#5 オリジナル小説

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朝だ。

自分はゆっくりと起き上がり、しかし自宅でない景色が飛び込んで来て若干戸惑う。随分殺風景な、一面コンクリートで家具もなく自分の寝ていた敷布団しかない部屋。ヨルガの家だ。

見ていた悪夢に身震いし、いま何時だろうと時計を探すが、時計は見つからなかった。仕方なく一階に降り、リビングへ足を運ぶ。

「ヨル……」

声を掛けようとして口を噤む。古びたソファに横たわるその樹守者は、透けた緑の髪を垂らしているが何故かそれが異様に長く見えた。髪が伸びたのかと思ったが、そんなに早いものだろうかとソファを覗き込む。

ヨルガの身体は縮んでいた。

異様に長い髪は伸びたのではなく、頭身が低くなった所為でそう見えたのだ。

『樹守者は輪廻転生するという目的のために存在する。時がたつと自然と身体が若返り、やがて赤子になると転生する』

確か彼女はそう言っていた。しかし、目の前の彼女の背丈は昨日の半分ほど、見た目は12、13くらいだったのに今は5才程の幼女だった。

想定していたよりかなり早い。愕然としてしまう。転生には数カ月から数年は掛かると聞いていたが、こんなものだろうか。

「起きたの」

ヨルガはもそもそと身体を動かし起き上がる。虚ろな瞳が淡く緑に光る。二人がけのソファがやけに大きく見えた。

「人の寝起きをジロジロと見ないでよ、趣味悪い。起きてたなら声掛けてくれれば起きたのに」

「ごめん」

「なんか食べる?昨日から何も摂ってないんじゃない」

「あ、ありがと」

ヨルガは立ち上がり、少し歩き台所の戸棚を開ける。そして缶詰を取り出し、自分に投げて寄越した。キャッチできず缶は床に音を立てて転がる。危ないにも程がある。缶を拾い上げると、ラベルが衝撃でやや剥がれてしまっていた。どうやら魚缶の様だ。

「食料は嗜好品だから残念だけどこれしかないの。味わって食べてね。

それとちょっと気になったんだけど、なんかさぁ、昨日と様子違くない?挙動不審だよ。どうしたの」

「……え、だってさ、いきなり人が縮んでたらびっくりするでしょ。誰かと思ったよ」

「誰が縮んでるって?」

「君」

ヨルガは目をこれでもかと言う位見開き、自分の身体をまさぐる。顔が明らかに困惑している。

「えぇ……何でこんな事になってるの?」

いや、それこっちのセリフ。

石造りのちいさな社の前、二人はそこにしゃがみ込んだ。朝の匂いに満たされた地面からは土の香りがした。ほんのり湿っていて清々しい。木や植物が生い茂る森のひらけた場所にそれはあった。

樹守者は緑の髪を揺らし頭を垂れる。そしておもむろに両手を合わせた。

目を閉じる。

「この状態じゃ、明日にでも転生準備期間に入るかも」

「明日……」

食事を終え、取り敢えず時間だから祈りに行くと言うので付いて来た手前、気恥ずかしかったが断るわけにもいかず彼女の横で真似事の様に手を合わせる。

「夜になる前に長老の所へ行くわ。正直あと数ヶ月は先だと見積もってたから戸惑ってるけど、指示も聞いたほうがいいし」

「うん」

悪かったわね、と続ける。

「君にもっと時間をあげられたらと思ったけど、これでお別れなんてね。居場所がウンタラカンタラって言ってたし、唯一の心残り」

「一日だけだったけど、随分心が軽くなったよ。感謝してる」

「それはよかった」

風が吹く。社の周りの緑は陽に当たりキラキラと輝いていた。


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