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りんごを解けば③

②では、りんごの話に入る前にちょっと脱線気味になった。

キリスト教を他人事扱いする多くの人とかかわっていつももどかしく思うのは、そのカルチャーの産物にあやかり、日々ありがたく便利な暮らしができているのに、まったくその土台について知ろうともしないところだ。

キリスト教的なカルチャーの影の側面に困らされることがあるとすれば、それは必ず、無自覚に、あやかってきた面があるということだ。

呪いの基本的な法則として、その人に、共振する理由がなければ、呪った本人にそれは戻っていき、本人が自分の念にやられたりするわけで、呪いを受け取ってしまう自分がいるとするならば、そこには必ず、見てみないふりをしてきた物語があるはずなのだ。

そういう意味で、陰謀論的な物事のとらえ方はあまり好きでない。みんな無邪気すぎるのである。

そういうことなので、私はオーソドックスなシンボル解釈を紐解き始めた。

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Photo by Priscilla Du Preez on Unsplash

りんごは、旧約聖書でお馴染みの、アダムとイブのあの禁断の果実である。ほとんど国民の全員が持っていそうな、スマホのメーカーであるアップル社も、おそらくこの元型イメージと切っても切れないだろう。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chimney_piece_with_images_of_Adam_and_Eve_MET_DP-950-001.jpg
Metropolitan Museum of Art, CC0, via Wikimedia Commons

りんごは、ただの美味しい果物のうちの一つ、と思ってしまいがちだが、シンボルとしてのりんごは、どちらかというと果物全般を指し、もっといえば、果物という有機的で食べることができるという意味の価値だけでなく、社会的に、貨幣価値がある法定果実、という意味も兼ね備えている

果実は英語でfruitsだが、りんごが指し示しているのもほとんどエリア的に重なっていて、同義であるととらえた方がむしろ、シンボル解釈的に本質的だとわたしは思っている。

世界を解くカギになる、基本的な元型イメージはこの、fruitsである。
つまり、りんごとは、果実とは何か?という問いである。

そして、語源を紐解くと愕然とする。

ヘブライ語のリンゴは、תפוח
”תַּפּוּחַ • (tapúakh) m (plural indefinite תַּפּוּחִים, singular construct תַּפּוּחַ־)”תפוח - Wiktionary

ローマ字表記の音をみると「タプアク」と読め、これはそのままタンパクという音と違和感がない。

つまり、たんぱく質の「たんぱく」が、りんごと同義であり、それは、生贄の「贄」を意味するということではないか。

禁断の果実とは、美味しい高たんぱく食=贄を頂く喜びを知ってしまった
ということに尽きるのではないか。

これは、果実とは、物語の起承転結の結であることを考えれば、まったく無理のない話である。

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