672

 窓の隙間から滑りこむ、遠くの車の音を聴いていた。タイヤのゴムとアスファルトが、互いに相手を引っかき合って、海鳴りの様に泣いていた。潮の香りが恋しくて、ベランダの硝子戸を少しだけ開けた。何処にも届かない行為で、何処にも届かない願いだった。ただ、人間ひとりのひとりごとを、聞き流すみたいに受けとめるには、うってつけの閉じられた夜だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?