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「名もなき生涯」

原題:The Call of the Wild
監督:テレンス・マリック
製作国:ドイツ・アメリカ
製作年・上映時間:2019年 175min
キャスト:アウグスト・ディール、バレリー・パフナー、ブルーノ・ガンツ

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 作品の初めと終わりにこのシーンが描かれる。
 これは新約聖書「御使はまた、水晶のように輝いている命の水の川を私に見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れている。川の両側には命の木があって、十二種の実を結び、その実は毎月みのり、その木の葉は諸国民を癒す」(ヨハネの黙示録22:1)を想起させる。水の映像はこのシーンだけではなくその形を変え大切な所で出てくることが印象に残る。

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 東洋人から見るとアルプスを想像させる美しい山と谷にある町。

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 しかし、日本に置き換えるなら斜面の限られた農地で生活をする厳しい山村風景だ。
 第二次世界大戦中ドイツに併合されるオーストリアが舞台。1936年この併合をせまってくるドイツの圧力に対しフランツは抵抗運動に関わっているが、その存在は決して革命家の姿ではない。
 一人の農夫が戦争へと圧力が強まる中で何ものにも屈せず平和の意味を問い信念を貫いた作品。

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 戦争初期フランツは教会の力を借りて何とか兵役を逃れていたが、時局はそれを見逃さなくなった。訓練の徴兵には出向いても、真の戦場で意味がない殺戮をする理由を見出さない彼にはその戦争自体に加わる意思がない。
 良心的兵役拒否しか残された道はなかったが、運が悪いことに彼の属する部隊の長はヒトラー。ヒトラーに忠誠を誓うことが出来ない彼は結果軍法会議にかけられる。

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 意思を貫く先に彼を待っているのは死であることは誰の目からみても明らかだった。妻は教会を頼り彼への説得を願う。また、彼女自ら軍へも懇願の為に足を運ぶ。
 説得の神父は、フランツには守るべき家族が居ることに目を向けるよう説く。神父も弁護士も形だけのヒトラーへの忠誠を誓えと説く。

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 ヒトラー役もされたブルーノ・ガンツ氏はこの作品が遺作。
 ガンツ氏演じるブルーノ判事に「君一人の小さな拒否が世の中を動かすと考えているのかね」と問われても、フランツは神はこのようなことをお望みにはならないと信念が揺らぐことはなかった。

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 軍法廷でも間際まで弁護士は彼を救おうとする。この緊迫した場面では字幕数を増やして欲しかった。

*これ以降ネタバレが含まれます、ごめんなさい。

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 粗削った急峻な山と教会。教会はこの作品の中で何度も何度も外観として姿を見せた。それはナチスの弾圧に骨を抜かれ従うしかなかった教会の姿を象徴的に表現している。常に町の中に、人々の中に在りながら肝心な場面で救うことが出来ない。

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  この作品は良心的兵役拒否の話ではなく、私には現代の殉教者の話に見えてならなかった。禁教令が引かれた時代の長崎で殉教したカトリック信者と同じような発言を彼を幾つも口にする。外観を偽ることは可能でも心を偽ることはできない。

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 ファニは質素でも満たされた家族での生活を望んでいただけだった。他に何も望みはしていない。愛する夫が無事で帰ってくれのであれば村八分の状況さえ耐え忍ぶことが出来る。

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 フランツと制約だらけの部屋での面会で見せるファニの愛がこもった眼差しは忘れられない。彼女は家族や子を説得の材料にはしなかった。
 嘘の宣誓をさせることも、また、彼を殺すことと同意と知っていたのだろう。

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 気になり鑑賞後、フランツ・イェーガーシュテッター氏について調べた。
 2007年6月当時の教皇ベネディクト16世によって殉教者として宣言され、それを認定する使徒的勧告を発表している。2007年10月26日、リンツの新大聖堂でホセ・サライバ・マルティンス枢機卿が式を執り行い、イエーガーシュテッターは列福された。

 弾圧の元、教会でさえ屈した時代に真理を通した人。
 作品が終始祈りのようだった印象は間違っていなかった。
★★★★☆

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