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誰も私たちを知らなくても

朝6時にアラームが鳴り響く。1時間しか寝ていなけれど、長い間の眠りから覚めたように感じる。もう、空港に向かわなければならない。心の準備は永遠にできないまま、私たちは身体だけを動かす。急いで荷物を詰め込み彼の車に乗り込む。最初から最後まで、彼に車を出してもらってどこへでも連れていってもらっていたことに気付く。1週間前に空港でピックアップしてもらってから今空港に送ってもらうまで、ずっと。

空港までは渋滞ができていて、到着時間を大幅にすぎる予想。焦る気持ちも感じるけれど、私のことなのに、どこか人ごとのよう。私の心はまだアメリカにいて、そこからどうしても動き出すことができない。飛行機に乗る準備だけができない。
車の窓から景色を眺める。1週間前に着いた時は馴染みがなく、自分はここに属していなくて、居るべき場所ではないとしか感じることができなかった景色。広大な大地はどこまでも広がっていて、たくさんの大きな車が走っている。今は、自分の心はここにあると感じる。私はこの土地で、異質なものではなく、今を生きるひとりだった。

空港に着いたのは飛行機が離陸する50分前。彼とは道路で慌ただしくハグをして別れ、全力でチェックインカウンターを探して走った。チェックインに辿り着いたら、チェックインカウンターの男性に「もう締め切りは過ぎてるよ、何してたの!」と怒られながらチケットをもらう。セキュリティーのゲートがどこにあるか分からなかったけれど、自分で探している暇はないと思い、空港の職員さんに尋ねる。教えてもらい、辿り着いたら長蛇の列ができていて、間に合わないかもしれない。やきもきしながら並んでいたら、後ろに並んでいた若者4人組が、ふざけたり空港の職員と面白い会話をしているのが耳に入る。彼らは私に「俺たち有名なんだよ」と話しかけてきたり肩を叩いてちょっかいを出してきたりした。面白すぎて笑いながら、やっとのことで検査を通過し、ゲートへ向かって全力で走る。途中から男の人が私に加わり、私たちは一緒に走ってなんとかゲートまで辿り着いた。「まだ飛行機があるよ〜、大丈夫、間に合う!」と子どもたちを鼓舞しているパワフルなお母さんも合流する。そしたらまだ搭乗は始まっていなくて、なんとか間に合いましたね、と話す。仲間意識が芽生えていて、この状況の面白さに、みんなで笑う。彼に電話をかけて、間に合ったことを伝える。何も準備ができないまま飛行機に乗り込み、飛行機は飛び立つ。

飛行機の中では友人たちが紹介してくれた、たくさんの素敵な音楽を聴きながら、彼らがくれた手紙や本を読んでいた。まだずっと心はアメリカにいる。日本に到着して、ぼーっとしながら電車やバスを乗り継ぎ家へ向かう。ふと、私の髪はまだ彼の香水のにおいがすることに気付く。

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