身体運動における、フォーム学習の是非

スポーツ、楽器、武道等、身体運動のトレーニングにおいて頻繁に活用される「フォーム学習」。

身体運動のパフォーマンスを上げるために「正しいフォーム」をなぞる方法は、身体運動のトレーニングをした人なら、経験したことのない人はまず居ないのではないでしょうか。

でもこの「フォーム学習」、実際のところは、うまく行ったり行かなかったり、成果はまちまちです。

プロスポーツの世界でも、新しいフォームを取り入れるというのは一種の賭けとも言え、パフォーマンス向上のために新しいフォームを取り入れたことが実際にパフォーマンス向上に役立つ場合もあれば、逆に、新しいフォームを取り入れたばかりに、本来選手が持っていた良い部分が失われ、かえってパフォーマンスが落ちてしまったケースもある、というのが実情です。

果たして、身体運動の世界で当たり前に行われている「フォーム学習」というのは、本当に効果的な方法なのでしょうか。


そもそも「正しいフォーム」って何だ?**

身体運動の世界では、これが「正しいフォームだ!」と言われるものが沢山あふれています。

そして、ここで言われる「正しいフォーム」というのは、高いパフォーマンスを示した人の動作を解析して、特徴的なところを切り取ったものだったりします。
その時代の上位の人の目立つところを切り取って「これが正しいフォームだ!」って言ってるんです。

そして、この「正しいフォーム」という考え方には、問題点が一つあります。

「正しいフォーム」って、時代が進むごとにどんどん変わっちゃうんです。

例えば、陸上100m走で「正しい」とされた走り方の変遷は、以下のようなものです。時代が経つごとに、「正しい」とされているフォームが変わって行っているのが分かります。

70年代:大腿四頭筋と、腓腹筋を使って脚の伸展力を高めることが良いとされた。もも上げを取り入れたトレーニング(大腿四頭筋の強化)も行われた。
80年代:ハムストリングスを活用した走り
90年代前半:カール・ルイスに代表される「スウィング」
90年代後半:モーリス・グリーンに代表される「大腰筋の活用」
(出典: 小林寛道著 「東大式 世界一美しく正しい歩き方」)

この例が示すのは、「正しいフォーム」は、あくまでその時代のトレンドに過ぎず、時間が経つごとに変遷していく、ということです。

「正しいフォーム」の「正しさ」というのは、絶対的ではない、むしろ割とアヤシイものである、ということは言えるのではないでしょうか。

そもそも、トップの人は、優れたフォームをどう見つけ出したのか?

「正しいフォーム」は、優れたパフォーマンスを示した人を分析した結果生まれたもの。

では、最初に優れたパフォーマンスを示した人は、どのようにその優れたフォームを身に着けたのか?というと、本人が日々の研鑽を通じて創造的に生み出しているわけです。

日々の研鑽の結果として、本人独自の「作品」としての優れたフォームを創りあげた、とも言えるでしょう。

そして、このような創造的な人が存在することは

「人の脳や身体には、優れた運動モデルやフォームを、創造的に生み出す能力が備わっている」

ということを示すものでもあります;。

フォーム学習以外に、優れた身体運動が出来るようになる方法がある、ということは、フォーム学習で行き詰まっている人にとって、希望を見出せる話なのではないかと思います。

創造的に、優れたフォームを生み出せるようになるためには?

では、どのようにしたら、優れたフォームを創造的に生み出せるようになるのでしょうか?

大きな方針としては、以下のような方針が有効です。

■ 身体感覚を十分に感じることが出来る強度・難易度で行うこと
  (簡単すぎる、と思われるレベルがちょうど良いことが多い)
■ 感覚的に「快適」と思える動き方を探ること
■ 休息やインターバルを十分に取り、脳が新たな動きを生み出すゆとりを持つ
■ 「正しい」とされるフォームからの逸脱をある程度許容する

これらの方針は、運動を得て感覚というフィードバックを得、脳が新たな動きを創造的に発見することを促すことが出来ます。

フォーム学習は、完全に無駄なのか?

では、フォーム学習というのは、完全に無駄なのでしょうか。
私は、

「フォーム学習は無駄ではない。但し、フォーム学習が優れたパフォーマンスにつながるためには、一定の条件が必要である」

と考えます。その条件とは、

■ 正しいとされるフォームを行うことで、感覚によるフィードバックを得、それを通じて、本人が現在行っている動きと、お手本とされるフォームの一段上の抽象度で、その人独自のフォーム(および運動モデル)を作り上げること
■ 出来上がったフォームが、本人が感覚的に「快適」と思えるものであること

より平たく言うと「正しいフォームを機会的になぞるのではなく、あくまで材料の一つとして消化し、自分独自の快適な動きを生み出す」
ということです。

このような方法であれば、フォーム学習が良い個性を潰してしまったり、パフォーマンスをかえって下げてしまうリスクは大幅に減ります。

フォーム学習というのは、使いようによって、パフォーマンスを上げることもあれば、下げることもある。そして、人間には、優れたフォーム・動きを創造的に生み出す力がある。身体運動のトレーニングにおいては、その創造性を損ねない範囲で、フォーム学習は活用されるべきである。私はそのように考えています。

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