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アシナガさんは待ってる #パルプアドベントカレンダー2022

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「パイセ〜ン、ったく何でこんな日に外回りなんスかふざけんな」
「今日の出社が俺達だけだったからだ」
「現場担当を引きずり出しゃ良かったのにィ!」

 表通りはホリデーセールで賑わい騒々しいものだったが、一本裏道に入ってしまえば静かなものだった。──むしろ少し静か過ぎるくらいに、人っ子一人、歩いていない。
 立ち並ぶ広葉樹の枝に、薄らと白化粧。
 地面にふんわりと積もりたての雪に足跡をつけていたのは、スーツを着込んだ二人組だった。

蓮六はすろく市 環境政策課 害虫駆除係】──通称「アシナガデスク」。
 近年巷をひっそりと賑わせている「アシナガ案件」対応のため、蓮六市が設置した特別部署である。

【アシナガ】とは数年前、蓮六市に突如出現した蜂様生命体だ。ヒトに化けることができ、人間の生活に溶け込み隠れて「ハイヴ」という名の共同体を作る。
 彼らは青少年を中心に「援助」という名の暴力的な接触を試み、その体内に蓄積した「毒」を用いて被害者を「アシナガ」に造り変えるといった脅威的な能力を有している。「アシナガデスク」では、この案件による被害者の救出と共に、被害者を増やす前に「巣」を事前に叩くアシナガ駆除作業に重きを置いていた。

「どうせアシナガの奴ら冬は活動が激減するからって、み〜んなして有給をネジ込みやがって!」
 先程から一人でギャンギャンと噛み付くように文句をブチまけているのは、スーツの上から上等なグレーのラビット・ファーをまるでマフラーのように巻き付けた小柄の女──名を【安倍川あべかわサスコ】、通称「アブ」。
「彼らも繁忙期は朝から晩まで駆り出されていたんだ、休ませてやろう、アブ」
「こちとら季節関係なく働き詰めでしょうが?! ハチクマパイセンそんなに仕事好きっスか?!」
 アブが体を振り回すたび、隣を歩いている男にファーがバシバシと当たる。それを気にする素振りも見せず、表情を変えぬまま歩みを進める長身の男──名を【鷹捌ようべつ ゆう】、通称「ハチクマ」。
 二人は「アシナガデスク」に所属する公務員だが、普段は駆除作業を行う前戦部隊班ではなく、アシナガの生態や対アシナガ戦術を研究する調査班に属している。

「でェ。今日の巣穴がこれっスか」
 口にココアシガレットを咥えたアブがその先端で指し示したのは、葉が散りきった大きな広葉樹に隠れるようにして構えられた小さな二階建てだ。
 黄土色の屋根はアシナガの巣の共通点だ。彼らは周囲の住宅街に馴染む家造りをするため、実際にその近辺で事件が起こらなければ巣の特定が非常に難しい。
「アブは周囲を哨戒してくれ」
 巣を囲む塀の前、黄土色の屋根を見上げながらハチクマが告げた。隣でアブが「ガリッ」とシガレットを噛み砕いた音がする。
「はァ〜?! フツー近接担当のアタシが先陣きってピンポンする係じゃん?!」
「ドアを開けられた途端に戦闘不能になる可能性は避けたいからな」
 ポケットに両手を突っ込みながら地団駄を踏む同僚の首根っこを鷲掴んだハチクマは、巣の屋根に影を落とす広葉樹の方向へと軽々放り投げた。「ナメんなァ〜?!」と叫びながら宙を二回、三回まわったアブだったが、次の瞬間、彼女の首のファーの先端が樹の枝にシュルルと巻き付き、まるで忍者のように逆さにぶら下がる。
「今日は大群を相手にするのではない。被害を無駄に拡げないためにも、効率よく『女王クイーン』を始末するのが最優先事項だ」
「へーへー。パイセン、的だけはデカいんですから、せいぜい囲まれないよーに気を付けて下さいねェっと」
 アブを一瞥したハチクマが彼女をたしなめるも、彼女には馬に念仏といったようだった。
「とりあえず二階の様子見てくるっスから、パイセンはお決まりのピンポン、よろしくおなしゃす〜」
 正面玄関からインターホンを鳴らすのは、その家がいくらアシナガの巣であろうとも、役所の命で動く際には必ず行わなければならない義務である。
 ハチクマは重々しく見えるロングコートの合わせを握り締めながら、名無しの六角形の表札の下に設置されていたインターホンを押した。
『アハハ、もしかして留守だったりしますかねェ』
 しばらく待っていても物音ひとつ聞こえてこない状況に、通信機ごしにアブの乾いた笑いが届いた。興醒めだと文句を言いながらも、ハチクマの位置から見えた彼女は既に樹のてっぺん付近まで上っており、二階の窓から家の中の様子をうかがっている。
『ん〜? パイセ〜ン』
『どうした』
『大変だァ、ハチっこ一匹いないっス』
『有り得ん。下っ端が死んでも【クイーン】は冬を越すぞ。探せ』
『人遣い荒いな』
 玄関付近から見えていたアブの姿が消える。家の裏に回ったか、ベランダから家の中に入ったのか。
 ハチクマも扉に近付き、取手に手を掛けた。敵が玄関先で息を潜めている可能性も十分に考えられる。いつでも踏み込めるよう左足を一歩後ろに退くと、ガチャリと音を立てながら巣への入り口は開かれた。

 鼻を撫でるように漂ってくる、ほのかな蜜の香り。
 アシナガは蜂を模した生命体だが、彼らは人間社会に溶け込むために日々の暮らしの形ですらも完璧に人間を模倣する。扉の先に広がっていたのは一般家庭と何一つ変わりない平凡な光景だった。
 整頓された玄関に靴は一足も見当たらない。廊下に置かれた家具も少なく、目を凝らせば靴箱に埃が被っているようにも見える。基本大人数で暮らす習性を持つアシナガの巣にしては生活感が無さすぎだ。
 ハチクマは革靴のままゆっくりと歩みを進める。しかし二メートル程進んだところで、不意に彼の頭上から鈴のような声が転がり落ちてきた。

「だめよ、お靴はちゃんと脱がないと」

「?!」
 コートの合わせを握る手に力が入る。すぐに顔を上げると、二階へと続く階段の上から少女がこちらを見下ろしていた。
『アブ、上に子どもが──』
 通信機に向かって小声でそう話したところで、その声を遮るかのように少女が叫んだ。
「今そっちへ行くから、ちょっと待っていて!」
 階段を一段一段ゆっくりと降りてくる。攻撃を予想し腰を屈めてその動きを睨んでいたハチクマだったが、小さな少女の余りのたどたどしさにその広い肩から力が抜ける。
「……君は、この家の子かな」
「そうよ? 変なおじさんね。勝手にお家に入ってきたと思ったら、この家の子ですか、だなんて」
「親御さんは?」
「しばらく帰ってこないわ。わたし、お留守番しているの。えらいでしょう」
 外見はおよそ五歳といったところだろうか。ブラウンの長髪をふわふわと跳ねさせ、フランネルワンピースの寝巻きを身にまとっていた。
 少女は手を後ろで組み、少し体を傾けながら問い掛ける。
「ねぇ、おじさんは悪いひと?」
「……」
 ハチクマが言葉を選んでいる最中、通信機からは先程の中途半端な会話を訝しんだアブが焦ったように何度も彼に呼び掛けている。
『パイセン? どーしました? えっパイセン? 大丈』
 純粋無垢な視線を投げ掛けてくる少女と、耳元で喚く同僚の声。今はどちらに意識を集中させようか考え、結果、ハチクマは耳に掛けていた通信機を外しポケットの中へと押しやった。

 目の前に広げられたのはシワのついたテーブルクロス。そしてプラスチックの食器に、欠けたマグカップ。
 きちんと玄関で靴を脱ぐよう言われたハチクマはその後居間へと案内され、少女から最高の「もてなし」を受けていた。
「おいしいジュースをどうぞ。今朝とれたての花のミツのジュースよ」
「……」
 もちろんカップの中身は空だ。いわゆるママゴトというやつだった。
「召し上がれ」
 仏頂面の成人男性が指先で摘むほどしかない大きさのカップを手渡されたところで、ドタドタと廊下から足音が聞こえてくる。
 車のタイヤがドリフトをするような甲高い効果音と共に、居間に転がりながら入ってきたのはアブだった。二階から侵入したは良いが周辺の捜索もそこそこに、ハチクマを探して一階に降りてきたようだ。
「パイセン生きてる?! ッあーダメだった幼女と茶ァしばいてる」
「これのどこがそう見えるんだ」
「全部でしょうがァ」
 カップを摘むハチクマの手が震えていた。
 少女は新しい客人の顔と、何やら親しげに会話をしているハチクマの顔とを交互に見遣り、きょとんとした表情で首を傾げてみせる。
「おじさんのおともだち?」
「違う」
 眉間に皺を寄せた上司の顔を見てアブが笑いを堪えられずにとうとう噴き出した。
「そう! 今日はお客さまが多くて嬉しいわ。今お茶を準備しますからね」
 玩具の食器をかちゃかちゃとやりだした少女。それをぼんやり見ているハチクマの横に座ったアブは、そっと彼に耳打ちした。
「パイセン、あの子『クイーン』っスか?」
「分からない。『援助』を受けた被害者の可能性もある」
 アシナガがターゲットとするのは青少年だ。それも身寄りがなかったり、金銭的に不自由であったりと、日々の生活に苦を強いられている子どもばかりが狙われる。
「むやみやたらと突くのはダメってことっスか……」
 唇に指を当ててチッチッと鳴らすアブの目の前に差し出される湯呑み。もちろん中身は空。
「はいおねえさん! 熱いから気をつけてちょうだいね」
「あざス〜。いただきまぁ、っあちち」
 慣れた様子で「熱い茶を飲む演技」をするアブに、少女は嬉しそうに手を打って笑っている。
 ハチクマは表情を変えぬまま和やかなやり取りを見つめていた。

 いつもは扉を開けた瞬間から命の奪い合いだった。敵陣の巣に入り込んでこのような時間を過ごすことになろうとは、この仕事に就いてから一度も経験がない。
 アシナガは彼らが平和に生きるための「巣」と、そこに住まう「家族」を守るために、自分たちに害をなす存在を追い返す。ハチクマたちが日々「人間」を守るために仕事をしていることと、実のところ違いはないのかもしれない。
 だが人間にとってアシナガは「命を脅かしてくる生命体」であり、ハチクマたちアシナガデスクは人間側の組織であった。──目の前の少女が人間と何一つ変わりない姿形だったとしても、その本体がアシナガであれば、駆除しなければならないのだ。

「あーっ、そんなに大きいのは食べられないっスね〜」
「やだ、おねえさんったらこぼしてるじゃない!」
 ぱたぱたと少女がキッチン方面へ走っていくのを見計らってハチクマが立ち上がった。
「んぁ、パイセン?」
「武器を構えておけ、アブ」
 少女が走っていった方向を睨みながら低い声で続ける。
「『クイーン』だろうとそうでなかろうと、この巣にいるということは既にアシナガの『援助済み』だ。駆除対象に変わりない」
 一点を見つめるハチクマの表情は険しい。しかしこの顔が仕事用のそれだということをアブは知っていた。
 アブもハチクマも元は駆除を専門に行う前戦部隊班であった。だがアシナガの被害が増え出してからというもの、闇雲に力で捩じ伏せるだけでは拉致が開かないと判断した上層部は組織の拡張と再編成を行った。対アシナガの戦闘経験が豊富だった二人は新たに設置された調査班に配属され、知識と経験を元に前線をバックアップする立場となった。
 どんなに危機的状況でも冷静な態度を崩さないハチクマはアシナガデスクの要の一人だ。視野が広く気配りも出来る彼は、同僚や部下の焦りを鎮め、戦況を立て直すことに秀でている。
「おっ、仕事モード。……ほんじゃまアタシも、やりますかっと」
 アブが両手をスラックスのポケットに突っ込み、腰を屈める。
 足音が、戻って来る。
「やっとタオルを見つけたわ! これで……」

 瞬間、跳躍。アブの体が宙に浮く。
 綺麗な弧を描いて少女の背後に回り込んだ刹那、少女の細い首には鈍色の細長い針の先端が添えられていた。
「えっと……おねえさん?」
 側から見れば、ゴワゴワの布切れを手に握り締めた少女を優しく抱き締めているようでもあった。しかし少女の口元を見つめる女の目はギラついていて──獲物を捕らえる、それなのだ。
「ちょっと、大人しくしてて欲しいっス。動くと怪我をするかもよォ」
「軽口はそこまでだ」
 左手をコートの合わせに、右手を内側に忍ばせて、ハチクマは目の前の少女へと唸った。
「答えろ。お前は『クイーン』か?」
 少女は丸くしていた目を細めて嬉しそうに笑う。
「次は強盗さんごっこかしら!」
 そして薄く開いた唇から、その人間はおおよそ持ち得ない“黄色の顎”を覗かせた。

「アブ! 駆除れ!!」
「ッサー!!」

 アブは針を構えていた左手を躊躇なく少女の首元に突き刺す。その先端はヒトに擬態したアシナガの「ヒトであるが故に急所となった部分」をかっ裂いて、即座に再起不能にする、はずであった。
 しかし、手応えがない。
 針を握ったアブの左手は1ミリすら動くことなく──少女のふわふわブロンドヘアーに絡め取られていたのだ。
「……っはァ?!」
「どうやら二人とも強盗さん役みたいだから、わたしが警察さん役をやるわね!」
 意志があるかのように騒めきだす少女の髪、その毛先が全てアブに向けられる。照準を合わせたレーザーの如く、それらは一斉に無数の凶器となってアブを狙った。
「悪い人は銃で撃たなくちゃ!」
「安直すぎるだろォ?!」
 咄嗟のハンドリングで針の持ち方を変え、手首の周りで円を描くように回った針の切っ先は、腕を拘束していた髪を容易く切り裂く。
 即座にしゃがみ込み前方へと踏み出す。ハチクマの背後へ回り込んで振り返ると、先程までアブがいた場所にはブロンドの「雲丹」が出来上がっていた。あと一瞬でも遅ければ体中が蜂の巣になっていただろう。場所が場所だけに、笑えやしない。
「もう一度言う。答えろ。お前は『クイーン』か」
「今はわたしが警察よ?」
「ふざけんなァ! 遊んでんじゃねェんだぞこちとら!」
 噛み付くように叫んだアブに、少女はムッと頬を膨らませた。「少しくらい遊んでくれたって良いじゃない!」
 ワンピースの裾を両手で握り締め、ダン!と地団駄を踏む。口端から覗く蜂の顎がギシギシと威嚇音を鳴らす。
「パパもママもいないのに! わたしはずっと一人なんだから!」
「パイセン、何の話……?」
「この『クイーン』は、己を育ててくれた『働き蜂ミスやミスター』のことを父や母だと思い込んでいるんだろう。だが越冬できるのは『クイーン』のみ。冬になる前に他のアシナガ共は全て死ぬ」
「っスか……」
「同情するな。このまま見逃すと来年の春にはまた大量に個体を増やす。人間の被害も急増する」
 そう言ってハチクマはコートの下から掌に収まる程の球体を取り出した。鉄の殻で被われたそれは手榴弾にも似ているが、その中に詰まっているものは火薬ではない。
「は?! 『ソレ』、この前開発したばっかのォ?!」
 アブが叫び、少女の視線がハチクマの右手へと集中する。毛髪の矛先が「ソレ」を狙い、逆立つ。
「今度はボールの取り合いかしら? それを壊した方が勝ちね!」
れるものなら奪ってみろ」

 蜂様生命体【アシナガ】──その脅威は人間を同類に変化させる「毒」だけではない。「アシナガ」の名にもある通り、彼らは「脚」を伸縮させる力を持っている。その脚を用いた「蹴り」は非常に強力で、巣の防衛を行う働きバチ「ミスター」「ミス」たちはこの戦闘能力に特化、更に上位の存在ともなれば、脚以外の部位の伸縮も思いのままだ。
 この少女──「クイーン」の体はまだ幼体だ。四本の短い手脚は戦闘に向かないことは明らかだった。しかし彼女の毛髪ならば話は別、全てを思いのままに操れるとなるとその数は手脚の何百倍、何千倍である。圧倒的な制圧力、それがこの個体の特性だ。

 ハチクマが少女を煽った次の瞬間、無数の凶器が彼を襲った。少女の毛髪は縦横無尽に狭い室内を動き回り、家具はおろか壁や天井まで激しく抉る。
 背後に構えていたアブは即座に身を低くしてその場を離れ、向き合うハチクマと少女の攻防を大きく迂回して再び少女の背後を取ろうと隙をうかがった。 毛髪の矛先はそのほとんどがハチクマへと向かっていたが、辺りを這い回る少数がアブを少女の近くへと寄せ付けない。
 アシナガのメスはその攻撃手段の全てに「毒の付与」が付属する。アブは奇襲を得意とするその戦闘スタイルから、機動性を確保するために防具をほとんど身につけないため、少女の攻撃は掠っただけでも非常に危険だ。
「クソがァ!」
 直接刺せないならばと針を投擲するも、その全てを弾き落とされてしまう。その後もファーの機能を活用しながら室内を跳び回り、少女の隙を作ろうと針を投げ続ける。
 一方ハチクマはコートを盾に少女の攻撃を耐えていた。彼が身にまとうロングコートはアシナガデスク調査班が開発した対アシナガ特化型防具だ。移動速度の大幅な低下や筋力への負担など多くのデメリットを被る代わりに、アシナガの蹴りの打撃やそこから繰り出される「毒」をも防ぐ。
 彼は細身ながらどんな猛攻にも耐える盾を、アシナガデスクで唯一使いこなすことができる。ついた肩書きは──「堅牢翼けんろうよくのハチクマ」。
「パイセン、もう少し持ち堪えててくださいねェ!」
 アブと少女の距離は少しずつだが確実に近付いていた。一針でも少女に傷をつけることができれば、その隙を狙ってハチクマの持つ「武器」を食らわせられる。
「我慢比べは得意なの、わたし」
「お前の『アシ』は数こそ多いが一撃が軽すぎる。俺の盾を潰せると思うな」
「そう、あなた強いのね! ならわたしの『家族』になってちょうだいな!」
 それまで広範囲から降り注いでいた攻撃が、一本の槍のような形状に収束していく。ブロンドの毛髪はまるで剣のように寄り集まり、より強固な切っ先を形成した。
「わたしがあなたを『援助』してあげる!」
「要らん世話だな。──アブ!」
「任──され──たァッ!!」
 その時ハチクマに向けられた槍は、少女の全てが漏れなく寄り集まったものだった。そう、「一本の漏れなく」、毛髪は槍へと姿を変えたのだ。

 背後に回り込んだアブが、ガラ空きになった少女の首へと、逆手で握り締めた針を突き刺す。
「ひグ、ッ──」
 頸から喉元を貫通した針は気道に孔をあけた。
 驚きの声は言葉を編むには至らず、空気がカシュッとその孔から漏れる音だけがアブの耳に届く。
 一瞬の隙。寄り集まった髪が緩むその瞬間を、ハチクマの眼は見逃さない。

 大きく振りかぶられた右手から球体が放たれる。
 遊戯カプセルのように軽いそれは少女の胸元で軽やかに跳ね返り、その衝撃をスイッチにして大量のガスを噴出した。
「──ァ……ヵハッ……」
 以降、酸素を求めて呼吸をしようともがくたび、少女はガスを体内に取り込む。対アシナガ駆除の要であるそのガスは、アシナガの神経系を侵し、速やかに死へと追いやる。

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「……ゲホッ……あ〜やっぱこの煙好かんっスね……」
「人体にも完全な無害ではないからな。さっさと外に出ておけ。後処理は俺がやろう」
 ガスを放出し終え床に転がる空の球体を手に取るアブ。その表面に印字された文字を見つめ、ぼそりと呟いた。
「『There are Say Yack悲鳴だけが遺る』、なァ……」
「軽量、小型、投擲可能。持ち運びにも適している。今回は個体への使用だったが、群への効果は高いだろうな」
「それこそ手榴弾みたいに時限機能とかつけたら良いんじゃないスか」
「検討しよう。──以後これを【TaSYタシー】と略す。改良を続けよう」
「了解っス」

 床に倒れ込み動かない女王の亡骸に、六角の蝋燭を供える。
 やがて灯火は炎となり、亡骸ごと巣を燃やし尽くす。巣を放置するとそこに新たなアシナガが住み着くこともあるため、跡形もなく灰にするのがアシナガ駆除のルールだ。
 延焼を防止するため、鎮火するまで二人はその場で燃えゆく家を見守っていた。
「あの巣、二階がクイーンの寝室だったみたいなんス」
 広葉樹の幹に寄り掛かりながら、アブが炎の天辺を見上げている。
「まるで子ども部屋でしたよ。しかもご丁寧にツリーまで飾ってやがんの」
「世間は明日がクリスマスだからな」
「たくさん靴下までぶら下げてさァ……きっと来年生まれてくる『家族』の分まで用意してたんだなって」

【わたしの『家族』になってちょうだいな】

 少女が最期にハチクマに向かって叫んだ言葉は、もしかしたなら今夜、アブの言う「たくさんの靴下」に込めるはずだった願いだったのかもしれない。
 パチパチと火花が飛び散る音の向こうで、もうすぐ陽が沈み出そうとしていた。

「なんでよりにもよってクリスマスイブに職場の上司とイルミネーションなんスかふざけんな」
「残業代はチキンで良いな」
「ケンタじゃないと許しませんからね、パイセン」

fin.



【バディもの。】

 去年は夢見てる女の子のお話だったけど、今年は「夢であってくれ…」な世界のお話でした。
 クリスマスにはDREAMがつきもの。この企画も四度目まして、ニイノミと申します。

 今年も参加させていただきました。
 目次のプロフィールにも言い訳の如く記載しましたが、夏コミ燃え尽き症候群を現在まで絶賛引き摺っており、今年も逆噴射小説大賞に参加出来なかった挙句、やはり一次創作が年間通してこれのみという結果に。
 ならば色々チャレンジしてみよう、今年はバディものパル……これってパルプか?……バトル有りパルプをお送りしましたが、

は??????戦闘描写難しすぎないか????????
企画に参加してるパルプスリンガー達は常日頃から何食って何を観たらあんな臨場感のあるど迫力ハイスピードなバトル展開が書けるんだ???????

 今日で12月も一週間が経過しました。まだまだ二週目以降も濃厚な参加者が勢揃いしておりますので、楽しみにお待ちください。

 今回のお話は2年前に逆噴射小説対象に応募した「アシナガさんが呼んでる」のスピンオフみたいな形で執筆しています。「バディもの」「エネミーとのバトル」「刑事ドラマ」ぽい要素を好きな割合で混ぜています。どれも普段書くような題材とはかけ離れているので、色々と勉強になりました。
「アシナガバチ」と「あしながおじさん」が構想のネタになった【アシナガ】ですが、今回は前者の要素が濃く出た形になっています。
 登場人物は「アシナガバチ」の天敵である生物がモチーフになっています。ハチクマは何層もの羽毛で蜂の攻撃を防ぐことができる鷹の仲間です。格好いいね。
 武器の名前は、それっぽく読んでみるとなんか聞き覚えのある製薬会社になるかもしれません。ぶんぶんぶん🐝

明日の8日はISさんの「シンパンマン」です。

 来年も何かしら書いていたいですね。メリークリスマス。良い夢を。

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