#8 オリジナル小説

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「私を突き落として、ここから」

白い服がはためいている。

何を言ってるんだろう。目の前の人物と過去の記憶が交差して、まるで実感が湧かない。ガラスの壁がこちらを阻むように距離感があった。

この子は誰だろう、私は知らない、知らない、知らない……

「そう、誰も私の味方してくれないの。わかった、わかったよ。でもさアサヒ、私を連れ出すなら最後まで責任持ってよ」

「最後までって……私は最後だなんて、思ってない」

そんなこと言わないでよ、と続けたかったが一刀両断される。

「次なんてないよ」

ないからここに来たんだよ。目の前の少女は囁くように言う。

「巻き込んでごめん、でもこれでおあいこだよ。あなたも私をこの場所に連れてきた。希望しか信じてないあなたに分かって欲しかった。だからこうしたの」

やめて。

ねぇ。

彼女はガラスが割れた窓のサッシに飛び乗る。一瞬だった。

「私を、わすれないでね」

急いで駆け寄る。彼女はぐらりと後ろに崩れる。彼女の腕に指が触れる。だが引き戻せることはなかった。

彼女の身体が離れていく。


目の前が真っ暗になった。

空を切る感覚は今でも忘れない。


間に合わないよ、あなたに私は救えない。

彼女にそう言われた気がした。

ヨルガは顔を伏せてうなだれている。

「その後、私もすぐに死んだ」

ドキリとしたが、続く言葉で嫌な予想は外れた。首筋に変な汗をかいていた。

「精神が不安定になったからか注意力が落ちて、迫ってくる車に気がつかなかった。そして気がついたらここに居たよ。きっとバチが当たったんだ、因果応報だね」

口の中が乾いて粘ついている。嫌な感覚だった。

「それで救えなかったって、ずっと?」

「うん。きっと君を引き止めたのもそう言うことなんだ。その場しのぎでしかないのに、君が本当の家に帰った時何もできないのに、何度偽善を重ねれば良いんだろう」

「でも僕は、救われた」

ヨルガの肩がビクッと震えた。

「なんて言えば良いか分からないし、何が正しくて何が間違ってるかどうか僕には分からない。でもほんのすこしの時間でも、僕は君に救われた。心が軽くなった。偽善でも良い、綺麗事でいいよ」

だってそんなことを言ってたら、本当に何も出来なくなる。救えないなら見過ごす事はある意味大人なのかもしれないが、自分だったらそうしたくない。

自分は誰かに声をかけて欲しかった。

「君は悪くない」

その時の彼女の顔は見えなかった。ずっと俯いたまま、しばらく硬直していた。

どのくらい時が経っただろうと言う時、おもむろに地面に指で何か書き始め、書き終わると自分の裾を引っ張ってこれを見るようにと指差した。

ありがとう、と書いてあった。

それから半日後、ヨルガは転生した。


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