感情を交えず率直に話すことの難しさ

自己肯定感が低いところから挽回することは本当にしんどい。何が一番しんどいかというと、周りの「自己責任論」に耐え続けることだ。

自己責任論は、「見て見ぬ振り」である。帝国主義の父性的な情念もなく、「自分は悪くない」の一点張り。そんなわけないだろうと頭でわかっているはずなのに、潜在意識に押し込めて気づかないフリをされている。なるほど人の世は良くならないわけだ、と思うが斯く言う自分も、それに耐えかねてこんなところに文章を書いている。

すべては自分次第だと、信じられるのも束の間、すべてに飽き飽きし虚無感でいっぱいになる。そういうふうでしか、生き続けることができそうにない。安定した自己を羨んでも、誰も何も与えてくれない。

自己肯定感が高ければ、こういったことが頭をよぎっても、なかったコトにする、あるいは、敢えて黙りこくる、ということができるのかもしれない。そう思えるときもあるが、自分の根っこをすっかり変えてしまうにはまだまだ時間が必要なのかもしれない。

そんな不安定さとともに生きていると、感情を交えずに率直に話すことが難解な数式を解く以上にしんどいことだと思えてくる。

ただの思いこみ、セーフティネットから出たくないだけ

普段はそう自分で自分を戒め飲み込むだけのこういった気持ちを、試しに吐き出した誰得でもない日記。

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