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プロの漫画家を目指すフランスの若者に、マンガの描き方を教える日本人講師の熱意。

 2014年、ヒューマンアカデミーがフランス南西部の都市・アングレームに開校した「ヒューマンアカデミー  ヨーロッパ」は、欧州初のマンガ・アニメ・ゲームの専門校です。いまや世界中で愛される日本のマンガ・アニメ。好きなことを仕事にしようと、フランスでも多くの若者がプロのマンガ家を目指しています。開校以来、現地で学生を指導してきたマンガ家のすねやかずみ先生にお話を伺いました。

——すねや先生ご自身は、どのようにしてプロのマンガ家になったのですか?
 
 小学生のとき、赤塚不二夫先生のマンガが大好きでした。当時、学校にマンガを持って行くのは禁止されていたので、マンガを丸々ノートに模写して友達に読ませていたんですね。ノートが何十冊にもなるくらい模写を続け、やがてオリジナル作品も描くようになりました。振り返れば小学生のときから、将来はマンガ家になると決めていたんです。高校生になって出版社に作品を持ち込み始め、高校2年生でデビューすることができました。
 
——先生は、誰からもマンガの描き方を教わっていないんですね。
 
 そうですね。いまの時代とは違って、そうした学校もありませんでしたから。そんな私がプロになれたのは、たくさん模写をしてきたからだと思っています。このことは、いま学生たちにも伝えているのですが、マンガがうまくなるコツはプロの作品を模写することです。もちろんデッサンやクロッキーも重要ですが、コマ運びやアングルのつけかたなど、模写をすることでそうしたプロのテクニックを体得できるんですね。

——プロのマンガ家として活躍されていた先生が、なぜ学生にマンガの描き方を教えることになったのでしょう?  

 ある仕事で知り合った先輩作家が、京都精華大学のマンガ学部で准教授をされていたんです。マンガ学部は開講したばかりだったので講師が足りておらず、私にも声がかかって教えることになりました。それまでアシスタントに教えることはありましたが、まっさらの学生を指導するのは初めての経験です。これがやってみたらとてもおもしろかった。そこで東京でも講師の仕事を続けたいと考え、総合学園ヒューマンアカデミーで教えることになったんです。 

写真は、フランス校での授業の様子

——どのような点におもしろみを感じたのですか? 

  私はマンガ家として、女子プロレスやボーリングなどマイナーな競技をテーマに作品を描いてきました。まだそれほど広まっていないもののおもしろさを、世の中に伝えることにやりがいを見出していたんですね。教育を通じて若い作家を育てることも、そこに通じるものがあると感じたのです。つまりマンガを描くことと学生を育てることは、私の中では同じテーマなんです。

 ——現在、ヒューマンアカデミーフランス校でマンガ講師を務められていますが、日本とフランスの学生の違いはありますか?

  フランスの学生も日本の学生と同じマンガを読んでいるので、こういうものが描きたいという点において大きな違いはありません。ただフランス人の気質なのか、ハッピーエンドのエンターテインメントよりもペーソスのあるテーマを描こうとする学生が多いような気がします。
 指導の際は、日本では順番に理由を積み上げて説明しますが、フランスでは結論を提示してから、そこに向かって説明をするというスタイルに変えています。また、例え話に用いる要素も工夫しています。一例を挙げると、ペンの基礎反復練習の重要性を説明するとき、日本では野球の素振りに例えますが、フランスでは野球がポピュラーでないので伝わらない。そこでサッカーやバスケットボールのドリブルの練習に例えたりしています。

授業の様子

 ——マンガは一人で描いて習得するもの、という考えもあると思うのですが、学校で教わるメリットはなんでしょう? 

 もちろん独学で習得する人もいますが、学校に通うことでその時間を短縮できることです。マンガの描き方をわかっている人が、ポイントをしぼって指導するので無駄がない。20歳から独学で始めていたらデビューが30歳になるところを、25歳でデビューできるかもしれません。
 とは言え、自分で作品を描くことでしか実力はつかないものです。絵の描き方、お話の作り方、演出テクニックなど「全部を教えてもらってから描きたい」という学生もいますが、描きながら学ぶことが大事なのです。自分で描かないと、教わったことも身につかない。そもそもプロになるような人は、描くなと言っても勝手にどんどん描くような人たちです。それくらいモチベーションが高くないとプロにはなれません。

 ——上達の早い人に共通することはありますか?

  素直であることです。指導を受け入れ、あ、そうかと素直にやってみることが大事です。それから、自分に言い訳をしない人。マンガが描きたくて始めたはずなのに、課題を出すと締め切りを守れず、なんだかんだと言い訳を重ねる人がいるのですが、言い訳をせずに、とにかく描き続けることのできる人は上手くなっていくものです。そう考えると、描きたいというモチベーションを保つことも才能の一つなのかもしれませんね。

1974年より開催されている歴史あるアングレーム国際漫画祭。写真は、出展した時の様子。


 ——日本で、マンガ家を目指す人たちにメッセージをお願いします。
 
 マンガに関して言えば、日本は本当に恵まれた環境にあります。野球に例えるとメジャーリーグのようなもの。世界中にマンガ家を目指している人がいますが、日本に生まれたというだけでとてつもないアドバンテージを持っているのです。こんなにマンガの溢れている国は日本だけです。そんな環境にいることをフルに活かして好きなマンガをたくさん読み、とにかくたくさん描くことを心がけてください。決してあきらめず、必ず描けると自分を信じることが大切です。
 それから何か一つでもよいので、マンガ以外の趣味やスキルを持つと楽になります。「楽」は、「何事も楽しんでやれる」ということにつながります。趣味やスキルをマンガのネタとして活かせればマンガ家になる上での「楽」になり、YouTubeやSNSで発信すれば気持ちが「楽」になります。自分自身を振り返っても、学生時代のアルバイトなど、一見マンガに関係ない体験がプロになってからとても役立ちました。


——最後に、今後の夢や目標を教えてください。
 
 ここ数年は講師として教えることに専念してきたので、そろそろ作家としても新しい作品を世界に発信していきたいですね。

<プロフィール>
Human Academy Europe マンガ講師
すねや かずみ先生
 
1963年、東京生まれ。1982年、秋田書店の『週刊少年チャンピオン』月例新人賞を受賞してデビュー。ギャグ、ホラー、コメディ、スポーツなどのジャンルで作品を発表。2005年、京都精華大学マンガ学部非常勤講師。2006年〜2015年、総合学園ヒューマンアカデミー東京校マンガカレッジ常勤講師。2015年、台湾角川国際動漫股份有限公司の教務総監。2016年より現職。


<ヒューマンアカデミー  ヨーロッパについて>
 
欧州最大の国際漫画祭が開催されることで知られる、フランス・アングレームに2014年、マンガやアニメ、ゲームなどの専門スクールを開校しました。日本人の講師の現地派遣や、日本からのオンライン授業を通して、日本式のマンガの描き方などの技術指導を行うほか、日本語教育も行っています。
 卒業後は日仏でのマンガ家デビューや日本企業への就職サポートなども視野に入れた、付加価値の高い教育を提供しています。

フランス西部シャラント県(Charente)の県都アングレームの美しい街並み。(写真提供:すねや先生)

※2024年3月に取材した内容に基づき、記事を作成しています。
 肩書き等は取材時のものとなります。

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