見出し画像

研究計画書を作る時点で、日本語がかなり怪しいことが分かった。

って普段通り書いてみたけど、この文章はそうとうイマイチである。
研究計画書を作る時点で、私の文章は口語体で書かれており、文語体で書くことを苦手としていることが分かった。
といったところか。
思いつくままに書くだけでは、他人に分かる文章にはならないということだ。

近隣の大学で指導教諭を紹介してもらうためには、学習センターの所長と面談する必要がある。
所長から研究計画書を書いてメールで送るように言われて、送った計画書はほとんどの部分で赤ペン先生に直されていた。

大人になって、文章を直されまくるというのは恥ずかしいことだと思う。
仕事のメールなど、読んだ相手にきちんと伝わる文章を書いていたのか?心配になってくる。
この歳になると基本的なことを直される機会はほとんどないし、あったとしても素直に受け入れることが難しいような気がする。所長から指摘されたところは、ぐうの音がでないほど正しく、読みやすい文章になっていた。基本に立ち返るという意味でも、論文を書くことは意味のあることだと思う。(とは言っても、執筆中もおかしな文章を書いて、先生から直されまくった)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?