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マッシュポテトの話をしよう。

簡単な料理、複雑な料理、料理にもいろいろあるけれど、
「料理を楽しむこと」が美味しく作る秘訣だと思う。

どの分野でもそうだと思うけど、楽し(好き)すぎるが故に、突きつめすぎると、突き抜けた物が出来上がる。料理だって同じで、突きつめるとんでもなく美味しい料理が出来上がる。

僕はものすごく凝り性で、ハマってしまうと徹底的に調べる性がある。ただ、飽き性でもあるので、すぐ飽きて「次!」と新しいものに手を出してしまう。

だけど、料理に関してはなぜか飽きがこない。料理歴20年以上になるけど、ずっと飽きずに好きでい続けている。その間、ずっと実験をしている感覚があって、食事会は良い研究発表の場にもなっている。

「〇〇の話をしよう。」は、一般的に知られている料理を突き詰めて考えると、どうなるのか?という実験的なレシピを、noteという形でまとめてみようという試みである。

今回のレシピは「マッシュポテト」

非常にシンプルな料理だけど、調べてみるとめちゃめちゃ奥が深い料理だった。このnoteの前半でシンプルレシピを、後半でクレイジーレシピを紹介したいと思う。

シンプルなマッシュポテトのレシピ

マッシュポテトはその名のとおり、「すり潰した【mash】」じゃがいも料理のことだ。
茹でたジャガイモをポテトマッシャーと呼ばれる調理器具で押しつぶし、牛乳とバターを加えて伸ばした料理で、実にシンプルだ。

以下は、そのシンプルレシピを僕なりに少しアレンジしたものだ。

【材料】
 ・じゃがいも 300g
 ・牛乳 100cc
 ・バター 50g
 ・塩

【作り方】
1. じゃがいもの皮を剥いて2cmほどの厚さに輪切りにし、柔らかくなるまで茹でる。

2. 茹で上がったじゃがいもを、フォークの背やマッシャーを使って塊がなくなるまで潰す。


3. ❷とバターを鍋に移して弱火にかけ、バターを溶かしながら全体に馴染ませる。


4. 牛乳を入れて、お好みの粘度まで伸ばす。
このタイミングで塩で調味。加塩バターを使うので、塩を入れなくても味はするはず。

*冷蔵庫で3日ほど持ちます。保存の際は乾燥を防ぐため蓋付き保存容器に入れてください。
*食べる直前に鍋にとって、牛乳を少量加えて温めてから食べると出来立ての美味しさが蘇ります。

ここまでは普通のレシピ。
以下の章からは、マッシュポテトの深淵へとご案内したいと思う。

理想のマッシュポテトについて

理想のマッシュポテトとは、ずばり!
「細胞が潰れていないマッシュポテト」です。

マッシュポテトとは、前述したとおり「すり潰した【mash】じゃがいも料理」です。しかし、すり潰すとジャガイモの細胞は潰れ、細胞内の澱粉が出てきてしまいます。そして、澱粉が出てくると、ベタっとした糊のようなテクスチャーのマッシュポテトになってしまいます。

そうならないための方法、考え方をまとめてみたいと思います。

ジャガイモの成熟度について

美味しいマッシュポテトを作りたいなら、成熟したジャガイモ(完熟イモ)を使うことが絶対条件です。要は「新ジャガを使うな」ということです。

ジャガイモの細胞はペクチン質によってちょうど接着剤で張り合わせたようになっていて、80度以上に加熱されるとペクチン質が溶けて、細胞が分離します。細胞同士が離れ離れになっているので、この状態で裏ごしすると細胞を壊すことなくバラバラにすることができます。

なので、新ジャガはマッシュポテトに向きません。
新ジャガは細胞が未熟で固形分が低いこともありますが、細胞を結びつけるプロトペクチン(湯に溶けずらい)が多く、細胞膜が弱いからです。
細胞膜が弱い上に、細胞同士の接着剤の役割をしているペクチンも強いので、裏ごしの際に細胞膜が壊れ、中から澱粉が出てきて、糊状になってしまうのです。。。

対して、完熟イモ(北海道の8~10月の新ジャガ)は、細胞膜、細胞壁もしっかりとしていて、ペクチン質もお湯に溶けやすい性質に変わります。そのため、細胞を壊さずにバラバラにすることができます。

よって、マッシュポテトを作る際は、完熟イモを使ってください。

ジャガイモの比重について

ジャガイモは比重によって、テクスチャーが全然違います。
比重が大きくなるほど、やわらかく崩れやすいテクスチャーになります。

経験則ですが、低比重のものはネットリとしたテクスチャーに、高比重のものはホクホクとしたテクスチャーになります。

ホクホク系の男爵でも低比重であれば、メークインのようなネットリとしたテクスチャーになるし、メークインでも高比重であれば、男爵のようにホクホクとしたテクスチャーを示します。

また、高比重であるほど、ペクチンの溶解性が高く、裏ごしした際に細胞の分離がうまくいくことがわかっています。

つまり、高比重のじゃがいもを使った方が、マッシュポテトは美味しくなるということです。

ジャガイモの品種について

さらに、ジャガイモは、そのテクスチャー(質感)によって、3つのカテゴリーに分けることができます。

どんなマッシュポテトを作りたいかで、使うジャガイモのカテゴリーを選択する必要もあります。

デンプン価(ライマン価)の高い品種ほど、煮くずれが多い傾向にあります。また、マッシュポテトに使うと、フワフワした食感になります。そして、失敗すると粉っぽくなる傾向があります。
反対にデンプン価の低い品種を使うと、滑らかな食感になりますが、失敗するとネバネバとした残念な食感になります。

栽培環境で大きく替わりますが、デンプンの多いものから順に、【ホッカイコガネ>トヨシロ>キタアカリ>男爵薯>さやか>メークイン>とうや>レッドムーン】 となります。

ただし、デンプンを比較的多く含んでも、細胞の小さい「ホッカイコガネ」のようなジャガイモもあります。この種のじゃがいもはマッシュポテトにすると粉っぽくならずに、ふっくらしっとり仕上がるし、煮崩れもしにくく、料理適正が幅広いので、迷ったらホッカイコガネを選ぶと良いでしょう。

Fluffy Type(フワフワした)
これは茹でると中がフワフワ(Fluffy)になるタイプです。粉吹き芋のように粉っぽい感じです。日本の品種で言うと、「男爵、キタアカリ、トヨシロ」などのようなホクホクした食感のジャガイモ。
細胞同士の結びつきが弱く、マッシュポテトにする際、最も扱いやすい。
少し粉っぽいテクスチャーのマッシュもポテトになる。御述するが比重によるジャガイモの選別を行うと、粉っぽさを抑えることができる。
Waxy Type(ねっとりした)
茹でるとワックスのようにねっとりとした食感になるジャガイモ。甘味が強く、水分が多めで、煮崩れしにくいのが特徴です。Fluffyよりも全体的に小ぶりな物が多く、日本の品種だと「メークイン、はるか、とうや、レッドムーン」などがこのタイプにあたる。
このタイプの新ジャガは、光合成直後のため、澱粉質が多く、実質がFluffyに寄ってすこしフワッとしているが、少しねっとり感のある食感になる。甘さも強いので、新ジャガの中では群を抜いて美味しいと思う。
細胞同士の結びつきが強いので、マッシュポテトにするには、技術が必要。
正しく作れれば、きめ細やかな舌触りで、ジャガイモの甘味も強く感じる、極めて美味しいマッシュポテトを作れる。
Smooth Type(滑らかな)
茹でると滑らかな食感のジャガイモで、実がかたく、茹でても崩れにくいタイプです。粘りが少なく、軽い歯触りで食感が良い。
料理適正は幅広く、どんな料理に使っても美味しく仕上がる。
日本の品種だと「ホッカイコガネ、こがね丸」などがこのタイプにあたる。
細胞同士の結びつきは、一般的なジャガイモは維管束を境に表皮側が弱く、中心側が強くなる。このタイプのジャガイモは、その傾向が弱く、均一である。また、前述したように細胞の大きさが小さいので、裏ごしの際に細胞が潰れにくい。
マッシュポテトにする際は、Fluffy Typeと同様に気を遣う必要があるが、失敗しにくい種である。

じゃがいもの熱変性について

このnoteのキモになる部分です。
頭に入っていると、いろいろな料理にも応用できます。

60℃:   硬化現象。多少のペクチンが硬化する。
60〜65℃:デンプンと細胞の膨潤(水を吸って大きくなる)が始まる。
70℃:   水溶性の遊離デンプンが溶け出す。
72℃:   デンプンは完全に糊化(α化)する。
80℃:   ペクチン質が完全に溶解する。

マニアックなマッシュポテトのレシピ

さぁ、いよいよ。マッシュポテトを作ってみましょう!

前述した情報が入っていれば、全ての工程の意味がわかるはずです。


【材料】
 じゃがいも(ホッカイコガネ) 300g
 牛乳(乳脂肪3.6%以上のもの) 100cc
 バター 85g
 塩

【作り方】
1. ジャガイモの選別から始めます
前述したように高比重のジャガイモほど美味しく仕上がるので、高比重にジャガイモを使用したい。
数字でいうと1.10以上のものが好ましいです。したがって、比重1.10以上の塩水を用意し、じゃがいもの比重を調べます。
選定方法は簡単です。500ccの水に55gの塩を溶かし、ジャガイモを入れて沈んだものだけを使うようにしましょう。

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沈んだジャガイモは高比重とうことです。


2. ジャガイモの皮を剥いて2.0cmの厚さに輪切りする。
速やかに茹で上がるのは好ましいが、あまり薄切りにすると風味や栄養が失われてしまいます。いろいろ試したけど、1.5〜2.0cm程度の厚さに切るのがオススメ。
(*ジャガイモの皮は、あとで使うので捨てずに取っておく。)

カットしたジャガイモは水に晒す。
水に晒すと白く濁る。これが細胞の中に閉じ込められているデンプンだ。

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カットして細胞が傷つき、水に溶け出たわけだ。(これを遊離デンプンという。)これがネバネバの原因なので、流水で滑りがなくなるまで洗おう。

4. 72度のお湯で茹でる。
72℃のお湯を用意し(低温調理器推奨)、そのお湯と共にジャガイモを真空パックにして、72℃で25分ほど保温する。

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裏ごしの際に、細胞が壊れてデンプンが飛び出すと、糊化が進みとネバネバした仕上がりになるので、それを防ぐために下準備が必要。それがこの工程。

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前述した熱変性の方程式に従って、ペクチンを残して、遊離デンプンを取り除き、デンプンを余さずα化する温度で火入れを行う必要がある。その温度が、ずばり!72度なのです!


5. 氷水で冷ます。
茹で上がったら、流水で滑りを落としてから、氷水に5分程度さらしてよく冷ます。α化したデンプンをβ化させる狙いだ。(1~3度で最もβ化がすすむので、氷水推奨)

この後の工程で、もう一度茹でるが、α化したデンプがβ化するとデンプンの分子がたがいに結びつき、茹でている最中に溶け出すことがなくなる。これを「逆行現象」という。

6. もう一回茹でる。
1Lの水に10gの塩を入れ、沸騰させ沸騰したら弱火に落として、ジャガイモを入れて、柔らかくなるまで茹でる。グラグラと煮立たせてはいけない。

硬化がすすむ60℃の温度帯を速やかに通過させるため、沸騰したところに投入すること。ペクチンは80℃以上で分解が始まるため、沸騰状態をキープする。グラグラ沸騰させると、細胞が壊れてしまうリスクがあるので、弱火でコトコト茹であげよう。

前工程のおかげで、遊離デンプンが溶け出すリスクは少ないので、茹で時間は細かく指定しない。柔らかくなるまで煮る。

7. じゃがいもの香りを牛乳に移す
鍋に牛乳とじゃがいもの皮を入れて、沸騰直前まで火を入れる。
この工程は、ジャガイモを茹でる工程と同時進行で進めて欲しい。
この牛乳は、後工程でマッシュポテトの粘度調整に使います。

8. 茹で上がったら、熱いうちに裏ごしする。
擦らず、押すような感じで裏ごしする。

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80℃以上が理想。それ以下だとペクチンの再硬化が始まってしまい、細胞を壊してデンプンが出てしまう。

9. バターと合わせる
裏ごししたジャガイモとバターを鍋に入れて、弱火にかけて全体に馴染ませる。

10. 再度裏ごしする
余裕があれば、ここでメッシュをさらに細かくして裏ごしする。

11. 牛乳で伸ばす
ジャガイモの皮の香りを移した牛乳加えて、お好みの粘度まで伸ばす。
このタイミングで塩で調味するとよい。
茹でる際に塩を入れているし、加塩バターを使うので、塩を入れなくても味はキマッているはずだけど、お好みで。

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出来上がった熱々のマッシュポテトは最高に美味しいはず。。。。

最後に

研究してみてわかったことは、どの食材にも共通するが、

「ジャガイモを美味しくするコツは、ジャガイモの気持ちになること」

物言わぬ食材だけど、真剣に向き合えば、食材が語りかける声が聞こえるはずだ。

出典
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010763176.pdf
https://potato-museum.jrt.gr.jp/
https://www.amazon.co.jp/dp/4270005068/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_Xr5HFbBSXTNCN
https://www.amazon.co.jp/dp/4041061245/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_Hw5HFbHZP1Y0B

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