見出し画像

すべての答えは本棚にある

卒業シーズン、いろいろ思い出しています。
そしてもうすぐ年号も新しくなるから、なんだかすべてが生まれ変わる気がしてワクワクしています。

なりたい自分になれる気がして。

同時に今までの自分の足跡も振り返ってみます。

今はただただ好きな本のことだけ考えて、自由に遊ぶようにハタライテいます。
本当にありがたいことです。

出版したい人の相談にのったり、
原稿を読んだり、
著者さんとやりとりしたり。

最近は大好きな人としか仕事をしないので、
大変なことがあってもとことん付き合います。

でもでもここまで来るのに10年かかりました。

ゼロからのスタートだったんです。

出版社で書店営業の部署にいた私ですが、育児休暇中に会社が倒産。

でも出版の仕事に携わりたくて、子供が寝てる間にできる校閲の仕事をすることにしました。

たまたま高等の教科書を作ってる出版社、
面接はよかったのですが、漢字など試験もあって、必死で勉強したのを覚えています。

校閲は文字の誤字脱字チェックだけでなく、論理的におかしくないか、事実に基づいているかとか調べたり、大変でした。

それを原稿用紙1枚800円でやってましたが
とてもありがたいおこづかいでした。

そのうち今度は、地元の情報誌のライター募集がありチャレンジしてみることに。

これは取材して、記事も書いて、会社にパソコンで送りますが、出社は月2回くらい。
文字数にもよりますが、だいたい一枠の原稿料8000円くらいで固定給もあり、とても楽しかったです。私は学生時代、新聞社に入りたいという夢があったので、その夢も叶った気持ちでした。

それだけ好きな仕事だったのに、3年前の今日、
急に辞めてしまいました。なんだかとても窮屈になったんです。

でもその情報誌、配る人が足りなくて、今度は配達することになりました。
1か月配って、1部数円なので8000円でした。

1枠8000円でたくさん書いてた私が!と泣きそうになりましたが、新聞を楽しみにしてる人に直接触れることができ、よい経験になりました。

そんな時、人気ブロガーさんとの出会いで、編集者になることができたのです。
でも扶養の範囲内と自分で勝手に決めた枠月8万円で仕事をしていました。1年くらいはそうしていました。
でもだんだん忙しくなってきて、同時に5.6人の著者を担当することもあり、なんだか大変だからやめようかしらと思った時に、待遇がよくなりました。

今では本当に恵まれた環境で、経済的に自立でき、いつシングルになってもよいと家族に話しています(笑)

今は乗りたい車に乗り、
会いたい人に会い、
ダイエット以外はすべて叶いましたが、
ここまで来るには、本当に少しずつステージアップしたり、時にはダウンしたり。

でも好きなものがあれば、
手段はこだわらず、
いろんなやり方でチャレンジすることが必要なのかしら

私はやはり本が好きだし、
文字が好きだし、
読むことが好きなので、

これからも本の世界で泳いでいきたいと思います。

たくさんいる著者の本の制作費や、販促費用にします。みらいに繋がる本作りを目指しています。