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酒断ち日記1 天ぷらとアイスコーヒー

はじめに

「よし、ちょっとの間、禁酒してみよう!」

現代の禁酒法が施行されると知った5月6日の昼下がり、そんなことを思った。

まず懸念したのは友人達の反応である。

いきなりこんなことを言ってしまうと、「バカなことを言うな」「頭の病院に行ったほうがいい」「死期を悟ったのか」、と大騒ぎするだろうし、僕が何日で音を上げて酒を飲むのかで賭け事が始まりそうな気がしたので、禁酒の言い訳をあれこれ考えてみたがどれも後付けの理由なのでしっくりこない。

別に健康診断で肝臓が引っかかった訳でもないし、最近ひどく酔って命の危険を感じた訳でもない。周囲から飲酒を止めるよう諭されてもいないし、酒のために貯金を食いつぶしてしまった訳でもない。

それでも大好きな酒を中断してみようと思ったのは、『太陽が眩しかったから』以外の理由をこじつけるならば、好奇心のためだと思う。

僕はここ数年、アルコールという色眼鏡を通じてのみ、世界と対峙してきた。

週末になって楽しいことがあったら飲んで、悲しいことがあったら飲んだ。暇を持て余しても飲んだし、逆に忙しくてたまらない時も、それを忘れるために飲んだ。

そうしていれば、意味がわからない世界や空っぽな時間を飛び越えて幸福に掴みかかることができたからである。
ちょうどピエロが仮面をつけて、エンターテイメントに徹するように。

これが、酒を飲まない人からとってすれば異常なことだという自覚はあった。

しかしその正常性は、酒や煙草やセックスといった色と匂いのない灰色の人生を送る人たちのためにあって、
『お前の匂いのする街で、とてもシラフじゃいられない』くらい感傷的で、『どうぞなみなみ注がせておくれ、サヨナラだけが人生だ』と信じている自分とは縁のない世界だと、本気で思っていた。

しかし、どうだ。
他の誰かと同じように27クラブの仲間入りを果たせず、何も特別なんかじゃない28歳独身男性会社員となって鑑みた時、
シラフのまま平然と世界と対峙している人たちが、とても気高く美しい存在に思えてきたのだ。

そして徐々に、僕もアルコールという仮面を脱いで、彼らが見ている世界を覗き込みたいという欲求が芽生えてきた。

というわけで僕はなんとなく、プカプカしたアルコールのプールから這い上がって、フラフラとシラフの世界を探検してみようと決意したのである。

いったい僕は不思議の国のアリスのような世界の中で、何を思い、何を考え、何をするのだろうか。
その答えが気になって気になって、居てもたってもいられなくなってしまった。
そして、今は丁度良い実験の機会だと思った。

探したところで答えがないことも、アルコールがあってもなくても人の本質は変わらないということも、充分に承知の上である。

しかし、ちょっと血迷う人生は、結構楽しい人生であると、僕は信じている。
すぐにつまらなくなって飲酒を再開したって、それはそれで愉快なことだ。

禁酒を始める前に、ドイツ劇作家、ブレヒトの言葉を引用する。

英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸である。

これはそのまま、こう言い換えられないだろうか。

酒のない時代は不幸だが、酒を必要とする時代はもっと不幸である。

…だめだ、自分で意味がわからない。脳がアルコールにやられてしまった。


5月6日(木) 1日目

禁酒初日。昨日は飲んでいないので正確に言えば2日目になる。

僕は元々365日酒を飲むタイプの飲兵衛ではない。
金土は大抵飲んでいるが、日曜〜木曜は週に一度飲んだり飲まなかったりする程度なので、3日4日飲まない程度では禁酒感はない。

ただ、これから飲まなくなってしまう酒のことを思うとちょっと寂しくなって、センチな気持ちで床に着く。

5月7日(金) 2日目

仕事終わりに、我が家から徒歩1分のところに住んでいる酒飲みのHが遊びにくるという。

飯でも食おうかと提案してみると、「酒だけ飲めりゃ良い」と不穏な返事がきたもののノンアルコールビールでも飲みながら付き合えばいいと考えてコンビニに向かうと、飲み仲間の先輩Aさんがコンビニの前で酒を飲んでいた。

声をかけてみると「これめちゃくちゃ美味いからさ!一本あげるよ!」と、いいちこのハイボールをいただいてしまう。
Aさんのご厚意を無下にはできないので、その場で一本飲み下す。礼儀は大切。

その後コンビニに入ってノンアルコールビールを探すものの販売されてなかったので、仕方なく黒ラベルを一本購入。
Hと合流し、宅飲みを開始する。

家に残っていた大量のワインの処理はHに任せ、一人ビールをチマチマ飲もうと思っていたのだが、Hが僕に遠慮して飲むピッチを遅らせている様子がありありと感じられて可哀想に思えてきたので、一緒にワインを飲んであげることにした。
友情は大切。

ワインが空いててっぺん周り、日本酒を煽りながらおジャ魔女どれみカーニバルを聴いていたらHが酔い潰れ、壊れたファービー人形のようになってしまったので、恐ろしくなって自宅に帰す。

家が近くてよかった。

5月8日(土) 1日目

8時にアラームで目が覚める。全然二日酔い。
「禁酒中だから余裕っしょ」と、土曜朝イチに美容院の予約をした一昨日の自分を軽く呪う。

本山の美容室で、10年近い付き合いのために話すことも無くなったNさんに無言で髪を切ってもらっていると唐突に、「あつあつあつしって、ほっともっとあつしってこと?」などと面白いことを言ってきたので、「まあ…確かに…そうなりますね…」と返しておいた。
酒ともこのくらいの距離感で付き合いたい。

昼食を食べて、栄のバーに出向き、ジンジャエールを飲みながらちょっとだけDJをする。
今まで気づかなかったけれど、バーに来ていても酒を飲まない人が結構いるのだということを知る。

DJを終えて暇になったので、バーにいた友人のBに電話すると近くの居酒屋で飯を食うところだというので油を売りに行く。

Bがビールを飲んでいる横に座り、アイスコーヒーとパスタを注文したら、お通しで天ぷらが出てきたので、シソの天ぷらをアイスコーヒーで流し込んでみる。シュールレアリスムの味がした。

夜は友人のSを家に呼び、筍の煮物と青菜炒めと鮎の塩焼きを調理して、サントリーのノンアルコールビールで流し込みながらNetflixで水原希子が主演している『彼女』という映画を観た。

二人とも最後まで設定を勘違いしながら観たのだけれど、めちゃくちゃ最高でめちゃくちゃ最低な、邦画史に残る大傑作かつ大問題作だと感動した。

でも後になって本当の設定を知ってしまい、大して面白くもない映画だったんだな、とがっかりした。ずっと勘違いしながら怒り狂っていたかったし、本当のことなんて知りたくなかった。

誰か代わりに、僕の中の『彼女』を撮ってください。お願いします。

5月9日(日) 2日目

友人たち5,6人が我が家に集まり、ウッドストックフェスティバルのドキュメンタリー鑑賞会をする。スコセッシが編集しているらしい。

酒と薬物にまみれた映像を4時間ぶっ続けで鑑賞しながら、アサヒのノンアルコールビールを2本飲む。

このビールを真似たドリンクの方が、LSDよりもよっぽどケミカルな薬物なのだろうなと原材料名を見てみると、一番上に『食物繊維』と表記があって面食らった。

アサヒビールは錬金術師でも雇っているのだろうか。

5月12日(水) 5日目

平日の淡々とした日々は酒があってもなくても変わらない。

ただ、週末酒を飲まないからと考えてしまい、平日に財布の紐を緩めてしまうことがネックだと感じ始めた。

いつもなら会社近くのコンビニで200円以上の買い物はしないのだが、気が大きくなってしまい100円のオレオと200円のハリボーグミ、メロン味を買ってしまった。

相変わらずオレオは、世界で一番うまかった。
ハリボーのメロン味は、酒よりよっぽど身体に悪い味がした。

5月14日(金) 7日目

先週はサントリー、アサヒのノンアルを飲んだので、キリンのゼロイチを飲んでみる。

サントリーとアサヒよりは美味しく、一口飲んだ時は「何これビールじゃん!!」と喜んだものの、3本目に入ると脳がようやく舌に騙されたことに気づいてしまい、途端に不味くなった。
『彼女』と同じくずっと騙されていたかった。

ご飯、味噌汁、ホッケの開き、モロヘイヤのお浸しという金曜の夜に似つかわしくない夕食を摂り、暇が過ぎるので『歴史を変えた6つの飲物』を読み進める。

これは、エジプト文明とビール、ギリシア文明とワイン、大航海時代と蒸留酒、フランス革命とコーヒー、産業革命とお茶、資本主義とコーラをそれぞれ結びつけて歴史を解説してくれている本である。

今は嗜好品の一つでしかない各種の飲み物たちは各文明において自身のコミュニティ、権力を象徴する文化として定着し、思想や健康・時には破滅の礎となってきたことを知って感心する。

この中で、エジプト文明ではビールについて『学齢期の子供には健全な成長のためにビール二かめを毎日与えるように』としていたと紹介されていたので、僕は今実に不健全な生活をしているのではないかと不安になってしまう。

5月15日(土) 8日目

朝から柳橋市場で食材を買い集め、Hとハモしゃぶをする。

冷蔵庫に眠る禁酒前に購入した黒ラベルを飲んでもらうようお願いしたが、僕が飲まないのでHも飲まなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
僕が飲まないことで周りも飲まなくなるのは結構悲しい。

買い出しの際、鍋をネギまみれにしたら美味いんじゃないかという話になり、市場で値段のついていない万能ネギをレジに運んだら700円請求されたものの良い大人なので首を傾げながらも黙って購入する。

後で調べてみたら僕たちの買ったネギは300g2000円程度で取引される、高級な寿司ネタになってしまうようなブツであることを知ったものの、普通のネギとの違いがさっぱりわからず、「これは美味しい…んだと思う…」と互いに確認し合いながら食べ進める。
途中から他の友人も合流したので食べさせてみるものの、よくわからないという顔をしていた。

ハモの美味しさよりも、ネギの恐ろしさを知った一日だった。

一週間を終えて

一番大きな発見は、『アイスコーヒーと天ぷらは合わない。』ということであった。為になる。

では、また次回。

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