奏で 3 Ayako Tsuchiya 2020年7月23日 22:44 4月の上旬、自粛が始まりかけたときにビブラフォンの山本玲子さんと、中止になってしまったライブの代わりに、何かやりたいねぇと電話していて。ちょうどその時、星野源さんのうちで踊ろう、をみんながカバーしてるのが流行っていた頃でなんか、みんなで演奏するのってやっぱり素敵だね、早く一緒にまた音を出したいね、って話をしていた。レッスンの仕事も、対面は出来なくなりオンラインでのレッスンを開始していた頃。全ての生徒さんがレッスンをオンラインに切り替えが出来たわけでは当然なくやはり、経済的な理由だったり、家庭の事情だったり音を、声を出すことができない人もたくさんいらっしゃった。誰かと一緒に、音を奏でていたことはこんなに貴重なことだったのだってライブ感の尊さに改めて気づかされた。どうか、今一緒に音を出すことができなくても、また誰かと一緒に、そしてまた誰かが音楽ができるようになりますように、そんな気持ちが湧いてきて、電話を切って5時間で、歌詞まで一気に完成させたのがこの「奏で」今まで、曲を作っていた時というのはなんか、私の私利私欲な、エゴな気持ちを放出して、それが勝手に誰かに響いてくれたらラッキーだな、くらいに時に傲慢さも持って書いていたことを曲ができた瞬間、初めて思い知った。というのも、自分のエゴじゃなくて本当に誰かに伝えたい、与えたい、誰かが歌ってくれてもいい、誰かの音になって欲しいと、自分をこんなにも切り離して曲が空に浮いた感覚になったのは、初めてのことだったから。その誰かは、みんながみんな、前向きに生きてられないだろうとも思ったし私だってその誰かの時もあってマイナスな感情や、悲しい思い、痛みも抱き抱えよう、って愛情が溢れたので辛い言葉も口にしてあったかい言葉にして消化してみた。曲が完成した瞬間、自分で言っちゃうんだが名曲できた!と確信したので笑、すぐさま大事な友達たち、ミュージシャン仲間に、できたー!一緒に歌ってーー!!!演奏してーーー!!!!!!って個人営業をかけまくった。笑譜面を作ってくれた友達、オケを作ってくれた友達、弾き語りで動画を出したら、私の周りの何人かのボーカリストもカバーをしてくれた。もう、私の曲なんだけれど私だけのものじゃなくみんなの曲になってる感じが幸せだった。そうか、こうやって曲って育つんだなぁと。与えるって、結局返ってくるのだなぁと。*そんなわけで。東京都の文化支援事業アートにエールを!にguitar福冨博くんにプロデュースしてもらってバンドバージョンで完成させました。メンバーはvocal & piano 土屋絢子guitar 福冨博Vibraphone 山本玲子Electric bass 伊東佑季Drum 則武 諒譜面ができた時の、高揚感とか大事な人に曲を伝えられた時の興奮とかそして友達たちが共有してくれた喜びとか早く誰かとこの曲を歌いたいと願った気持ちとか多分、ずっと記憶残るのだろうなーと思います。 #音楽 #動画 #ピアノ #弾き語り #オリジナル曲 3 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート