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機屋と書いてはたやと読む-2-

高橋名人の私は、社員から厳しいダメ出しもされなくなり、自信がついてきていた。

技術的に問題なく仕事ができるようになってくると湧いてくるのが欲。自分の気持ちに変化が起きた。

どんな形か分からないけど、やっぱり"写真"がやりたい。

そんな時、現れた新人アルバイトさん。新人と言っても私より年上で既婚者、そして女性だが大きなバイクに乗る人だった。250ccだったか、忘れたがとにかく大きなバイクだった。

彼女は優しくて話しやすい人だった。この頃、結婚式のビデオ撮影の現場には私以外女性がいなかったのでうれしかった。

仕事終わりに彼女と立ち話をすることが多くなった。そこで打ち明け話をした、「私、本当は写真やりたいんです」と。

すると帰ってきた答えは「私の旦那、写真館に勤めてるよ、常に人を募集してるよ」だった。

常に人を募集している会社もすごいな、すぐ人が辞めるのか?と訝った。しかし勇気を出し大学時代の作品を持って、新しくオープンする某ホテルの写真室の面接に行った。

そこから7年間、某ホテルの写真室で結婚式のスナップやスタジオでの撮影助手などをした。

入った当時はまだ4×5(大きなフィルムカメラ)で集合写真を撮り、スタジオは私が辞める時もまだMamiya6×4.5だったか6×7だった。私が主にやっていたスナップ撮影ももちろんフィルム。

会社から支給されたNikonのフィルムカメラを使い、7年間で500組以上の新郎新婦の結婚式と披露宴を撮った。前撮りを入れたら2000組以上。大変な仕事だったが大切な友人たちとも出会った。諦めず辞めずに仕事を続けたことは今の自分の基盤になっている。

機屋の話に到達するのはいつか?

もうちょっとです。

次回へ続く。

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