わー!最高!地球がひっくり返っても!#2

小学校の卒業文集は、五回書き直しさせられて、結局載せてもらえなかった。

最高の思い出で一杯ではないのに「さいこうのおもいででいっぱいです!」と書くのは卑怯な気がして、嫌だった事も良かった事も全部平等に書いた。「良かった事だけでいいんだよ」という言葉と共に作文は何度も手元へ帰って来たが、その都度、人間関係の鬱陶しさを感じたエピソードを一つ一つ追加して再提出していった。
その頃の俺は今以上に天邪鬼で頑固でイタくて歪んでいて、世の中を上手く渡っていく術を何一つ持ち合わせていなかった。
そして最終的には校長先生が書いた偽の作文が俺の作文として文集に載ったのだ。後にも先にも校長をゴーストライターにした生徒はあの小学校で俺だけだったのではなかろうか。

そして時は経ち中学生になった彼は、校門の前で家庭科のおばちゃん先生に胸ぐらを掴まれていた。
「お前の修学旅行の作文読んだぞ。行きの新幹線のホームで嫌いな奴が唾吐いててムカついた話しか書かれてねえじゃねえか。ふざけてんのか」
「ふざけてないし!ていうかなんで先生が読んでんの!?担任でもないのに!」
「お前の作文だけ学年の先生全員が読む事になったんだ」
「なんでだよ!」
こんな感じでなんにも変わっていなかった。
くちゃくちゃになった襟を直しながら教室に向かうと、社会科のおじさん先生が俺に近づいて来て「俺は好きだったけどな」と呟いてどこかに行く。
俺もこの先生の事は好きだった。この先生だけは俺の作文を毎回楽しみにしていると言ってくれていて、俺の良くない部分を加速させた張本人でもある。たまに好きな小説や映画の話をしたりもした。

そして教室に入るとクラスメイト達が全ての机のぶつかりながら鬼ごっこを始めている。お前もやるか?という確認も、じゃんけんし直す事もなく、鬼は俺にタッチした。タッチ返ししようと俺も教室を駆け出す。
足立区東××中学校という学校の話である。ネットで検索するとすぐに出て来るが、日本の少年犯罪史上最悪と言われた事件の犯行グループがこの学校の出身だったりする。
壁には誰かが蹴りを入れた無数の足跡、窓ガラスのいくつかは割れていて段ボールとガムテープで応急処置されている。静かに授業を受けていても誰かが廊下で火災用のベルを鳴らし、消火器を噴射。先生との追いかけっこが始まって授業は中断される。
そういう学校に三年間通った。
所謂不良と呼ばれる奴等は少数だったが、問題なのは不良が大きい悪さをした後に、「代表して怒られるのは俺達じゃないから」と後に続いて乱痴気騒ぎを起こす大量の馬鹿共だ。そして恥ずかしい事に俺もその内の一人だったかもしれない。

今ふと思い出したのが中二のプールの時間。
授業開始時、プールサイドに全員で整列していると、一人の不良がT君という生徒をプールに突き落とした。飛び込みや突き飛ばしは勿論禁止、ましてやまだ入水していい時間でもない。
先生が怒鳴って注意するが、こうなったらもう止められない。
先生を無視して大量の猿達が飛び込み始める。飛び込んではすぐに這い上がりまた飛び込む。飛び込んでないやつを見つけてはタックルして突き落とす。
絶え間なく水飛沫が上がり、激しい噴水を見ている様だった。そんな中、俺とS君という友達だけは静かに考えていた。
「同じ事してもつまんないよな」
「一番派手に行こう」
S君を肩車した状態で俺はプールへ走った。
先生と目が合って「沼田ー!Sー!やめろー!」という雄叫びが響いた頃には、もう僕達は飛び上がって空中にいた。
その日一番の大飛沫が上がる。自分の手には負えないと思ったのだろう、先生は学校で一番恐い一つ上の学年の体育教師を呼んで来た。
その体育教師は〝マジで漫画〟で、黒くてムキムキで学校でサングラスを掛けている。
グラサン筋肉はまず俺達に「言い訳は聞かない。一番最初に飛び込んだ奴手上げろ」とドスの効いた声で言った。
「一番最初?」「T君だろ…」「Tだろ、手上げろよ」「おめえだよT…」皆がざわざわとT君の背中を押す。
T君が手を挙げる。「あ、僕です。でも自分で飛び込んだんじゃ…」
「言い訳は聞かねえって言っただろ!!」
「でも…その…」
「うるせえ!来い!」
グラ筋の無骨で大きい手に頭を掴まれT君はプールから退場させられて行った。
そんな愚かで幼稚で下らない出来事が毎日続いた。

因みに今の話で出て来たS君は、俺にとって最大の悪友であり、後にも先にも彼ほど己を制御できない人は見た事がない。
自作の〝ちん毛ジャングルドンキホーテの歌〟を歌いながら廊下を闊歩し、意味なく壁を蹴りつけ、それを女子に笑われると「何見てんだよ!」と怒鳴る男だ。彼の話は動物の話だと思って聞いて頂きたい。
なんの不運か、何度席替えしても俺の前の席が彼になる時期があり、朝のホームルームから帰りのホームルームまでずっと椅子を反対向きにして俺に話しかけて来た。
S君は俺の机に落書きするのも大好きで、ゲームの太鼓の達人に見立てて俺の机に大きい円を描き、二本のペンでその円を叩きながら「ドンカ!ドンカ!ドンカカカ!」とずっと口で言っていた。
先生に「S!遊ぶな!」と注意されると勢いよく立ち上がり「俺だけぇ!?沼田もだろ!!詐欺だろ!!」と言うのだ。
なんでだよ、俺なんもしてねえだろ。
そしてその〝詐欺だろ〟というのが彼の口癖。

例えば廊下でキャッチボールしていた時も。
俺が「そろそろやめて教室戻る?」と言うと、まだやめたくなかったのかS君は一人で暴れ出し、ボールを天井に投げつけて蛍光灯を割ったのだ。
その時も「二人で割っただろ!俺だけ怒られるとかないだろ!詐欺だろ!!」と叫び、その大声を聞きつけた先生に見つかり死ぬ程怒られたりした。

あとは体育祭の日、特に何の種目にも参加せず、クラスメイトの応援もせず、俺とS君は校舎内でプロレスごっこをしていた。
すると俺が勢いよくS君に押し飛ばされ、家庭科室の窓を割ってしまったのだ。
俺は手から血を出したので二人で保健室に行くと、そこにはクラスを優勝へ導く為、リレーや組体操を全力で頑張り怪我を負った勇者達が集まっていて、怪我の原因を訊かれ「廊下でプロレスしてて。今家庭科室の窓割れてます」と白状した時無性に恥ずかしい気持ちになった。
ただ、そんな時も僕の隣では「割ったの沼田だろ!俺じゃねえからな!俺も怒られるとかないだろ!詐欺だろ!」と爆音が鳴り響いていた。
3年生でクラスが離れても俺がS君の教室に忍び込んで授業を受けたり、二人で学校を抜け出して何故かコインランドリーに行き遊んだりしていた。更には高校生になってからも彼との関係は続いていく。

余談だけれど、その頃家が火事になった。原因は兄弟の煙草の不始末。
そのタイミングで次男は一人暮らしを、長男は焦げた家に住み続け、三男の俺は祖父母の家に預けられた。親がいなくなった話は前回したけれど、ここで兄弟ともバラバラになった。

そして中学三年の三学期、俺は先生に呼び出しを食らう。普段使われていない相談室で、机を挟んで一対一。
「また作文がどうとかって話ですか?」
「いや違うよ。お前この学校で成績何番目か分かるか?」
「まあ下の方ですよね」
「一番下だよ。お前毎日学校来てるよな?なんで不登校の奴より成績悪いんだよ!提出物は出さない、テストはお絵描きだけして空欄で出す、たまに書いてると思えば下らない大喜利。皆が社会科のあの先生みたいにお前の事可愛がってくれると思うなよ!?」
社会科の例の先生は、各クラスのテスト返しの時間で「沼田の珍回答」というミニコーナーをやっていたらしい。
「まあ別に俺高校行かなくてもいいしな〜」
「じゃあお前将来何になんだよ?」
「絵描きか物書きか泥棒」
「お前ふざけんなってマジで。このままだと一番大事な時期の通知表オール1になるぞ」
実際オール1になった。
「まず俺、学歴必要なタイプの仕事とか出来る訳ないし」
「もういい。聞く気ない奴に話す気も起きない、もう終わり」

いきなり廊下に投げ出された俺は微糖の缶コーヒーの口を開ける。「今日はしんどいからもういいや」俺は昔から〝微糖のコーヒーを飲むと熱が出る〟という特殊な体質で、学校を早退したい時はそうやってわざと熱を出していた。
コーヒーを飲み干し、一階の保健室を目指して階段を降り始める。
すると下の階から、女子の咽び泣く様な声が聞こえて来た。なんだろう。もう少し降りていくと一階と二階の間の踊り場で同級生の女子が泣いていて、国語の女性教師が慰めながら話を聞いている様だった。
やば!と思ったが、先生もこちらに気付いて「おい沼田!授業抜け出して何してんだ!」と怒鳴られる。
「いや熱あって保健室行くんすよ」
「どうせまた仮病だろ!」
「なんでだよ!おでこ触ってみろ、めっちゃ熱いから!」
「触りたくねえよ」
「俺だって触られたかねえけど!」

「あはは」

「………」
「…とりあえず俺ほんとに保健室行くんで」
駆け足で一階まで降りて保健室へ向かった。
あの子泣いてたのに、俺と先生が言い合いしたら泣き止んで笑った。
そんな事を思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?