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【ショートエッセイ】しゃがむ

しゃがむ

 1日頑張って仕事をし家路を急ぐ途中、綺麗なもの、例えば吸い込まれそうに澄んだ夜空に浮かぶ星とか、凛と佇む満月とかを見た時、突然ふとしゃがみ込みたくなることがあるだろう。特に疲れがたまっていたり、理不尽に否定されたり、孤独な思いでやり切れなさを感じている時期なら、それは「罠」だ。危ない。

 日常の中で「しゃがむ」ことは良くある。小さな子供の顔を覗き込む時とか落としたものを拾う時とか掃除をする時とか。そういう時の「しゃがむ」はただの動作だ。「罠」の「しゃがむ」は、そこでしゃがんだら最後、大声で泣き出してしまったり頑張って来た何もかもが一斉に止まってしまったりして全てが終わってしまう、そういうピリオドのような「しゃがむ」なのだ。私も何度か罠に落ちそうになったことがある。何の気なしにふと「しゃがめば」楽になれるような気がした。今考えても危なかったと思う。

 「罠」の「しゃがむ」に陥りそうになったら、何も考えずにとりあえず急いで日常に戻るに限る。あるいはすぐに帰って来られるところに軽く逃げるのもいい。ほんの出来心で深くしゃがまないようにしよう。真剣に終わりにしたいだなんて思ってもいなかったのにどうしてこんなことになってしまったのだろう......と後悔しないために。

 私はすんでのところでしゃがまずに済んだ。堪えた後はまたそのまま日常の「夢中」に戻った。家族の夕食を作って一緒に食べ子供達とお風呂に入り宿題を見て寝かしつけた。夫のナイトキャップに付き合いながら少しおしゃべりをした。翌日の準備をして食事のメニューを考えながら自分も寝た。酷く疲れていたけれど幸せが続いた。良かった。

 たいへんだと感じたら何も考えず早めに出来るだけ休もう。自分に辛く当たったりせず労わる努力をしよう。今日を無事に終え、また同じように忙しくて慌しい明日のため少しでも多くの元気を蓄えられるように。家族のために、大切な人達のために、誰より自分自身のために、いつも笑顔でいられるように。


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