小説を書くことの難しさ

少しずつ小説を書いている。僕は蓼食う本の虫というWebサイトをやっていて、小説の書き方についての記事も出したりしているんだけど、僕個人としてはここ数年くらい上手に小説を書くことができずにいる。

初めて小説を書いたのは小学生の頃で、大学生くらいまでは何とか書くことができていた。社会人になってからも同人誌を作って小説を載せていたんだけど、気がつけば小説が書けなくなっていて、エッセイを書いて誤魔化す方へと向かっていた。そうしていつの間にか、小説の書き方が分からなくなってしまった。もう3年くらいはまともに小説を書き上げられていない気がする。

ただ、ここ1週間くらいで小説を少しずつだけど書き進めることが出来るようになってきた。きっかけとしては、最近やっている雑談会の存在が大きい。色々な人と30分ずつ雑談をするというもので、その中のお一人と小説の書き方についての話になった。どうやって小説を書いているんですかということを考えた時に、どうやら小説を書くには「着想」「拡散」「収束」の3段階があるような気がするねという感じに話が落ち着いた。

僕はまず、圧倒的に「着想」の部分が足りていなかった。特に書きたいテーマとかシーンがない。だからまずは、書けそうだなと思っていることをひたすら書いていくことにした。すると、なるほど「地方における小劇場演劇」についてなら何か書けそうだぞということに気づいた。

そこから「拡散」に移って、それに基づく書きたいシーンを思いつく限り書いていくことにした。すると、どうやら僕は小説と現実を分けて考える癖があることに気づいた。小説に自分の生活が入り込んでいると、どうしても恥ずかしくなってしまう。でも僕は元々私小説的な作品が好きで、そういうものの手触りを愛していたので、どう考えても私小説的に書く方がやりやすいのだった。なんてことに今さら気づいたので、自分の思い出にフェイクや願望を織り交ぜたりすることで段々上手くいくようになってきた。そう考えれば、書けることはたくさんある。

正直、「収束」できるかどうかはまだ分かっていない。「拡散」の段階で色々と思いついてしまったので、とりあえず今は小説を書き始めている。書いているうちに、「ちょっと前に書いた2,000字くらいの小説をこれにくっつけられるな〜」などと考えて、新しく書いたやつに悪魔合体させてみたりした。これが意外と上手くいく。とりあえず収束させることは考えずに、こうやって虚構を書き散らしていくことで素材を増やしていくことが今の自分には必要なのかもしれないという気がした。

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