するあたり強くない?」
だいたい後片付けとか、付き人の仕事なのでは?
まぁ実際、月夜はただの幼馴染だから押し付ける気はないんだけど。さて、と立ちあがろうとしたとき、月夜は盛大にため息をついた。
「それにしても……まさか御坊ちゃまがここまでコミュ障だとは思いませんでした」
「コミュ……え? 聞き間違いじゃなければ今、コミュ障って言った?」
「一人目のお嬢様に対していきなり王沢豪一郎の息子自慢。二人目のお嬢様はせっかく怜様との共通項を探して近づこうとしてくれたのに不敬と切り捨て断罪。四人目のお嬢様には胸をジロジロいやらしい目で見つめるばかり。仕舞いには最後のお嬢様をパワハラで泣かせる始末!」
「……いや、悪かったとは思ってるよ? ……ちょっと待って。別にジロジロ見てはないかなー? いやほんと、ぜんぜん見てないと思うけど」
「本当に、御坊ちゃまにお友達ができない理由がよくわかります」
「いやいやいや、いるでしょ友達。ほら、ええと、ほら! 月夜とか」
「私とお坊っちゃまはお金を介した関係です」
「はぁ? それって普通じゃん。お金を介した関係の何がおかしいんだよ」
僕が返すと、なぜか月夜は「うああ」と泣き出した。
「お金以外のコミュニケーションを知らないんですね。哀れすぎて涙を禁じえません」
何だこいつ!
「ま、まぁ確かに僕は人付き合いが良い方ではないからね。王沢だから? 選ぶんだよね、友達を。そうすると自然と孤高になっていくっていうか。実際さ、小学校のころは友達多かったじゃん? でも、だんだん悪い奴が近づいてくることが多くなってきたっていうか」
「はぁ? まったく覚えてないですね」
なんかムカつくんだけど。
この付き人は、どうにも僕に対して無礼なところがある。僕が優しいから許しているところではあるが、通常の主従関係で言えば許されざることだろう。
「お坊っちゃまに友達がいないのは良いのですが、しかしこれから選ばれるお嬢様には申し訳がたちません。王沢の人間が稀代の凡愚ではあまりにも不憫でしょう」
「……そ、そこまで?」
「良いですか、お坊っちゃま。『他人を求め、自分を顧みよ。その繰り返しこそが、王沢を王沢たらしめるのだ』。まさに御坊ちゃまに必要なことです。素敵な相手を求めるときに、御坊ちゃまはそのお相手に何を差し出せますか? そこをよく考えるのです」
「伝聞を伝えられても頭に入ってこないよな」
「素直ささえカケラもないとは!」
月夜は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。大袈裟なのはユーチューバーっぽいぞ!
「それにしても、どうしてそんなに疲れているのですか! こんな美少女たちから結婚相手を選べるだなんて、普通ウキウキを禁じ得ないはずではないですか」
「うーん」
結婚せよと言われても、まだ僕は高校生だ。
「実感が沸かないなぁ」
「まぁそう重く考えずに。恋人の一人でも作ると考えればいいじゃないですか。結婚相手を選ぶとはいえ、その人としか付き合わないわけではないのですから」
「なんでだよ。結婚相手が決まったら他の人とは付き合わないだろ」
「……王沢を継ぐのであれば、妾くらい作り放題ですよ?」
そうなのだろうか。
しかし、それで捨てられた家がどれほど苦労するか僕はよく知っている。
「そういうのは嫌いなんだ。結婚相手を決めたら、その人だけだよ」
「真面目ですねぇ。さて、そんな真面目な御坊ちゃまのお気に入りはどなたでしょう」
月夜は僕にタブレットを渡してきた。
そこには集まった六人の女の子の写真と簡単なプロフィールが書いてある。
振り返ってみよう。
まず一人目が、大喜仰一華(だいきぎょういっか)。
絵に描いたようなお嬢様で、名前の通りすごく華やかな女の子だった。燃えるような赤いドレスと長く美しいブロンドヘア。北欧の血が混じっていそうだとは思ったが、やはりクォーターらしく、母方の祖母がロシア人ということらしい。
父親は鉄工業の社長、母親はタレント事務所社長というハイスペックな両親の元に生を受けた彼女は実に奔放に育ったのだろう。いきなり頬にキスされたことを思い出し、少しむず痒い気持ちになる。
可愛かったのは間違いないし、嬉しくなかったはずがない。ただ、動揺してちょっとよくない照れ隠しをしてしまったかも。それは本当に反省だ……。
そして二人目は、城悠双葉(じょうゆうふたば)。
スタイルを際立たせるブルーのチャイナドレスは彼女の足を本当に長く見せていた。すべてにおいて手入れの行き届いた少女で、髪の毛から指の先までツヤツヤで、彼女がいる場所を撮影するだけで何かの商品が売れそうだ。僕の言葉に涙を見せたが、しかし奥歯を噛み締め僕を睨み返す表情は『強気』の一言。
大女優、城悠凛子の娘なのだ。様々なプレッシャーもあるだろう。その生い立ちは僕と重なるものがあるのではと言っていた。まぁ、咄嗟のことでそれを無碍に扱ってしまったのは今更ながら誠にごめんなさい。
三人目は鐘梨珊瑚(かねなしさんご)。
前二人は張り詰めたような美形だったが、この子は狸顔の癒し系だ。パーマ掛かった柔らかそうな髪の毛に柔らかそうなほっぺたはぬいぐるみみたいで触りたくなる。とてもフランクな印象で、ドレスアップしていても相手に緊張させない人だった。思えば、三人目にしてやっと和やかな雰囲気で対面できたのだ。それは僕が慣れたというよりも彼女の力が大きいだろう。
関西訛りのある喋り方は、どうやら京都出身とのこと。母子家庭で弟と妹がいるらしい。そういえば彼女はイラストの描かれた色紙をくれた。僕と珊瑚が手を繋いでおり、とても幸せそうだ。「A PARFECT MUTCH!」のスペルミスはご愛嬌だろう。
その次、四人目が香澄栞(かすみしおり)。
あの、ごめんなさい。こんな印象になってしまうのは申し訳ないが、とにかくお胸がすごかったです。少し動くたびにタプタプ揺れるそれに、僕は獲物を前にしたカエルのように目が離せなくなってしまった。ごめんなさい、凝視してしまいました。写真で確認すると顔も美形で、前の三人とはまた違ったモテ方をするんじゃないかと思わされる。
ただ随分自己肯定感が低そうではあった。政治家の親をもち厳しく育てられすぎたのか。自分のことをダメだダメだと卑下するのは完璧主義の裏返しか。もっと自分に自信を持てばいいのに。
五人目は独田苺(どくたいちご)。
まるで魔法少女のようなピンクのドレスを着こなすとても高校生には見えない女の子だ。背も低く、体も女性らしく成長する前と思われ、街で出会えば栞と同級生とは到底思えないだろう。同じクラスで隣の席。親切にもボッチの僕に話しかけてくれた、現状もっとも話しやすいのは彼女だと思う。妹系だが、唐突にドキリとすることも言ってくるし、ひょっとすると小悪魔な子なのかもしれない。
パーティでは教えてくれなかったが、どうやら彼女の父親は大学病院の教授だそうだ。なんというか、彼女のイメージとはずいぶん違うな。
そして最後は宮仕夢羽(みやつかえむう)。
なかなか顔を見せてくれず、すぐにすぐに泣いてしまってまともに会話ができなかった。……もっとも他の子ともうまく会話できた自信はないのだけれど。パーティなのにずいぶん地味なドレスで、よほど目立つのが苦手なのかもしれない。そもそも、これは僕の結婚相手を選ぶための催しなのだが、彼女は僕と結婚したいのだろうか。
写真で見ても、前髪が長すぎて顔が隠れてしまっているし、笑顔も上手に浮かべられていない。
ううむ、どうやら僕の言葉はキツすぎることがあるみたいだから、僕とは相性が悪い子なのかもしれないな……。
うまく喋れた子、そうでない子。
確かにそれぞれいる。しかし、写真で見る限りどの子も僕にはもったいないくらい素敵に思える。きっとパーティではアピールできなかった子も、素晴らしい少女たちには違いはない気がする。
僕は王沢怜で、王沢の後継候補だ。僕と結婚することができれば、きっと彼女たちにも何かしら恩恵に預かることができるのだろう。つまりそれは、王沢の名前が好きなわけで、僕のことが好きなわけではない。
いや、違う。
王沢の誇りを胸に生きなさい。
それはつまり、僕こそ王沢なのだ。
「難しいお顔をしていますが、やはり本命は栞さまでしょうか! 栞様の女性らしいところを御坊ちゃまは大変気に入られた様子でしたねぇ」
「それは大変心外なのだが」
「ああ、むっつりでしたか。まぁそうですね。確かに御坊ちゃまのような拗れた方のお相手には、性格のよろしい方が最優先かもしれません」
「誰が拗れてるって?」
「珊瑚様とは、あの短い時間でも打ち解けられてございましたね。あるいはロリっ子……苺様も馬が合っていたご様子!」
よく知らない女の子をロリっ子いうなよ。
「それとも御坊ちゃまが王沢の跡を継ぐことを本気で考えるのであれば、お相手の家柄も大事でしょうか。一華様などは特に、王沢の繁栄に大きく貢献してくれるでしょう。もっとも、お嬢様方はすでに豪一郎様厳選でございますので、そういったことはあまり気にする必要はないかもしれませんが」
月夜はそういうが、僕自身確かにそう言った面も考えなければならないように感じている。というのも、豪一郎がどういったつもりでこの催しを行っているのか真意が読めないからだ。
もしかすると、この少女の中に彼の本命がいて、それを選ぶことができるのかどうかで後継に近づけるかどうかが変わってくる、なんてことがあるかもしれない。それはそれで糞食らえな話でもあるのだけれど。
「もう正直誰がいいかぜんぜんわからん。そもそも僕、親しい人なんて月夜しかいないのに、結婚相手を選ぶだなんてハードル高すぎだろ」
「ビジネスライクなので親しくはないです」
釣れない付き人である。
そもそも人付き合いは苦手だ。
昔はそうでもなかった気がするが、少なくとも中学に上がってからは友達ができた記憶がない。もちろん彼女も。
当然それは僕自身が原因だ。
僕は小さな頃から自分が王沢だと知っていた。なぜなら僕の苗字は王沢で母の苗字は佐々木なのだから、その理由を母に尋ねないわけにはいかないだろう。何度か尋ねたら「そう決まったの。もう聞かないで」と言われて以降、母に尋ねることもしなくなった。
ただ、自分の苗字が母と違うというのは、それほど大きな問題ではない。
問題は月夜だ。十歳のときに月夜が僕の付き人としてやってきた。付き人と言っても過剰にお世話をしてくれるわけでもなく、どちらかというと僕の学校生活を監視する役割というのが一番近く、彼がいてくれたから何かが楽になるなんてことはほぼない。
それでも、彼がいつも僕を見ていることで僕は自分を特別だと思うようになっていった。
それだけではなかった。
僕には予感があった。僕はいずれ、他人の上に立つ存在になるだろう。そうなりたくてもなりたくなくても関係がない。
だからこその、王沢。
王沢はきっと、他人と対等になれない。
それが故に、僕は本当の意味で他人に近づいてはならない。
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