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ベジャール作品が日本で無許諾上演されたときのこと

1. はじめに

2021年10月9日~17日、モーリス・ベジャール・バレエ団が4年ぶりに来日し、ベジャールの作品を中心としたプログラムを披露しました。

17 October 2021
The end of japan tour

私は残念ながら今回の公演を観に行けませんでしたが、公演を観た人達の感想がSNSにたくさん流れてきて、ベジャール作品の色あせぬ人気と魅力を感じさせてくれます。

そこで、初回はベジャールにちなみ、ベジャールが1996年に日本で提起した裁判(東京地方裁判所判決/平成8年(ワ)第19539号)を紹介します。本件は、ロシアの著明なバレエ団及びバレエダンサーが、1995年、1996年の各来日公演でベジャール作品(「アダージェット」、「我々のファウスト」※1 )を、ベジャールの許諾無く上演し (※2)、ベジャールが事後に各主催者に対して損害賠償や謝罪広告を行うこと等を求めたものです(※3) 。

実はバレエに関する裁判例は非常に稀少です。この判決も、判決確定からずいぶん年数が経過しましたが、現在でも著作物の上演に関する裁判例として著作権法の書籍ではよく取り上げられています。

2. 事案の概要

判決で認定された事実経過のうち主なものと、ベジャールの請求内容を要約して説明します。

(1)1995年7月公演/主催者K/ダンサーRによる「アダージェット」上演

主催者Kは、ロシアの人気バレエダンサーRを招聘し、同ダンサーのソロ演技を中心とする公演を1995年7月に開催しました。

1995年7月25日、ダンサーRのマネジャーであるサンクトペテルブルクの協会は、ダンサーRがベジャール作品「アダージェット」を翌日以降の公演で上演することを初めて主催に伝えました。ダンサーRは、7月26日、27日及び29日の公演で同作品を上演しました。

ベジャールの日本における代理人である財団法人Nは、7月26日の公演でダンサーRが「アダージェット」を上演したことを把握し、28日、主催者Kに対し、当該上演がベジャールから許諾されているのであればそれを示す文書を提出するよう求め、仮に当該上演が無許諾であった場合には法的措置を執ると通知しました。

主催者Kがサンクトペテルブルクの協会に問い合わせたところ、同協会の会長は、著作権の問題はないと回答し、ベジャール代理人Nとの以後のやりとりは同協会において行うと説明しました。ベジャール代理人Nは、8月1日、主催者Kに対し、断固たる法的措置を執ることなどを記載した書面を送付しました。

(2)1996年8月公演/主催者M/「アダージェット」「我々のファウスト」上演

主催者Mは、バレエダンサーRがプリンシパル・ダンサー兼副芸術監督を務めるロシアの著明なバレエ団を招聘し、1996年7月27日から8月6日にかけて、同バレエ団の公演を実施しました。

公演の前月の6月14日、バレエ団は、主催者Mに対し、ベジャール作品「アダージェット」及び「我々のファウスト」の上演を予定していると知らせました。これに対し主催者Mは、バレエ団に当該2作品の上演についてベジャールの許諾がとれていることを書面で知らせるよう求めたり、許諾が取れないのであれば演目を差し替えるよう要請したりしました。また、ベジャールの日本における代理人Sが、同年7月3日から8月1日にかけて、バレエ団と主催者Mの双方に、ベジャール作品を上演しないよう複数回にわたり通知しました。

しかし、同年8月1日の公演において、ダンサーRにより「アダージェット」が上演されました。また、同年8月2日の公演において、他のダンサーにより「我々のファウスト」が上演されました。

しかも、主催者は、バレエ団のジェネラル・マネージャーの指示を受けて公演のプログラムから、上記2作品の振付家の名前も、作品のタイトル「アダージェット」も記載しませんでした(他の振付家の作品には振付家は名前が記載されていました。)。

(3)ベジャールによる訴訟提起

ベジャールは、上記(2)の公演後、主催者K及び主催者Mに対して訴訟を提起し、①著作権侵害(無許諾での上演)に基づく財産的損害の賠償②著作権侵害による精神的苦痛に対する慰謝料③著作者人格権侵害に基づく慰謝料④謝罪広告を求めました。

3. 裁判所の判断

判決は以下のとおりです。

対主催者K:
裁判所は、「アダージェット」の使用料(「著作権行使につき通常受けるべき金額」)を公演1回あたりと30万円としたうえで、無許諾上演によりベジャールが被った財産的損害は90万円(公演3回分)であると認定し、主催者Kにその支払いを命じました。

対主催者M:
裁判所は、「アダージェット」の使用料を公演1回あたり30万円、「我々のファウスト」の使用料を公演1回あたり15万円と認定し、無許諾上演によりベジャールが被った財産的損害は合計45万円であると認定し、主催者Mにその支払いを命じました。

また、公演のブログラム等でベジャールを振付者として記載しなかったことについて、著作者人格権氏名表示権、著作権法19条)の侵害であると認め、これについて慰謝料50万円の支払いを命じました。

他方、無許諾の上演そのものによる慰謝料及び謝罪広告の請求は認めませんでした。

4. 法的な争点についての解説

本裁判の法律的な争点は、公演の主催者が、バレエの振付という著作物を「上演」する主体となりうるのか、言い換えると、主催者は著作権や著作者人格権の侵害主体になりうるかでした。

舞踏において、振付(著作物)を実演し、公衆(観客)に見せるのはダンサーであって主催者ではありません。それにも拘らず、公演の主催者が、著作物を上演(作品を踊って公衆に見せること)し、著作権や著作者人格権を侵害したと評価することができるか否かが争点となりました。

この点について裁判所は、

舞踏の著作物の上演の主体は、実際に舞踏を演じたダンサーに限られず、当該上演を管理し、当該上演による営業上の利益を収受する者も、舞踏の著作物の上演の主体であり、著作権又は著作者人格権の侵害の主体となり得るというべきである。

と述べ、比較的あっさりと主催者の主体性を認めました。

主催者が上演主体になりうるという一般論に対してあまり異論はないように思われます。主催者は、実演家に対して演目の選択について意見を述べることがあるでしょうし、開催の最終的な決定権限を有します。一方、個々のダンサーが、所属するバレエ団や主催者から著作権侵害にあたる上演を指示された場合に、その指示を背くことを期待するのは酷でしょう。主催者に著作物の上演主体性を認めるほうが、将来の著作権侵害防止には実効的です。

しかしながら、本件の事実経過からすると、主催者2社は著作権等の主たる侵害者というよりは、紛争に巻き込まれた感が強いです。主催者Mは演目の変更を要請しましたが無視され、主催者Kは演目を知らされたのが公演初日前日というタイミングでした。主催者が演目の変更に大きな影響力をもっていたとはいいがたく、「上演を管理し」ていたと評しうる限界的な事例かと思います 。

5. コメント

本件は、ベジャールから主催者に対し、ダンサーRらによるベジャール作品の上演を許諾しない旨が、明確に、かつ複数回にわたり通知されていたにも拘らず、ダンサー/バレエ団側が上演を行ったという特殊な事案です(※4)。

このような故意の著作権侵害であっても、きちんと許諾を得て上演した場合でも、著作者が上演者側から受けとれる金額が通常は同じであると聞くと違和感を覚える方は多いと思います。とりわけ、ベジャールが作品の上演の許諾を少数のダンサーに限っていたのを知るバレエファンは、ベジャールの心情を慮り、納得しがたいと考えられるかもしれません。

しかしながら、本件の裁判の被告となっているのはダンサーRらではなく (※5)、紛争に巻き込まれてしまった主催者です。例外的な場合にしか認められない財産権侵害に基づく慰謝料まで負担すべき特段の悪質性が主催者にあったとまではいえないでしょう。

また、著作権法は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的」(著作権法1条)とした法律で、公表された著作物については、著作者にも完全な支配をあえてさせないという仕組みをとっています(※6) 。そのほうが、新しい表現を生み出し、「文化の発展」に寄与すると考えられるためです。

それにしても、ダンサーRは、ベジャールの意向にも法律にも違反してまで、ベジャール作品を上演することになぜ拘泥したのでしょうか。ちなみに、ダンサーRは、本件で問題となっている2公演の合間の1996年6月に、イスラエルでベジャールの「アダージェット」を無許諾で上演した模様です。

判決文では、ダンサーRは、本公演以前に3年にわたり、別のベジャール作品を来日公演で実演して特にトラブルになっていなかったこと、ベジャールの主宰するバレエ団との合同公演でベジャール作品を演じたことがあると認定されているので、過去にベジャール作品の上演を許諾された実績があったものと窺われます。そして、その後なんらかの事情で、ベジャール作品の上演を一切許諾がなされなくなったという経緯があるようです。そして、ベジャールがダンサーRにベジャール作品の上演を許諾しようとしないことは、当時の日本のバレエ界(少なくとも主催者界隈)では知られていたようです。

ダンサーRは、ベジャール作品の上演を許されなくなったことに納得しておらず、不満をもっていたのであろうと想像します。もっとも、そうであったとしても、ダンサーRは正攻法でベジャールと交渉すべきであったでしょう。少なくとも、ベジャールの本拠地から遠く離れた日本やイスラエルで繰り返し著作権侵害を行うという、振付家や作品への敬意に欠けるパフォーマンスはしてほしくはなかった、というのが率直な感想です。

脚注

(※1)本稿では立ち入りませんが、バレエの作品を訴訟において疑義なく「特定」するにはどうしたらよいかという問題があります。本判決は、「作品名、音楽、初演時期、初演者により、一つのバレエ作品を特定することができるものと認められる」と議論を簡単に流してしまっていますが、そのような表記で足りるのか、舞踏譜(音楽でいうと楽譜のようなもの)まで必要なのではないかという意見もありそうです。ただ、舞踏譜は、記録も解読も専門家でないと行えませんし、作品によっては膨大な情報量になります。そもそも舞踏譜が作成されていない作品も多いでしょう。作品名や音楽などの重要な情報とともに、作品の実演の映像を引用して特定するのが現実的だろうと考えます。

(※2)著作権法上、著作者は、「著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」「上演」する権利を「専有する」と規定されています(著作権法22条)。著作者には(著作権法に定める例外に当てはまらない限り)著作者の許諾なく勝手に上演されない権利があるという意味で、バレエについていえば、振付家は、ダンサーやバレエ団が上演の許諾を求めてきたときに、許諾するかどうかを自由に決めることができます。ただし、公表された著作物であれば、著作権法の許す範囲で、許諾がなくても上演できる場合があります(著作権法38条(営利を目的としない上演))。また、著作権の保護期間が満了すると、その著作物は原則として自由に利用できるようになり、許諾を得ずとも営利目的の上演や振付の改定を行うことが可能となります(ただし、著作権法116条(著作者又は実演家の死後における人格的利益の保護のための措置)に留意。)。

(※3)著作権法で「舞踊」が著作物の一例として示されているように(著作権法10条1項3号)、バレエの振付も著作物になりえます。ただ、どの程度のまとまりや個性があれば著作物(思想又は感情を創作的に表現したもの(著作権法2条1項1号)、と判断してよいかは悩ましい問題です。特にクラシック・バレエでは、基本的にはパと呼ばれる決まったステップや動き(種類自体は多いですが)の組み合わせで作品を構成するため、短いシーンだけを取り出した場合、定石的なものと評価され、著作物に該当しないと判断される可能性が高いです。ただ、本件は、作品の一部を真似されたり上演されたりした事案ではなく、5分から10分程度の上演時間というボリュームのある作品であったため、作品が全体として著作物に当たることは実質的な争点ではありませんでした。なお、著作物性を緩やかに認めることはクリエーターに利益があるように思われるかもしれませんが、逆のケースもあります。著作物性が広く認められれば認められるほど、それと異なる創作の範囲が狭まりますので、創作活動がかえって難しくなるおそれがあります。

(※4)上述のとおり主催者が上演主体に当たりうるという一般論には賛同しますが、本件の特殊性を考えると、主催者の単独の不法行為ではなく、ダンサーRの不法行為を幇助した共同不法行為責任を問う法律構成のほうがしっくりきます。

(※5)ベジャールが、主催者のみを被告として訴訟提起をした理由、逆に言うと、ダンサー個人に対して訴訟提起をしなかった理由は不明ですが、日本国外に在住するダンサーRらを被告にするには海外送達が必要となり、裁判の終結までに時間がかかります。その他種々の事情を総合考慮しての判断であろうと想像します。

(※6)※2参照、また正当な範囲内であれば引用も可能です(著作権法32条)。

#バレエ #振付 #ベジャール #著作権 #著作者人格権

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