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台湾コスプレ体験記

本記事は、天狼院書店様のメディアグランプリに掲載いただきました。

台湾旅行と聞いて、何をイメージするだろうか。
小籠包。タピオカ。夜市。映画『千と千尋の神隠し』の雰囲気を漂わせる街、九份(きゅうふん)。グルメに観光スポットに事欠かない国である。
成田空港から約4時間というアクセスの良さも相まって、人気の旅行先だ。

しかし、特に女性には是非ともおすすめしたいスポットがある。
それは「写真館」だ。
もちろん、ただの写真館ではない。
豪華な衣装(妖精風から花魁風まで!)を着て、プロによるド派手なヘアメイクを施し、専用のスタジオセットでカメラマンに撮影してもらえるサービスが存在する。巷では「変身写真」と呼ばれている。

女性なら、誰しも一度はこんなことを思ったことがあるのではないか。
「普段着ないような、素敵なドレスを着てみたい」
「プロにメイクしてもらって、いつもと違う自分になりたい」
「モデルみたいに、きれいな自分を撮ってもらいたい」
そんな変身願望を満たせる場所、それが台湾の変身写真館だ。
日本でも同じようなサービスはあるだろうが、体験するきっかけもないし、少し気恥ずかしい。その点、海外旅行という解放感と高揚感は心のストッパーを外し、押し殺していた憧れを解放する。

ある日、この台湾の変身写真を知った私は、「やってみたい……!」という興奮が抑えきれなかった。ディズニープリンセスやセーラームーンに憧れた少女の頃のように、きれいになりたい! 変身したい! という想いは大人になった私の瞳をも輝かせた。
女友達に教えたら彼女もノリノリで、すぐに2人で台湾に旅立った。

台湾に到着した足で、さっそく日本から予約していた写真館に向かう。
私たちは2種類の衣装を着られるコースを選んだ。悩みに悩んで、古代中国の宮廷風ドレスと、西洋の女性ハンター風の衣装に決める。

衣装を着たら、さっそくヘアメイクだ。
メイクさんは手慣れた様子で、少し旅疲れした私の顔に次々と色をのせていく。見たこともない長さのつけまつげや、真っ赤なリップ。頭にはウィッグをつけ、ボリューム感たっぷりに巻かれていく。
ものすごく濃い。これで外を歩いていたらバケモノだ。
しかし普段着とは異なるゴージャスな衣装には、とても合っていた。
そして自分の顔がこんなにも派手に、官能的になるなんて思ってもみなかった。

メイクが終わるといよいよ撮影に入る。
店内には、エリアごとに異なる空間のセットが組まれ、衣装に合ったセットの前に誘導される。
モデルの経験など全くない私が、キメポーズなんてとれるのか、と不安だったが、カメラマン(簡単な日本語を話せるのがありがたい)が、細かいポーズ指導をしてくれる。

「右肩下ゲテ、体ヲ右ヒネル、行キスギ、重心右足、姿勢真ッスグ、顔左、顎上ゲル、指伸バス」といった指示に従い、ロボットのようにカクカクと体の位置を動かしていく。なるほど、美しいポーズというのはここまで計算されているのか、と感心する。
最初の頃はガチガチだったが、次第に緊張もほぐれ、カメラに向かって挑発的な視線を送ってみる。気分は完全にモデルだ。めちゃくちゃ楽しい。
もっと私を見て!もっと撮って!
そんな思いで、気分は最高潮に達した。

2着の撮影が終わり、メイクを落とすために洗面所に行くと、同じく撮影を終えたばかりの友人がいた。撮影はそれぞれ別のメイクさんとカメラマンさんなので、撮影風景はお互い見ていないのである。ちなみに撮影した写真は、修整を施して、後日自宅に送付してもらえる。
どんな写真になっているか楽しみだ。届いたらFacebookでシェアしよう。なんならプロフィール写真にしちゃうのもいいかも?
そんな話で盛り上がりながら写真館を後にし、台湾の夜の街に繰り出してビールと小籠包をつまみながら、撮影の感想をあれこれ語り合った。

さて、帰国して数週間後、ついに写真が届いた。
国際郵便の封筒の中には、専用のアルバムに入れられた写真と、データの入ったCDが入っている。
ワクワクしながら封を開ける。

写真を見た瞬間、私は「苦笑」した。
なんなんだ、これは。
これは、誰にも見せられないぞ。

イメージと違ったとか写真が下手だった、というわけではない。クオリティは非常に高い。衣装やセットは、実物よりも煌びやかで豪華に見える。さらに肌は滑らかに補正され、なんなら二の腕やウエストは若干細くなっている。

だからこそ、日本で普通の生活に戻った「今」見るには、あまりにも異質だった。あの時は感じなかった気恥ずかしさが、今さらよみがえる。
飲み明かして語り合った将来の夢とか、美しい夜景の前で約束した愛の言葉なんかを想像してほしい。その瞬間は何も感じないが、後々恥ずかしくなるアレと同じである。

決して変身写真館が残念だった、と言っているのではない。むしろ逆だ。
ただ、変身写真の価値は、写真そのものではなく、台湾という異国の地で、普段と全く異なる自分になるという、非日常の体験そのものにある。
写真から発せられるあの時の興奮と熱量は、日常で受け止めるには少し熱すぎる。そっと自分の中でしまっておき、残り香をほのかに感じるくらいがちょうどよい。

早速、一緒に行った友人にこのモヤモヤした気持ちを送ると、彼女も全く同じように思っていたようだ。お互いに写真は見せあったが、それ以外の人には見せることなく、アルバムはひっそりと引き出しの奥に入れたままである。
それでも私たちは会うたびに「またやりたい」と言っている。
今度はあんな衣装を着たい、2度目だからもっとうまく撮れるはず。
そんな根拠のない自信もあった。

あれから世の中の情勢は変わり、旅行に気軽に行くことはできなくなってしまった。行動範囲も狭まった私は今、「非日常」に飢えている。
また自由に旅行にいける日が来たら、花魁にチャレンジしよう。白雪姫風もいいかな?

女の変身願望に、終わりはない。

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