見出し画像

文豪と同じ宿に




今年の春に愛媛県へ赴いたときのこと。
思い悩むとすぐ遠くへ行きたくなってしまう性から、幾度となく旅をしてきたけれど、その中でも特段居心地の良い街だった。

大阪・伊丹空港から愛媛・松山空港へは50分しかかからない。
空港には事前にSNSで調べてブックマークしていた、みかんジュースの出る蛇口のセットがあった。愛媛のみかんは全国トップクラスの生産量を誇り、甘くてコクがあって、お土産にもみかん味の洋菓子をいくつも購入することになる。


到着するといつも通り、予約済みのレンタカーショップへ電話を掛けた。
数分後送迎バスがやって来て荷物を預け車内に乗る。
空港から少し離れた店舗へと連れられ、そこで手続きを済まして車を借りた。
日常的に運転をするわけではなく旅に出た際にのみレンタカーで運転することがほとんどなので、エンジンをかけてからはじめは毎回いくらか緊張する。


ナビを下灘しもなだ駅にセットし、スタッフに見送られながら出発した。
下灘駅というのは、日本一海に近い駅とも謳われる駅で、ホームから眺める海との間に遮るものは何も無い。各種映画やドラマ、ロケ地としてあらゆる層の聖地ともなっている。
調べている途中で知ったけれど、ヨルシカの『だから僕は音楽を辞めた』のMVのモデルでもあったらしく、この曲が好きな自分としては尚更行きたい理由になった。



道中、海沿いの道を走り海の眺めを横目に、道路脇には桜の木がいくつも立っていた。
碧い海、青い空、桃色の花、天気も良好。爽やかな春だった。
40分ほどで到着し、駅前の無料の簡易駐車場に停めた。車移動の際困るのが、目的地と駐車場の所在が離れていることがたまにあり、事前に駐車場もよく確認しておかなければ気が済まずこれも来る前に調べていた。
5.6台が駐車可能なその場所には既に1台先客が居た。


平日の午前、人は少ないかと思っていたけれどカップルが1組、自分のあとにも車が2台。
やっぱりそれなりに観光地化されているからか絶景を目当てに来る人は多かった。
目の前一帯が海。横にひらけた景色に圧倒されながら、風に吹かれて心地よい。
そうしてしばらくベンチに腰掛けていると遠くのほうから線路が揺れる音がした。瑞々しい青い列車が走ってくる。
なんともタイミングよく列車を入れたベストショットを撮影できた。
他の観光客の中には時刻表も事前に調べて来た人も居たかもしれない。自分はラッキーだった。1時間に1本か、もっと少ない本数かしか走らないダイヤの、その何分の1に鉢合わせることが出来た。
しかも列車内からは続々と人が降りてきて、さっきまで閑散としていたホーム内は蜜と化した。その為写真を撮ろうと思っても人の影が写り、そうなる前に到着出来た自分のタイミングの良さに微笑んだりした。
撮った写真をインスタのストーリーに載せていたら、友人から「カオナシ!」という反応が来ていて、千と千尋の神隠しにも登場する場面であることを友達も知っているらしかった。


残念だったのは、駅のすぐ側にあるはずの売店にシャッターが降りていてそれ以外には周りに何もないことだった。
ソフトクリームでも食べようと思っていたから何もお腹を満たせず、それなら何か買ってくれば良かったと少ししょんぼりしながら来た道を戻りつつ松山市内へ向かった。


まだチェックインまでは少し時間があったけれど、車を手放して歩いて散策したかったので先に宿泊先へと向かい、荷物と車を預けた。

愛媛に来たかった理由はここにあり、この道後温泉こそが1番の目的地だった。
夏目漱石の『坊っちゃん』舞台の土地であり、読後どうしても行きたくなった私はその理由に相応しく漱石と同じ旅館をとった。
このnoteのカバーにも使用した写真は旅館の玄関口に設置されてある石碑で、漱石が松山市内の中学校に教師として赴任した最初の年にこのふなやに初めて宿泊し、この句を詠んだのだそう。
「はじめての ふなや泊りを しぐれけり」
その後も親友の正岡子規と共に度々訪れていたそう。正岡子規もふなやの句を詠んでいる。
文豪以外にも天皇・皇后両陛下をはじめとする皇族方もこのふなやを定宿としていたらしい。
歴史のある老舗旅館なのだった。
おもてなしも食事も大変素晴らしいものだったけれどそれは後述することにする。
道後温泉駅までも徒歩数分と近く、すぐに広場にたどり着いた。


道後温泉駅の駅舎はレトロな洋風建築で、街の中で一際存在感を放っていた。
そのすぐそばに坊っちゃん列車、坊っちゃんカラクリ時計がある。小説を読んで訪れた身としてはこれ以上の聖地巡礼はないような気がする。何枚も写真を撮り誰が見ても分かる観光客の様相をしていたと思う。
このカラクリ時計は1時間に1度、扉が開き中から小説内の登場人物たちが踊り舞う様子が披露されるのだけど、下灘駅同様、またタイミングよく居合わせることが出来た。
広場一帯に鳴り響く音楽と共に、時計が縦に拡張される。1分以上あるそれを、私は全て録画していたけれどこのnoteを書くまで見返したことは1度もなく、よく撮っていたなと思った。
総工費は1億円近く掛かったらしい。


ハイカラ通りという商店街の中でお土産を探し、絶対に買うと決めていた道後ぷりんから購入した。プリンが大好物なので。
夏目漱石の小説カバーをデザインしたブックカバーのガチャガチャがあり、500円近くした気がするけれど一寸の迷いもなく回した。
『こころ』のカバーが当たり、今もそれを愛用している。
街中至る所で坊っちゃんや夏目漱石を彷彿とさせるものが散りばめられている。お土産には坊っちゃん団子すらある。
それをあてに来た自分はそれをありがたいと思っているけれど、実は漱石自身は愛媛県松山が大嫌いらしいのだから笑ってしまう。
少し歩けば何も無いところで威張っていてどうしようもないやつらだなんだとか言っている。(私の意訳です。)
でもそんな松山嫌いの漱石さえ、道後温泉だけは良かったと褒めているので、気にもなって当然。

両手いっぱいのお土産を宿に1度預けに戻ってから、道後温泉駅からの列車に乗り松山城を目指した。
旅先でよく乗り、そしてよく間違えるこの路面電車は私にはいつも難しい。
まず街中を車と隣り合わせて電車が走る光景自体が新鮮で慣れない。
事前に車内の両替機で両替を済ませておくかして、硬貨をちょうど用意しなければならず、切符が無いことに戸惑いつつ他に気にすることはないだろうか無事にたどり着けるだろうかと不安で身を縮ませていたら、目的の駅をとっくに過ぎていることに気づいて慌てて降りた。
降りる駅も、大抵細長い安全帯で、どこから歩道に移ればいいんだろうと右往左往しながら、他の人の背を追って信号を渡る。難しい。けど慣れない非日常に少しわくわくしたのも事実。


予定の駅を通り過ぎたので反対方面行きの列車で戻っても良かったけれど、歩くことにした。
そしてそれが良くなかった。

松山城への行き方は4通りあるとネットで見た。
ひとつは最も簡単な行き方で、ロープウェイに乗り天守閣すぐ近くまで行ける方法、観光客のほぼ全員はこの手段で行くに違いない。もうひとつは最も過酷な行き方で何十段もの階段と坂のある山道を登って行く方法、これは避けねばならない。ほかふたつは同じぐらいの時間・労力の道。
1番良いものと悪いのだけ頭に入れておけば問題ないと思い他は忘れてしまったけど、とにかく、私は1番簡単な道を選んで目指しているはずが、違う駅からナビを設定し直した際に1番過酷な道を選んでしまった。

駅からしばらく歩いて、松山城を指し示す看板を見つけたけど、どう見ても階段の上を指している。
でもこの時はまだいちばん簡単な道だと信じているから全く疑わず階段を上る。
結構段差の大きい階段を登らなきゃいけないんだな〜と息を切らしながら、下から見えていた最上段まで到達すると、その先に小さな門とまた階段が見えた。
その手前に黒猫が佇んでいた。
有名な観光地のはずなのに、自分以外には猫以外誰も居ない。そろそろ気づいてもいい頃なのにこの時点でもまだ気づいていなかった。
誰もいないのをいい事に猫の鳴き声を真似てみる。警戒させないように少しずつ近づいていくと、何故か猫のほうから近寄ってきた。
でも野良猫なので何か菌を持っているかもしれないし、触れることは我慢する。
しばらく見つめているとどこからかもう1匹猫がやってきた。三毛猫。
その猫も全く警戒心を持ち合わせて居なくて、明らかに野良猫なのにどうして?と思いながら、でも今思えば愛媛を好きになった理由にこの猫たちの存在も少しはあるかもしれないなと思う。
たしかに警戒心を解くほどほんわかした街だよね。


猫たちに別れを告げ、小さな階段と小さな門をくぐり抜け、その先の坂道を登っている途中でようやく(あ、間違えたわ)と思った。
気づいたけれど、猫に行ってきますって言っちゃったし後戻りするにはもう面倒なほど進んでしまったし、そのまま進むことにした。温暖な気候の4月はじめ、木々に囲まれた森の中とはいえじわじわ汗ばんでくる。
さすがにきついかもしれないと思い始めた頃、坂道の途中に踊り場が見えて、休憩しようと思っていたらなんとそこはロープウェイ乗り場だった。
あれ!間違えてなかった!と一気にうきうきを取り戻してチケットを購入すると、直ぐに案内がかかり飛び乗った。
これであとは楽に頂上まで行けるな〜なんて呑気に構えていたら、ロープウェイはぐんぐん下降して行った。くだりだった。
もう何をしに行ったのか分からない。その頃にはもう天守閣が閉まる時刻ぎりぎりになっていて、結局松山城は諦めたのだった。
笑い話として何度か人に話したけれど、やっぱり悔しいし次こそはリベンジしたいと思っている。


旅館に戻り、チェックインを済ませて部屋に案内された。
広い玄関、広い部屋、大きな窓からは旅館の庭を一望でき、遠くのほうには断念した松山城が見えた。これで我慢するかと、少し救われた気もした。
簡単な挨拶を受けながらお茶をいれてもらい、夕食は何時頃がいいかといった質問に答え、1人になった瞬間思い切り足をくずした。
おひとり様部屋食プランという、22歳(その頃はまだ)の小娘には贅沢極まりないプランを予約していたので、夕食は部屋に運んでもらえることになっている。
実はたまにこういった贅沢旅行をすることがあって、今回はそれだった。日頃贅沢をする機会なんてないし、だって夏目漱石と同じ宿に泊まりたかったんだもん。


部屋にも檜で出来た浴槽に温泉の湯を貯めることができて、夕食前に入ることにした。さらさらした肌触りの良い湯。檜のいい香りもした。
上がってから、夕陽を眺めながら窓の側にあるソファに腰掛けて持参してきた『坊っちゃん』と司馬遼太郎の『坂の上の雲(一)』を読み直していた。
坂の上の雲は伊予松山出身の3人を中心に明治時代の人々を描く物語で、松山市には坂の上の雲ミュージアムというものまである。シリーズ全8巻のうちまだ1冊しか読破していないし、行きたかった月曜日に休館日と重なってしまった為断念したけれど、いつか訪れたい。


伊予松山というのは領内の地味が肥え、物実りものなりが良く、気候は温暖で、しかも郊外には道後の温泉があり、すべてが駘蕩たいとうしているから、自然、ひとに戦闘心が薄い。この藩は、長州征伐でも負けた。負けてくやしがるよりも、うたがはやった。

司馬遼太郎  坂の上の雲(一)



実際に訪れてみて、この一節がよく理解出来る気がした。当然批判してるわけでなく、むしろ愛媛の人たちを肯定的に捉えていた。

食事を運んでくれたり何かとお世話をしてくださった仲居さんも本当に親切で気さくな方で、愛媛に行ってよかった理由のひとつにこの人の存在もある。愛媛県で生まれ育ったという彼女は、はじめて訪れた私に色々と愛媛の歴史や幼少期にすぐそこの公園で遊んでいたというエピソードまで語ってくれた。

夕食は地元の食材を中心とした懐石料理で、デザートにはいちごやグレープフルーツと共にみかんも出されたし、食前にみかんジュースも出されたし名物の鯛めしも出された。
旅行するにあたり調べるまで知らなかったけれど、愛媛は鯛めしが有名らしかった。
鯛めしには2種類あり、鯛を昆布だしで炊き込んだ松山鯛めしと鯛の刺身をタレごとご飯にかけて食べる宇和島鯛めしとがある。

夕食で出されたのは炊き込みの松山鯛めしだったけれど、鯛のお刺身も別で用意されていた。
おかわりできますからねとも伝えてくれた。
天ぷらも和牛のステーキも煮魚も、お味噌汁も、一緒に出された副菜たちもどれも本当に美味しくて決してくどくない味付けなのにしっかりと存在感のあるものばかりで、普段少食であまり食べれないのに鯛めしをおかわりした。
もちろん満腹で少し苦しくなったけれど、おかわりして良かったと思う。


夕食前に、順番に食事を配膳していくのと全て出し切ってしまうのとどちらがいいですかと尋ねてくれた。
おひとり様贅沢プランを予約するのは実ははじめてでは無かったけれど、これを聞かれたのは初めてだった。

食前酒から食後のデザートまで形式通り出されるのも嬉しいけれど、一気に全てを出してもらったほうが余計な気を遣わなくて済む気がして、今回は全部一度に出してもらうことにした。それもきっと配慮してくれたのだと思う。なんせひとりなので。
そのおかげで高級旅館にまるで実家みたいな安心感を持ち、ひとりで黙々と味わって寛ぐことができた。他でもいつも寛いでいるけど。


食器を下げに来てもらった際に、旅館の庭に足湯があることや、道後温泉の街の中にもいくつか足湯があること、そこへ行く際には玄関にあるタオル入りの籠を持ち出して良いことなど為になる情報をいくつも教えてくれた。

布団の用意は何時頃がいいかという質問を受け、仲居さんは部屋を出ていった。

私はさっそく教えてもらった庭の足湯へ行き、その後大浴場へと赴いた。
1万5000歩の疲れもほぐれすっかり癒された。
部屋に戻って買ってきた道後ぷりんを食べていた。みかんゼリーの乗ったまろやかなプリンは溶けてなくなるように心まで染み渡った。


若い男性スタッフが数人係で布団を敷きに来てくれて、その後仲居さんとまた対面した。
さっそく足湯に浸かったこと、食事が本当に美味しかったこと、ここに泊まれて本当に良かったことを話しながら、最後におやすみなさいを告げた。
この、おやすみなさいとおはようございますが結構嬉しくて、旅館でお世話してもらう時ほっこりする。
人の温もりに包まれながらふかふかの布団で眠りに落ちた。





これ以上長くなってしまうと大変なので2日目は分けて書きます。
つづく。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?