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水のある風景

ぼくは名古屋の堀川沿いの街で育った。
堀川というのは名古屋城築城の時に掘られた運河だが、明治に入り、その堀川と名古屋市境を流れる庄内川を結んだ人の名前を取りぼくの住んでいた辺りでは「黒川」としていた。
子どもの頃はずいぶん水質汚染が進んでいて夏になるとなんとも言えない悪臭がしたものだが、近年ではかなり改善されて川沿いには遊歩道なども整備された。

名古屋市内で引越しをした先は、ちょうどその庄内川とぼくが越した先の守山区を挟み込むように流れる矢田川が近くにあった。市内へ出勤する際には必ず矢田川を渡る。
名古屋には全国でも珍しいバスが高架橋の専用路を走るガイドウェイバス(ゆとりーとラインと呼ばれていた)が走っているが、通勤にはもっぱらこれを利用した。
この高架橋はなかなかの高さなので矢田川を渡るときには名古屋市内を望むことができ壮観だった。
ときに陽が沈む頃の眺めは格別だった。

岡崎に越してからは乙川(男川)があった。
これも仕事に行く際には必ず渡る川だ。
岡崎のシンボルでもある岡崎城は乙川沿いにあり、周辺では花火大会をはじめ様々なイベントが催された。
少し距離はあったが最寄駅は名鉄男川駅だったから電車で移動する時は川を目にするのが日常だった。

東京に来て。
小さなせせらぎはあるが身近に河川がない。
多摩川までは少し距離がある。
ぼくの日常から水辺がなくなってしまった。

東京はじつは運河が多く作られている。
都市部の多くが埋立地であるが、海からの流通を確保するために作られたものだ。
写真は亀島川だが、こういった眺めを特に城東ではよく見かける。
ぼくが住んでいるのは武蔵野台地で、多摩川の他には人工的に開削された用水路以外にあまり大きな河川がないのだ。

なので、というわけでもないだろうが、こうした風景を見るととても懐かしい気分になる。
水がそうさせるのか、あるいはビルの谷間の流れという風景がそうさせるのか。
平日は車も人も多く通る場所だが、休日は静かなものだ。
そんな新亀島橋からしばし物思いに耽る。

#亀島川 #新亀島橋

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