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月下で恋を歌う 肆

前回

早くもリハーサルの日。ステージ発表は俺らだけではないため、他の部活生にも聴かれることになる。
いい練習になるだろう。演劇部、コーラス部に続いて軽音部だ。

例のごとくマイクの確認をして、光希に合図を送る。体育館は部室と音響が全然違う。何度も体感してきたことだが、改めてそれを感じる。心地よいギターの音に歌を合わせ、体育館に響き渡らせる。少しは緊張するものかと思ってたが、案外そうでもない。それも光希の肝が据わってるおかげだろう。良くも悪くも。

歌い上げ、後奏も終わると拍手をさせる暇もなく、光希がマイクを手にする。

「本日は足を運んでいただき、ありがとうございます! 軽音部です!」

それに続けて、俺の紹介や1曲目の説明などムードメーカーとしての本領を発揮している。俺に話を回し、次の曲へと繋げる。2曲目の説明も俺の担当。その間に雪華と入れ替わるってわけだ。彼女は緊張してるみたいで、顔が少しこわばっていた。

「それでは、お聞きください」

右手で雪華に向かって親指を立てる。彼女の表情が和らいだのを見て、軽く頷くとスピーカーからベースの音が聞こえ出す。曲に入ってしまえば緊張は抜けると自分で言っていた通り、いつもと変わらない演奏だ。
Aメロ、Bメロ、サビ…初めとは比べようがないくらい良くなっている。

2曲目が終わると、光希がまたステージに上り3曲目。3人で演奏すると、また違った感じになって好きだ。こうして、リハーサルも難なく終えることが出来た。

「おつかれー! っても、まだ本番があるけど」

こつんと拳をぶつけ合って笑う。リハーサルと本番は全く違うから、今日はできても明日に何が起こるかは分からない。それでも、今日はやり切った。

「明日、また気を引き締めて頑張るぞ」

俺が言うと光希が、それ俺の台詞! と言ってきたが無視する。本番はついに明日だ。

**

どうやら天候には恵まれたようで、雲1つないとまではいかないが良い天気だ。俺らの出番は昼の1時だが、朝早く学校に行かなくてはならない。軽音部の2人を除き俺には友人がいない。

クラスの出し物もあるが、気を使ってくれてるのかステージ発表に出る人は不参加となっている。ラッキーと心の中で思ったが暇だ。少なくともあと1時間半はすることが無い。中庭で座っていると突然声をかけられた。

「やっと見つけた…」

「どうした? 」

何かあったのかと尋ねたが、彼女は首を横に振る。

「いや、その…暇なら一緒に回りたいな…って」

視線を逸らしながら言う。そうか、友だち2人はクラスの出し物の方にいるのか。動き回るのは好きではないが、此処でずっと座っているよりかは良い。すくっと立ち上がって言った。

「何処から行くんだ? 」

彼女は少し驚いた表情をした後、パンフレットを指差した。因みに俺はパンフレットを家に置いてきた。

「えっと、何か甘いもの食べたいんだけど、苦手だったりする? 」

俺は首を横に振った。

「むしろ好き」

まあ、そんな感じでクレープ屋を目指すことになった。クレープの皮って焼くの大変だって聞いたけど、それを学校で作るって凄いよな。つくづく思う。

「今日、緊張してる? 」

「別にそこまで。雪華は? 」

人の前に立つのは慣れてるし、月夜様と話すより緊張しない。いや、あれ以上に緊張することなんてない。

「昨日くらいかな。でも2人がいるから大丈夫」

そうか、と返事をする。そういえば最近、雪華がこう、微妙によそよそしいというか、前と話し方が違う気がする。とはいえ、こういう人の気持ちに対して鈍感な俺には理由が分からない。会話ができるだけ途切れないよう、話題を探りつつ足を進める。着いた1年生のクラスでそれぞれ、違うものを頼んだ。

偏見とかは無くなってると分かっていても、男がクレープってどうなんだと問いかけてくる自分がいる。生地から少しはみ出したクリームが学生が作ったということを語っている。

他にも、雑貨屋やポップコーン屋…色々巡っているうちに時間はあっという間に経っていた。俺らの出番の30分前。小走りに体育館へと向かうが、人が多くて思うように動けない。俺はともかく、雪華が人に埋まってしまいそうだ。ぱっと彼女の手を取り、言った。

「急ぐか。はぐれんなよ」

少し躊躇いがちに首を縦に振った彼女を引いて、謝りつつ人を掻き分けて進む。普通なら5分くらいで着くはずが、体育館に着いたのは10分後だった。ステージ裏では光希が待機している。機材の確認、テストを急いで行う。全て終わったのは発表の5分前だった。

なんとか間に合ったか。

「さて、出番かな」

光希と軽く手を叩き、ステージへと進む。照明が明るく俺らを包み込む。意外にも人は集まっていて、視線が一気に集まるのを感じた。スピーカーから音が出ると、館内の温度がじんわりと上昇していく。微かに呼吸をマイクが通し、彼のギターに俺の声が乗った。

音楽は風となり、遠くまで吹き抜けていく。手拍子も聞こえ出し、胸の奥が熱を持つ。上からの光が熱く、汗が頬を伝うのを感じた。3分程ある曲がほんの数秒で終わったようだった。

曲が終わるとリハーサル通り、部長が声を通した。その隙に制服の袖で汗を拭う。ここまで暑いとはな、人口密度とかか?

「彼が今回、急遽ボーカルを担当してくれることになった望月 星です」

「よろしくお願いします」

気を軽く緩ませていたら話が回ってきた。次は2曲目の紹介か。光希と雪華も入れ替わり、前奏が流れ出す。俺と彼女の気持ちが同じ方を向く。歌っている時もそれを、強く感じた。

この10日、ほぼ9日でよく仕上げたもんだよな。気持ちがぐっと掻き立てられる。こんなに熱くなったのは、何時ぶりだろうか。3曲目に入っても熱が冷めることは無かった。

ギターとベースが合わさり、なんというか曲の迫力が増す。歌うのが楽しい。ずっと忘れていた感情…だから月夜様は俺を此処に寄越したのだろうか。

「はぁ…流石に疲れたな」

発表を終えた俺らは体育館から離れた所にいる。服の襟がじっとりと濡れていて気持ちが悪い。絞れば水滴が零れそうだ。座り込む俺に対し、まだまだ元気が残っている光希。雪華は微かに疲れの色が浮かんでいる。

俺はそこまで若くないんだよ、軽く3、400歳はいってるんだよ。外は赤く染っていて、烏が鳴き声をあげる。まるで、文化祭の終わりを告げるかのように。少し名残惜しいな。

「今日はありがとね。ステージも楽しかった」

俺の隣に腰を下ろして彼女は言った。

「こちらこそ。久しぶりに楽しいって思えた」

ふわぁと欠伸を1つすると、くすっと笑われた。明日からまた日常に戻るのか。いや、これも日常の1つなのか。

伍へ続く

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