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ブックレビュー3冊:『ミャンマー政変』(北川成史)、『ミャンマー危機』(永杉豊)、『ミャンマー権力闘争』(藤川大樹、大橋洋一郎)

週末、立て続けに3冊読んだ。比較しながら感想を書いてみたい。

『ミャンマー政変―クーデターの深層を探る』

東京新聞・中日新聞のバンコク特派員・支局長を務めた北川成史氏が、2/1クーデターへのカウントダウンともいえる数年間を丹念に取材したもの。

とかく、スーチーVS国軍の構図、あるいはロヒンギャの人権侵害のみに光があてられがちなミャンマー情勢を、非常に包括的、かつ足で稼いで、具体的に描いている。

ロヒンギャ側の視点だけではなく、ラカイン人、また訴追されたロイター記者の裁判の傍聴、家族への取材、さらにシャン州のRCSSなど他の少数民族武装勢力、ワ州などを、自身で取材し得たコメント、撮影した写真を多用。

うっすら聞いていた、国軍は停戦協定を結ぼうといいながら攻撃を繰り返すなど国軍優位で交渉しようとするため、少数民族武装勢力側が停戦に合意しきれない、という構造も、非常によくわかった。

それぞれの関係者の発言がふんだんに盛り込まれていて読みやすく、ときに胸に迫るものがあった。映画のような読後感である。

ちなみに、裏帯には筆者自身が撮影したワ州連合軍トップのパオ・ユーチャンの写真があしらわれている。高野秀行さんのルポ『アヘン王国潜入記』にも登場した人物で、感慨深い。同書は参考文献にあげられていたが、独立国「ワ」との表現は、高野さんのルポから参考にしたのだろう。

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ミャンマー関連の取材記事や書籍は、昔から読んできているが、欠けていたピースを埋めてくれる1冊だと感じた。

今回の3冊中、もっとも夢中になってページをめくった本だ。

『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』

2013年からヤンゴンに拠点を置き、ニュースメディア「ミャンマージャポン」を経営する永杉豊氏が執筆した書籍。

クーデター後にミャンマージャポンが配信してきた日々のニュースを1冊にまとめつつ、独自の取材コメントや視点を織り交ぜた内容だ。

クーデターから5ヵ月が過ぎ、この間、非常にめまぐるしく事態が動いてきた。点でとらえられがちな出来事を一括して記述しており、私も忘れかけていた出来事を思い返すことができた。

現地の情勢をSNSで注視していれば、本書にある情報は、ほぼ把握できるが、報道のみから情報を得ている方には、驚くような情報が多いと思う。

今回のクーデターは現地メディアやSNSを通じて入ってくる情報と日本の報道との間には相当な情報量の差がある。そこを埋めてくれる1冊だ。

『ミャンマー権力闘争 アウンサンスーチー、新政権の攻防』

2016年に発刊された、東京新聞・中日新聞の藤川大樹氏と大橋洋一郎氏によるアウンサンスーチーの素顔に迫るルポ。

先に紹介した北川氏の書籍がカバーしている時期の、さら前のアウンサンスーチーと国軍の攻防を描いている。

独立の父アウンサン将軍が生きていたころ、スーチーの子ども時代、日本やイギリスの滞在中に交流を深めた人物たちの回想、そして民政移管後に彼女が活動家から政治家へと変わっていく様子…。

また、彼女を母のように、あるいは神格化して慕う国民の様子や、NLD党員たちとの関係性も描かれていた。

これまで、ビジネス関係者や政府関係者から「スーチーは頑固」「NLDは政権運営に不慣れ」「国軍将校はピリッとしていて付き合いやすい」「ティンセイン時代は良かった」ということを、繰り返し聞いてきていたが、その言動の背景にある部分が、本書でよく理解できた。

ティンセイン政権誕生後に、院政を敷こうとするタンシュエに引退をせまったとされる国軍内の攻防は必読だ。

3冊を読み終えて

この3冊を読めば、いま押さえておくべきミャンマー情勢や主要な出来事を、おおまかに把握できると思う。

一方で、どの書籍でも、ミャンマーは多様性に満ちている、もっと書きたいこと取材したいことがある、1冊ではすべては語れない、より多角的にミャンマーを知っていく必要がある、と書かれていた。

矛盾するようだが、本当にそう思う。ミャンマーに関わって20年を超えるが、近づけば近づくほど、知れば知るほど新しい面、わからないことが出てきて、謎が深まっていくように感じている。

しかも、受け身で報道をみているだけでは、いくつものベールに包まれていて、単純な事実関係でさえ見えてこない、伝わらないもどかしさがある。

さらなる探求

この3冊ではカバーされていない部分として、ミャンマーの一般市民や市民社会、スーチーからも独立して歩み始めたといわれる20代を中心としたZ世代、クーデター後に国軍の標的となっているチンやカヤーなどの少数民族の状況がある。

また、現状では取材で明らかにすることが非常に難しいが、現在の国軍がどうなっているのかが、もっとも不明な点だ。

民政移管後、NLDの大勝によって、国軍内が少しずつ強硬派で固まったとはいえ、一度はスーチーと会合をもちNLDが与党となることに合意したはずのタンシュエ、ひいてはミンアウンフラインが、なぜクーデターを決行したのか。新型コロナもあり国家が危機的なこの状況を国軍側はどうみているのか、どう決着させるつもりなのか。

ミャンマーのひとびとの命と尊厳を守るために、日本から、どういうかかわりが求められ、また有効であるのか…。

3冊を足掛かりにしつつ、他の情報も注視し、考えていきたい。


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