極東英雄奇譚 第二話

シーン①

モノローグ:アイアン・フェアリーズ寮にて:モノローグ終

 翌朝――誠志郎は洗面台の鏡に向かって気合を入れていた。
 瞳を見つめ、これからの抱負を想う。

誠志郎(よし!)(今日から本格的なヒーロー活動だ!)(今までは人間を救うことしか考えなかったけど…)(これからは違う!)

 真っ直ぐに、新たな信念を誓う。

誠志郎(人間と妖精が仲良く暮らせる未来)(そのためのヒーローになる!)(差別野郎は終わり!)

誠志郎「よし!」「朝食を食べて再出発だ!」

 右手を振り上げ、意気揚々と食堂に向かう。

シーン②

 朝食一日目。
 カエルの唐揚げ!!(ドン!!)

誠志郎「………」(無感動&無表情)

 朝食二日目。
 カエルの丸焼き!!(ドドン!!)

誠志郎「………」(言葉にならない不快な顔)

 朝食三日目。
 カエルの活け造り!!(ドドドン!!)

 誠志郎、ブチっと切れる!!

誠志郎「このカエル料理を作ったのは誰だああああ!!」

 寮内に響く、誠志郎の絶叫。
 調理場から姿を見せたのは、今週の朝食当番である半人半妖(※人間を含めた色んな種族の血を引く雑種)の足柄あしがら いつき
 獣の様に荒れた髪に鋭い目つき。
 誠志郎と同い年の樹は、おたまを片手に不機嫌そうな顔で応える。

樹「なんだよ」「俺の飯は不満か?」
誠志郎「不満しかねえよ!」「なんで朝からカエルの刺身なんだよ!?」
樹「俺の故郷じゃカエルは生食いなんだよ!!」「文句あんのか!?」

誠志郎「ありまくりだ!!」「毎日朝から妖精食の代表みたいなもん出しやがって!!」
樹「はあああああ!? カエルの刺身は人間も食べますが!?」
誠志郎「なわけあるか!!「だろ彩姫!?」

彩姫「普通に食べるよ?」

誠志郎「嘘だろマジで!?」

 ガーン! と、驚嘆する誠志郎。
 彩姫は淡々とカエルの刺身を口に運びながら、東京の食文化を語る。

彩姫「マジマジ」「カエルの刺身は東京の割烹でも出ます」
誠志郎「割烹でも!?」
彩姫「何なら日本書紀にもカエル食は出てきます」
誠志郎「神話でも食うの!!?」

 渾身の驚きを表明する誠志郎。
 神話の時代から存在している文化だと、人間の彩姫にフォローされたのでは言い返せない。
 一本取った樹はここぞとばかりにふんぞり返る。

樹「そらみたことか」「そういうのを偏見と言うんだぜ」「差別クソ野郎君?」
誠志郎「ぐ…!」
樹「お?」「なんだ?」「やるかコラ?」
誠志郎「上等だ!」「訓練場に出ろ樹!」

シーン②

そして、訓練場にて。

荼枳尼「喧嘩すんな小僧どもォ!!」

誠志郎・樹「ぐああああああやられたあああああ!!」

 二人まとめて、氏神の一人――女神・荼枳尼だきにの拳で吹き飛ばされる。
 あばら骨に罅が入る勢いで殴られた二人は、激痛で悶え苦しむ。

樹「ちょ、ちょっと待って荼枳尼姐さん…!」
誠志郎「これ骨が逝ってる…!」

 荼枳尼は長い髪をかき上げ、呆れたように溜息を吐く。

荼枳尼「なんだだらしない」「彩姫!」「桃!」
彩姫「はーい」

 苦笑いしながら訓練場に入って来た彩姫は、ピクピクと痙攣している誠志郎のそばにしゃがみ込み、一口サイズの小さな桃を持ち出す。

彩姫「はい桃」
誠志郎「ごめん、意味わからない…!」
彩姫「まあまあ」「頑張って食べてみて」
誠志郎「いやだから」
彩姫「食べて♪」

 ズボ! と、無理やり誠志郎の口にねじ込まれる桃。
 誠志郎はほぼ丸飲みに近い形で桃を食した。理不尽の連続に苦しむ誠志郎だったが…しばらくすると、体が光を放ち始めた。

誠志郎「お…おお!?」

 誠志郎が驚いている内に光は全身を包み、やがて折れたあばら骨を治癒していく。

誠志郎「す、凄い!」「日本の桃は傷を治せるのか!?」
彩姫「ふふ」「桃の神様である意富加牟豆美命オオカムヅミノミコト様の」「神威が宿った神桃しんとうだよ」
誠志郎「へえ…!」「流石は八百万の国!」「桃の神様までいるんだな!」

 すっかり体調が良くなった誠志郎は、飛び跳ねる様に立ち上がる。
 彩姫は人差し指を立て、日本の文化を自慢げに説く。

彩姫「そう!」「日本は人と妖と神の国!」「神様の知識もないとヒーローとしてやっていけないよ?」
誠志郎「確かに…荼枳尼さんも氏神なんだよな?」

 誠志郎の問いに、荼枳尼はウインクしながら頷く。

荼枳尼「そうさ」「かつては大陸の鬼神として暴れていたが」「今は仏門の教えに帰依している身だ」

 その隣で、同じく桃を食べた樹が呆れたように補足する。

樹「坂上英雄譚の大嶽丸」「仏門の鬼神・荼枳尼天」「桃神の意富加牟豆美命」「これがアイアン・フェアリーズの契約している」「三柱の氏神な」「説明受けたろ?」
誠志郎「一応…」「でも契約もまだしてないし」

 荼枳尼はかんらかんらと笑う。

荼枳尼「新入りといきなり契約するほど安かないさ」「神と契約するには」「神恩と呼ばれる功徳が必要だからね」
誠志郎「神恩?」
彩姫「わかりやすくいうと…こんな感じ!」
 
 首を傾げる誠志郎に、彩姫は図解で説明する。

彩姫の、わかりやすい神様契約!
①ヒーローとして活躍すると神恩ポイントが貯まるよ!
②貯まった神恩で神様と契約!
③神格が高いほど沢山の神恩が必要!
④氏神は格安で契約できるよ!

誠志郎「へえー!」「わかりやすい!」
彩姫「エヘン!」「事務所によって格安の神様が違うから」「ヒーローは事務所を慎重に選ぶの」
荼枳尼「私と契約すると」「剛力と大地を操る力を与え」「桃神と契約すると」「神樹を産み出す力を得る」
樹「ちなみに俺はもう」「桃神様と契約してるぜ」

 自慢げに親指で自分を指さす樹。
 誠志郎はヨーロッパには無い神恩システムに瞳を輝かせる。

誠志郎「斬新なシステムだ…!」「ヨーロッパじゃ聞いたことない!」
荼枳尼「それはおかしいな」「お前、既に契約を持ってるだろ・・・・・・・・・・・?」

三人「!!?」

 驚く三人。
 微笑みながら瞳を細める荼枳尼は、誠志郎の全てを見透かすかのように言葉を続ける。

荼枳尼「かなりの霊威だ」「見たところ神…いや、龍か?」「何にせよ超越種と契約してるはずだ」

 誠志郎は荼枳尼の慧眼に絶句する。

誠志郎(これが神様…!)(視ただけでそこまでわかるのか!?)

 誠志郎も隠していたわけではないが、彼の過去に纏わることゆえに、言い出すタイミングを外してしまったのだ。
 どう説明したものかと黙り込む誠志郎に、荼枳尼は苦笑いを浮かべる。

荼枳尼「ああ、ビビらせたいわけじゃない」「ただウチの決まりでね」「氏神以外との契約は申請必須なんだ」
彩姫「だから心配しないで」

 ホッとする誠志郎。
 樹は片肘を着きながら、内心の好奇心を必死に抑えつつ、横目で問う。

樹「…で、誰と契約してるワケ?」
誠志郎「そ、それが…」「俺も知らないんだ」

 はい? と、一斉に声を上げる。
 荼枳尼は笑顔を消して鋭く問う。

荼枳尼「…どういうことだ?」
誠志郎「俺、赤子の時に死にかけたんだ」「助けようとした両親は」「俺に龍の瞳をしゃぶらせたらしい」
荼枳尼「ほう?」
彩姫「龍の子太郎みたいだね」
誠志郎「おかげで助かって」「龍の力…鋼を操る力を得たんだ」

誠志郎「こんなふうに」

 突如、誠志郎の右手から鋼の嵐が吹き荒れた。
 流水の様に姿を変える鋼は、試し切り用の案山子をなます切りにし、風のように姿を消す。
 目の前で龍の業を披露された三人は思わず絶句。
 荼枳尼は得心がいかないとばかりに腕を組み、口元を抑える。

荼枳尼「確かに龍気だが…鋼の龍は初めて聞くぞ…!?」
彩姫「すごいすごい!」
樹「ま、まあまあじゃね?」「俺の方が凄いけど」

 樹は想像以上に凄かったことで動揺したが、彩姫は純粋に称賛している。
 誠志郎は己の手を見ながら複雑そうな顔をする。

誠志郎「でも日本のヒーローを名乗るなら」「日本の神様と契約したいなあ」
荼枳尼「いい心がけだ」「いっそワールドヒーローを目指すか?」

 荼枳尼の提案に、誠志郎は驚愕した。

誠志郎「ワ、ワールドヒーロー!? 俺が!?」
荼枳尼「そう」「国境を自由に越え」「全ての国でヒーロー活動を許可され」「国籍さえ自由に買える」「世界での活躍を約束された英雄」

荼枳尼「何よりワールドヒーローは」「一度だけ」「全ての神に・・・・・請願権を得る!」「各国の主宰神とだって契約できる最強の権限だ!」
彩姫「ひぇ!?」
樹「天照様とも契約できんの!?」

 一国の主宰神ともなればその力は絶大。
 契約できた者が一時代を担うほど強力な力と権限を得るのは想像するに難しくない。

誠志郎「で、でも」「俺なんかがワールドヒーローになるのは…」
荼枳尼「そうでもないぞ」「お前の相棒である」「ヤスもワールドヒーローだからな」
誠志郎「え!?」
ヤス「へえ」「面白い話してるじゃねえか」

 訓練場に入って来たヤスは、寝間着姿にビールという非常にだらしない恰好で笑いかける。
 彩姫はあまりのだらしなさに思わず声を上げた。

彩姫「もうヤスさん!」「だらしなさすぎです!」
ヤス「いいじゃねえか休日なんだから」

 ビールを煽りながら愚痴るヤス。
 誠志郎は心の底からその姿を訝しむ。

誠志郎(これ・・が…ワールドヒーローの姿か??)

 誠志郎とてヒーローを志す少年。ワールドヒーローに憧れる気持ちはある。しかし目の前のだらしないヤスの姿は、想像してきたワールドヒーロー像とはかけ離れていた。

ヤス「それより誠志郎」
誠志郎「な、なに?」
ヤス「日本の神様と契約したいんだってな」「じゃあアソコに行こうぜ」
誠志郎「アソコ?」

 ヤスはニヤリと笑うと、一枚のチラシを取り出す。

ヤス「ヒーローたちの契約祭」「八百万の神をたんと呼び込む」「上野春季例大祭さ」

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