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餞別の味

去っていく人がくれたのはお茶だった。

どこもはみださない、清潔な人だった。

なにも押し付けない、品のいい人だった。


変わったのは

時代の方だった。

彼女はきっとずっと変わってない。

等しく真面目であった。

ただ、

この余裕のないご時世に、

そのやり方が周りをいらいらさせるものになってしまった。

周りとペースが合わなくなった。

「無駄が多い」「遅い」

これまで大丈夫で、確かに皆の役に立ってきたやり方が、

いつのまにか、非難の的になっていた。


彼女が去り

ひとつの時代が終わった。

今が良いとも悪いとも思わないが

ただうすら哀しい。

何事もなかったかのように新しい日々が流れていく。

しかし私の心は今でもまだちくっとする。

ろくに感謝もされず、去って行ったその人が、

たぶん今は穏やかに過ごしていると思うけど

こんな終わり方で良いわけなかった。

良いわけなかったよね?ね?

だれかにそう言って欲しい。

ほんとはさ、こんなのおかしいよね?


きっと行くべきところに行ったんだけど、

いいんだけど。


わたしはもっと、優しい世界が良かったから、

こんな世界は反対だから。

やさしい世界に生きるから。私は。


さわやかな香りと、品のいい苦みと。

染み入るように私は餞別のお茶を味わいながら、

今だけの秋の真ん中で、

もうこんな思いは二度とすまいと、そう思った。

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