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ひよこ、ぴよぴよ

朝、職場まで歩いて行っている。20分ほどの道のりだ。

前に同じ方向に歩いて行く親子連れがいた。

40歳くらいのおじさん。
ズボンベルトの上に、白いワイシャツで包まれたお腹が乗っている。
いわゆる中年太りのサラリーマンだ。

脇を歩くのは3歳くらいのお嬢さん。
フリルのついたスカートで、白いダウンジャケットを羽織っている。
なんとも可愛らしい。

おじさんは、お嬢さんを保育園に送っていく途中。

昨日は何をして遊んだの?
へー、お店屋さんごっこしたんだ。
たくさんお客さん来た?

お嬢さんは聞かれるままにたくさん話をする。
ときどき跳ねながら歩く。

ーーー
駅前の大きな横断歩道に差し掛かった。

「ねぇパパ、今日はひよこちゃん、鳴いてないよ」

お嬢さんは歩行者用信号が鳴っていないことを指摘した。

あれ?ここの信号って音あったかな?
なかったと思うが。
うしろを歩いていたあつこは首をかしげた。

歩行者用信号は場所によっては音がついている。
音楽で通りゃんせだったり、
鳥の声でカッコウだったり、ピヨピヨだったり。

「ねぇ、パパ、今日はなんでひよこちゃん、鳴いてないの」

ーーー

おじさんは、ちょっと困っていた。
この信号、もともと音がない。

「本当だ、今日はお休みなのかな」

そして、ちょっとどすの効いた声で鳴き始めた。

「ほほ、ほほ、ほほ」

まるでふくろうだ。

「パパ、違う。そんなのじゃないよ」
お嬢さんは怒っている。

「ごめんごめん」

おじさんは、ちょっと高めの声で鳴き始めた。

「ピヨピヨ、ピヨピヨ、ピヨピヨ」

大きな体から想像もできないような可愛らしい声だ。
向かいから来た若い女性が、すれ違ったあと振り向いた。

ーーー


脇にいたお嬢さんは大喜び。

「パパ、ひよこちゃん、鳴いたね」

ぴょんぴょん跳ねて、手をぎゅっとおじさんにつかまれていた。

横断歩道を渡り終えるまで
ピヨピヨ、ピヨピヨとおじさんの声が響いた。

後ろのあつこは声をたてて笑いそうになった。

ーーー
信号を渡り終えた後も、おじさんとお嬢さんは手をつないで歩いていた。

きっとかけがえのない時間。
パパにとっても
お嬢さんにとっても。
やさしい思い出。


そして
「思いがけなく高音のひよこ」の声が、あつこの記憶に刻み込まれたのである。

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