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共同売店に関する考察15〜「定点」であること〜

共同売店やちいさなマチヤグヮーがどうすれば生き残れるのか、支えよう・また新しく始めようと思えるのか、いま考えています。

買い物弱者を支える、という点だけを考えれば、移動販売やネット通販はすごく助かるし必要。でもやっぱり人と人とが日常生活の一部として行き交い、そこで言葉を交わせる緩やかな時間や場所やそこで生まれる偶然(たまたま)があることに勝るものはないんじゃないかなと思うわけです。

「なんだか悪いねぇ」を解消したい

とある地域のおばあちゃんは、移動販売にくる若い人と話すのが週に一度の楽しみ。でも30分くらいですぐに移動してしまうし、忙しいのに話しかけたら仕事の邪魔になっちゃうんじゃないか、なんて気を使ったりするみたいという話を聞いたことがあります。

そう、私にも身に覚えがある。自分は好きでおばあちゃんに会いにいって、のんびりおしゃべりして、ついでに必要なものがないか聞いて、出かけついでにおつかいをしてまたおばあちゃんちに届けるんだけど、おばあちゃんはいつも「悪いねぇ」っていうんですよね。いや、全然悪くないし!むしろやりたくてやってるんだけどな。
結局もらうつもりのなかったお小遣いを(もらい過ぎなくらい)もらって、逆に「なんだか悪いなぁ」なんて思いながら家に帰るわけです。

移動販売も、おつかいも、もっとお互いに気を遣いすぎることなくできないものだろうか。…と考えると、やっぱり共同売店なんですよね。

そこにお店があれば、高齢者は自分の足で、自分が必要と思うものだけ買って帰れる。それは誰かにしてもらって「悪い」ことなんかじゃなく、年を重ねてもまだ経済活動を行う自立した一人の社会人であることの証にもなるし、尊厳を持って生きられる。

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(FBにもあげたコバヤシの共同売店福祉的側面メモ)

「寂しい」も解消したい

便利さや選択肢の多さを追求する今の世の中では、ネットで買い物できるってめっちゃ便利。今や配達員の人以外誰の顔を見ることもなく、欲しいものがなんだって手に入ります。存分に「個」であることができるけど、なんだか寂しい。特にこのコロナ禍では孤独の「孤」を感じる人も多いんじゃないかな。やっぱり、全く知らない人であっても誰の顔も見ないで暮らすのって、寂しいですよね。

共同売店は定点でそこに「在る」ことで、暗い不安な山道を登った先にある民家の灯りのような安心感があって、心の拠り所になり得る。実際、共同売店やちいさな商店で日々生まれているストーリーは、それを実証してくれています。

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(2013年11/21、週刊レキオでの共同売店ファンクラブによる記事)

でもお店やるって大変だよね

共同売店の運営はどこも大変。問題点だって地域の数だけたくさんあります。でもその場や人が紡ぐ関係性や果たしてきた役割を知るにつれ、私たちは感謝や感動を覚える。そしてその気持ちは、お店を支えたい、支えなきゃ、という気持ちに繋がっていく。それが私たちだけじゃなく、その地域に(地縁や血縁などで)関わりのある人に伝播すれば、そしてそういう人が一人だけじゃなく複数名で一緒に知恵を出し合ってなんとかしようと思えれば、共同売店も続けていけるんじゃないかしら。都会に出ても、自分の故郷の暮らしに思いを馳せてもらえるようになったらいいなぁ。

感情論だけではやっていけないのもわかってるけど、やっぱり人を動かすのは気持ちだと思っているので、なんとかこのストーリーを、いろんな人に知って欲しいし、また生み出していけるようになんとかしたい。そんな風に思いながら、イベントや企画を考えています。

そんな中私たちの大先輩「共同売店ファンクラブ」の皆さんのこれまでの活動に、改めて感動しています。地道なリサーチと、長い時間をかけて築いてきたコミュニケーションの土台。特にこの記事には考えさせられました。↓
https://kyoudoubaiten.ti-da.net/e7561871.html

(以下「共同売店ファンクラブ」ブログより引用)
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本当に買い物弱者を支援するためには、今地域に残っている商店や共同売店やその他のローカルビジネスを支援し、コニュニティの自助力をエンパワーすることが第一です。

移動販売やネットスーパーが「モノ」だけを配達するのは、難民キャンプや被災地に配給物資を届けるのと変わりありません。
緊急時には仕方ありませんが、それは単なる一時しのぎであり、そこには地域の伝統も維持も、未来もありません。

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いやほんとに全くその通り。みなさんは今住んでいる地域にある小さな商店、どれくらい知っていますか?

儲からないけどやれている

もちろん儲けや利益は大事です。だってそれがないと続けられないから。でもこれまで共同売店が儲からないのに長く続けられている、もしくは閉店しちゃってもまた復活するのには、何か理由があるはず。これを考えるときにヒントになりそうだと思い浮かぶのは、その小ささから学ぶ沖縄の「伊部売店」。これについてはまた別で記事を書こうかな。

二つ目は最近考えている資本主義っていうお金に関する考察と、道徳論に関する考えがヒントになりそうです。今読んでいる本は『エンデの遺言〜根源からお金を問うこと』。読み終えて何を感じるか、楽しみだな。

追記:そうそう、地域内循環の経済の重要性に関して、みんなで継続的に楽しく学ぶ場をつくる必要があると思ってるので、それはまた別でまとめたいと思います。

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