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家族よりも恋人よりも愛する存在って?:映画『ソウルメイト』

原作は映画ファンから根強い人気を持つデレク・ツァン監督の映画『ソウルメイト/七月と安住』。2010年公開の映画『短い記憶』で第93回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ脚光を浴びたミン・ヨングン監督が、韓国・済州島を舞台にリメイクした本作。
余韻に浸りながら映画を思い出すと少し幸せな気持ちになれるような、私の人生映画とも言える作品とあった。

あらすじ

ミソとハウンは小学生からの大親友。性格も価値観も育ってきた環境も正反対だが、唯一の共通点は絵を描くのが好きなことだった。ずっと一緒に生きていくと約束する2人だったが、17歳の夏、ハウンに恋人ジヌができたことで少しずつ気持ちがすれ違っていく。そんな中、ミソは済州島を離れてソウルで暮らすことを決意。しかし、ソウルでの暮らしは精神的にも肉体的にも過酷だった。生きていくだけで必死な日々を過ごしていたミソだが、ハウンには絵の勉強をしながら旅をしていると嘘の手紙を送っていた。それから5年が経ち、再会を果たした2人は、釜山旅行に出掛ける。久しぶりに2人で過ごす時間に気持ちが昂るも、価値観の違いによって大喧嘩に。それを機に、疎遠になっていた16年目のある日、ハウンは忽然と姿を消した。2人だけの“秘密”を残して…。

『ソウルメイト』公式サイトより

ー以下ネタバレを含みます

本作で描かれているのは恋人も家族決して間に入ることのできない、ミソとハウンの「ソウルメイト」という関係性。美しい友情の域を超え、強い愛で結ばれた2人の世界だった。

ハウンにとってミソとの出会いは衝撃的だった。済州島の小学校にソウルから転校してきたミソ。黒板の前で自己紹介をしたときは俯き気味でおとなしそうに見えたが、実は静かなふりをしていただけ。席に座るふりをして教室から勢いよく走り去り、大人たちは慌ててミソを追いかける。その自由奔放な姿にハウンは目を奪われ、その日から強くて自由なミソにハウンは憧れ続けることになる。

「夏(ハ)の銀(ウン)河、その方がいいよ」

高い岩の上に座るミソを見つけて初めて声をかけるハウン。隣に座りたいが、高いところが怖くて登ることができない。そんな彼女に「薄目にしたらいいんだよ」と声をかけ微笑むミソ。ミソを追いかけているとこれまで観たことのない世界に連れて行ってもらえる。2人の仲が深まるに連れハウンにとってミソは新たな世界を知るための翼そのものとなっていた。

ハウンの家で夕食を食べるミソ

閉ざされた世界で依存しあった少女たち

済州島という閉鎖的な環境で出会った少女たち。何度も転校を繰り返し、多くの人との出会いと別れを経験していたミソと済州島の小さなコミュニティで生まれ育ったハウンは人との付き合い方に対する感覚が全く違っていた。

幼少期のミソとハウンが猫の絵を描くシーンはまさにその差を暗示させるものであった。写実的で美しい絵を描くハウンに対し、抽象的に捉えた猫を描くミソ。ミソの描いた「猫の心」は目で見ることのできないものであったけれど、それでも描くことができるのだと気がついたハウン。

2人が描いた猫の絵

高校生になり初めて恋をしたハウン。相手を描くことで自分の心が見えてくる。ミソからそう学んだハウンは気になっている男の子(ジヌ)を描くことで自分の心を確かめようとする。ミソが言ったように描いたことで自分が恋をしていると確信し、感じたその心のままに「あなたが好き」とジヌに伝える。

ハウンの世界はミソ、ジヌ、両親によって作られていたのだろう。幼い頃から共にいるミソと唯一の恋人であるジヌに常に守られていて、外の世界に憧れながらも暖かな檻から抜け出すことはできない。ずっと共に島で暮らす未来が当たり前だと納得していて外の世界に出ようと行動したことは一度もなかった。両親の望む通りに学校に通い、教師の道を目指す。小さな島の保守的なコミュニティに暮らす人々にとってハウンの「絵を学びたい」という思いは成功した人生を送るために必要なものではなかった。そんな夢を唯一信じてくれる存在がミソで彼女の存在はハウンにとって大きな必要不可欠だった。だからこそジヌと出会って恋人となっても、それまで共にいたミソとの距離感が変わることに耐えきれず、拗ねて冷たい態度をとってしまう。自転車に2人で乗るジヌとハウンをスクーターで追い越して帰るミソに対して感じた不安がソウルで再開する日までずっと続いていたのだ。ミソとの再開は良くも悪くもハウンが自分と向き合うきっかけを作った。自分もこれまでやりたかったことに挑戦してみようと決断し、結婚を機に絵を習いたいという夢をジヌに伝える。けれどそこであっけなく否定されてしまうことによって気持ちをわかってくれる存在はミソしかいないという現実に引き戻されてしまう。そのとき初めてこのまま結婚をしたら後戻りできなくなる状況まで追い込まれてしまうことに気がつく。

一方のミソにとって済州島はあまりにも暖かすぎて耐えきれない場所だった。恋人に振り回されて精神的に不安定な母親に変わって育ててくれたハウンの家族や島の人々。だからこそミソは暖かい島から飛び出すことを決意した。島への恩がありつつも、自身の存在がハウンに与える影響を恐れ離れることを決意する。
「太陽があるのは影があるからだ」ハウンの元から姿を消し自身が影となることを誓うミソ。だが、その思いとは裏腹にハウンはそんなミソの影を追い続けてしまう。

ミソ  「あと10年 嵐の如く生きて、私も27歳で死にたい」
ハウン 「私よりも早く死んだら許さない」

済州島から飛び立っていったミソと違い、小さな島の中で生きていくハウン。ソウルへ行ったミソが自由な生活を送っていることを想像しながら、定期的に届く手紙を読むことを楽しみに待つ。シベリア鉄道の旅のお土産として受け取った葉書を見たハウンの表情は、自分は決して実現することのできないことを成し遂げてしまうミソに対する憧れと自身への諦めが混ざった複雑なものだった。実際にはミソは旅にはいく余裕がなくてソウルでアルバイト漬けの生活をしていたことをハウンに隠しているのだが、ハウンの自由の象徴であり続けるミソのプライドは弱みを見せることを許さなかった。島から出て自由になるはずだったのに徐々に潰れていくミソと、夢をあきらめて島で暮らすハウンはお互いに意地を張り合って徐々に口論が増えてしまう。

結婚をやめてミソのようにソウルへと絵を学ぶために旅だったハウン。けれど彼女の暮らすことにした場所はかつてミソが一人暮らしを始めた部屋だった。部屋にイーゼルをたて、キャンパスを置く姿は懸命にソウルで絵を学んで暮らしていたミソの姿と変わらない。結局ハウンはミソの翼がないと飛び立つことは出来なかったのだ。彼女を追いかけて同じ道を進むことで安心することができた。同じようにシベリア鉄道の旅に出て、お土産でもらった氷河を見に行く。そうしてミソの痕跡を追いかけているうちに妊娠し、ジヌとの縁を断ち切ることができない運命にあることに気がつく。結婚から逃げることで解放されたかのように思えたが、実は自分の力で飛び立つには全てが手遅れであるという現実が待っていたのだ。

ミソ 「怖くない?」
ハウン「薄目にしていれば大丈夫。」

シベリアへ旅立つハウン

この愛は一体なんだったのか

大学時代、ソウルに行ったジヌの家にミソが居候していると気がつき、酒に酔ったミソと2人で乱暴にジヌの家に入ったハウン。部屋に散らばるミソの私物を見て、居候とは言えないほど2人が親密に暮らしていたことを知る。トイレに蹲るミソにシャワーをかけて怒りを露わにするハウン。しかしその怒りの要因はミソがジヌを奪ったことではなく、自分の方がミソを愛していることに気がつかないことだった。誰よりもミソを愛している自分がいるのに、死んだ恋人を思って酒に浸り、タイミングよく現れたジヌに絡め取られてしまっている現状を目の当たりにした。自分の存在はそんなにちっぽけなものではないはずだと詰め寄るハウンは初めて自身の気持ちを曝け出す。

ハウンは本当にジヌを愛していたのだろうか。きっと愛していたことは嘘ではない。恋人として誰よりも愛していたのだろう。しかし、その愛がミソへの愛より強いものではなかったのかもしれない。高校時代にジヌがミソにキスをしようとしている場面を見たとき、実はジヌよりミソの方を愛していることに気がついたのではないか。キスを拒み自身に駆け寄るミソに安堵したとき、自分を乗せて懸命に自転車を漕ぐジヌよりもスクーターで1人遠ざかるミソに不安を覚えたとき、ハウンはミソを愛していた。家族愛とも恋愛感情ともいえない愛の感覚を口に出すことはなかなか出来なかったけれど。

ジヌの持つ不安定さ

側から見ると友情のようであり実は依存関係にある2人の関係と対照的に描かれているのがジヌだった。ハウンが片思いをしていると知ったとき、彼女を守るためにスクーターでジヌの高校まで忠告をしに行ったミソに興味を持ったジヌ。ミソの言う通りにハウンの恋人となったものの、ミソを見つめるジヌの表情は恋そのものであったように見える。

ミソに惹かれていると自覚したのはハウンと共に訪れたライブハウスで再開したときか。バーテンダーをしていたミソの作ったカクテル(セックス•オン•ザ•唐辛子)を飲み干し、ボーカルとして演奏に参加したミソを見つめるジヌ。同時にで横でミソのかっこよさを語るハウンの話を聞いて、2人の間にある深すぎる繋がりを悟る。

だが、ジヌは決してハウンを愛していなかったわけではない。ミソと繋がるためにハウンを利用しているわけでもなく、ミソがソウルで暮らす間に気落ちしているハウルを支え続けたのはジヌだった。もしかするとハウンに対する愛は責任感から生まれるものだったのかもしれない。ハウンへのプロポーズの言葉は「君を傷つけた責任を一生かけて償うよ」。高校時代にスクーターで乗り込んできたミソが告げたハウンを傷つけないという忠告を守った結果のプロポーズだったのか。ミソに愛を告げることをできなくなったジヌはハウンを愛することで自らの責任を果たした。

ジヌが最後までミソのことを諦められなかったのは明らかだ。そもそもソウルでミソと再開したとき、恋人を亡くしたミソを小さな一人暮らしの家に誘い込んだのはジヌだったのだろう。ジヌにとってハウンは支えなくてはいけない存在でもあり同じ人を愛するライバルでもあった。
一方で高校生だったハウンがミソに描いてみたい人がいるとジヌの存在を伝えた日から、ミソにとってジヌは"大切なハウン"の大切にしている人になった。だからジヌのことを好きになることはなかったけれど、ハウンを守るためにジヌを大切にし続けている。

ジヌに忠告をするミソ

キム・ダミが作り出す空気感

今回の作品で圧巻の演技を見せたのが主演であるミソを演じた女優キム・ダミ。
『梨泰院クラス』や『The Witch/魔女』などヒット作に出演し、近年注目の女優の1人であるが、本作でも圧巻の演技で物語の雰囲気を作り上げた。彼女の周りに流れる空気は自然と夏の風のように透き通り、画面越しに観ているこちらにまで爽やかな風が通り抜ける。「青春」という言葉を人間にしたらこんな感じなんだろうなと思わせる独特の存在感がある。2000年代初めが舞台である本作の空気感が、彼女の存在と済州島の田舎風景が相待って完璧に再現されている。
大人になったミソの物静かな雰囲気も良いが、髪が短くスニーカーで駆け回る学生時代のミソがあまりにも魅力的で、いや、もうファンになりました。


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