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フランスから、食関連ニュース 2020.10.28

今週のひとこと

鮨職人、渡邉卓也さんが鮨を握り采配を振る、パリ1つ星「仁」へ。ひとしきり、明日の夜28日にマクロン大統領から発表される、コロナ感染症対策の新しい措置の話になりました。フランスでは、連日の感染者が3万人を下りません。先々週の17日からは、限定地域に対し、夜間外出禁止令が発令。さらに、先週土曜日からは、その地域を拡大して、パリを中心としたイル・ド・フランス地域圏はもちろん、全54県が対象となって、人口のおおよそ7割にあたる4600万人が夜間の外出を禁じられることになりました。夏のバカンスで人の移動が自由になり、秋からの第二波はすでに懸念されていたところでしたが、現実となり猛威がいよいよ増している。連日4万人の感染者で、死亡率0.5%とすると、毎日200人の命が失われるという計算になり、実際死亡者が予測通り出ていることを鑑みると、新たな措置で打って出ることは必須。この記事を大半の皆さんにご覧いただける頃には、我々は新しい厳しい状況下に対面しているころだと思いますが、おそらくウィークデーは夜19時から、ウィークデーは全面外出禁止となるであろうとの予測です。つまり、3月から始まったロックダウンまでは厳しくはしないが、それに続く、厳戒態勢をしくということ。私の自宅からそれほど遠くないところに検査の施設があり、自転車通勤時に毎日状況を見ているのですが、連日長蛇の列。近い友人にも感染者が出ていることが判明したり、身近に迫っているという感は、感染して大変な状況下にいる方々も含め、皆さん同様だと思います。さらに、ロックダウン直前という緊迫した空気だけではなく、先週の教師殺害事件から、テロの脅威もさらに強まり、時代が混沌としています。

「仁」では、ロックダウンが解除されて、この秋以降、席数を12席から8席に減らし営業。ロックダウン以前と同様、あるいはそれ以上に売上を伸ばして、盛り返していこうと思っていた矢先に、鮨を握れなくなるのは辛いと漏らしていらっしゃいました。もちろん料理人として腕を振るうことができないという状況も、また自身もスタッフも、危険にさらされているという現実も突きつけられている。仕出し鮨も始めたばかりで好調な滑り出しでしたし、1ヶ月ほど前にはパリの「一風堂」さんとのコラボレーションで、渡邉さんが作る鶏手羽とムール貝のブイヨンをベースにしたラーメンを振る舞うというポップアップイベントを3日間に亘って開催し大盛況。7月には立ち食い鮨デーを「仁」で設けて、今後見据えるべき自身としての手応えも得たとのこと。腕をもがれる心境かとは察しますが、常に状況に対して前向きに取り組み、まずはやってみるという姿勢とエネルギー、料理界を元気にしていきたいという客観的な思いもある渡邉さんが、この状況下において、次は何を考え仕掛けるのだろう、とも期待している自分がいます。「クリティック(批判)」ばかりが盛んな時代は、時代の停滞の標であると言われることもありますが、受け身な「クリティック」の時代は終わり、何かをアクトをしてきたからこその智恵の堆積が必要だったと、今の時代を振り返る時がくると思います。自身のメチエに対する愛、情熱、そして先人たちが築いてきたものへのリスペクトが突き動かす智恵。むろん、もっとも現実的な窮鼠猫を嚙む、という土壇場の底力も含め。そんな心持ちや状況を私自身も痛いほど共有し、冷静に踠いています。

今週のトピックスは今週のひとことの後に掲載しています。【A】2つ星女性オーナーシェフ、デリバリー、テイクアウト店オープン。【B】ピエール・エルメ氏などが手がける、ビーガンマカロンに注目。【C】ミシュランガイド、「フーディング」を吸収。【D】「アクラム」、ファーストフードのバーガー店開始。

戦後の日本、厳しい食糧難でヤミ米が流通する最中、徹底的な取り締まりのため、GHQは飲食店での米使用を禁止する飲食営業緊急措置例を発令しましたが、東京の鮨商組合がGHQに掛け合い、鮨屋は飲食店ではなく、お客の持ってきた米を預かり、それを加工するだけの加工業だと主張して、委託加工業の称号を得て営業が可能となったという歴史がありました。1959年にその措置は廃止されたものの、東京だけでなく日本全国の鮨文化を守ることができたという経緯には、鮨職人の職業に対する根性を感じます。

「仁」のお客様は、和食を愛でる地元フランス人が渡邉さんの握る鮨を楽しみにしていらっしゃる方ばかりで、懐があたたかければ、ふらりと立ち寄りたくなるのは、お料理はもちろんのこと、その空気感でもあると思います。店のサイズ感といい、やりすぎることのない絶妙な現代風の高級感は、日本の都会の裏通りにある飾り気なく媚びない名店を思わせます。また、渡邉さんのふっと心に入り込んでくるお人柄の料理と握りが、お客の心を掴むのだなと感じました。〆の握りに干瓢巻きではなく、白トリュフを2片乗せた、贅沢な雲丹の軍艦巻き。また、握りのクライマックスで出される、オマールもエビも姿の見えない、出汁だけの椀の潔さ。日本とは気候も風土も文化も嗜好も異なるパリで、江戸前の粋は守りながら、素材と風習にパリの利点を生かし、この土地パリならではの提供の仕方を編み出している。帰り際に、お客様たちから「今日はロックダウンに入る最後の鮨。オープンしたら真っ先に来る」との約束の言葉を引き出していました。


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