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サバイバルなカナダでのワーホリ体験記

大学卒業時、決まっていた就職先を蹴ってカナダへワーキングホリデーにいくことにしました。
なんとなく、決まった会社が怪しげだったし・・・のちにその会社は潰れました。
親からもらった10万円を握りしめて、カナダへ旅立ちました。

サバイバルワーホリの始まり


20歳で日本を飛び出し、カナダにワーホリしました。
将来、英語で仕事するんだ!でも大学留学なんてするお金はない。。。
よし、どうせやるなら一番追い詰められた環境で勉強した方が身につく!
ということで、ワーホリに行き、3ヶ月午前中だけの語学学校と1ヶ月のホームステイを経験しました。

まず3ヶ月の語学学校では風邪をひいて、半分はいけませんでした笑

問題は、住むところとお金。
着いた翌週から家探しが始まりました。
人生で初めての家探しが、カナダとは。
日本でも家探しなんていたこともないのに!でも時間は刻々と過ぎていきます。
ホームステイをしている同級生を横目に私はシビアな生活。でもいいんだ、こうやってギリギリの状況だからこそ英語が身につくんだから!
学校終わりに図書館でWi-Fiを繋ぎ、家探し。
カナダでの家探しはネットで探して、オーナーに電話をして内見をする。その後、2ヶ月分の家賃を払って契約完了。

私は当時TOEIC300点程度の実力でカナダに行っていたので、電話をしてアポを取り、家賃についてオーナーと話をしてお金を払って契約するということが困難極まりありませんでした笑

これが人種差別?

良さそうな物件があったので、オーナーに電話をしてみました。図書館で緊張しながら手に入れたばかりの小さな携帯を片手に、電話。呼び出し音が鳴ります。ドキドキ
オーナーらしきめっちゃネイティブの男の人が電話に出ました。
カンペを見ながら喋る。
すると、オーナーがWhere are you from?と聞いてきたのでJapanese と答えました。
するとオーナーはI dont thik you can pay depositと言ってきました。
緊張していた私はとにかく、え、お金ないって思われた?え?どういうこと?なんでそんなこと言うの?内見の日程調整とかじゃなくて、どこからきたのか聞かれて答えただけなのに。。
私は訳もわからず、そのあと何かわーーっと言われて、わからなかったので、OK Thank you byeといって電話を切りました。

向かいに座っていた、知らない男の人がえらいね、頑張ってと言うような内容のことを言ってくれました。

私は、何を言われても傷つかないし、ポジティブに捉えるし瞬間的にまあいっかと大抵のことを流すので、その時も、うーんうまくいかないもんだなと思っただけでしたが、後から考えればこれって人種差別じゃない?と思いました。

確かに語学力が圧倒的に足りなかったことはある。だから完全に人種差別されたとは言えないかもしれなけれど、現実を目の当たりにした出来事でした。
その後結局、家探しが嫌になりましたが、家は誰も探してくれないので、日本人オーナーの家を探し、ホームステイを出る2日前くらいに契約ができました。二階建て一軒家のBasement(地下室)5万円くらいで、光熱費込み、Wi-Fi込みです。駅からも歩いて5分程度で、住んでいる人たちも全員日本人。20歳の女の子が一人で暮らすには安全な環境です。

途中でとんでもなく大変な事件や、もう無理かもしれないと思うことがあったとしても、諦めないで自分の望みや希望を心に持ち続けていれば、最終的には自分にとって最高の結果になるということがあるのだと学びました。だから途中でうまくいかなくても、これが最善の道と思って信じて進み続けることが最適解🎵ダメだった場合は、縁がなかったか、自分にとって損になることだったということ。

お次は引越し問題。ホームステイ先から移動するのですがスーツケースを持って電車移動です。2往復しました。エレベータはないので、激重のスーツケースを一段一段登ったり降りたり。優しいカナダ人は、手伝おうか?と声をかけてくれますが、私は日本人女子だ、海外で1番危ない目にあうと言われている日本人女子だ。私は一人でここにきている、手伝ってもらった後に現金を請求されたら?どこかに連れ去られたらどうする?と警戒心マックスだったため、No thank youと答え一生懸命引っ越しました。
人の優しさに触れることはとても幸せなことだけど、当時の私にとっては自分の身を守ることへ意識がかなりいっていたと思います。生活かかってましたからね笑

カナダでの職探し

恥ずかしながら、アルバイトをしたことがなかった私は、カナダでの職探しが初めての職探し。

ネットで求人を見つけたり、飲食店を回ってHiringしていたらレジュメを渡してくるという職探しをしていました。
ワーホリで来た日本人だと、レストランや、ファストフード、コーヒー店でのバイトが主なバイト先。

レジュメに、学歴とバイト経験を書いて持ち歩きます。まず、英語でAre you hiring?って聞くことも緊張してしまい、なかなか応募もできない、もちろんバイトは決まらない、面接のアポを取る勇気もなかなか出ない。
そうこうしているうちに、手元に1ドルくらいしか無くなってしまい、カナダのダイソーのようなところで買ったチョコレートを3日かじって食い繋ぐ日が続きました。
お腹が空いて、目がチカチカ、手足がピリピリしびれてきて、軽い栄養失調に。
寒いのにコートを買うお金がなくて、寒い寒いと言いながら職探しをしました。
お金がない、食べる物も着るものも買えない、仕事も見つからない、英語もあまり通じない。
なんて惨めなんだろうと、ガタガタ震えながら道を歩いた日を忘れたことはありません。

あと2週間仕事が決まらなければ、日本に帰らなければならない。そんなの絶対に嫌!!!!と思い、背水の陣でレストランに応募。
ネットで良さそうな求人を見つけたので、電話してみると

オーナー ごめん、バイトもう決まっちゃった
私 Really?
オーナー でももっと君の家の近くで、しかも都会で日本食レストランしてる友達いるからそこに行ってみて
私 Really?
私が使える感嘆詞はリアリーくらいしかないのか笑

藁にもすがる思いで、面接に行きました。
思ったよりもかなり都会の日本食レストラン。
中国の方が経営しているお店で従業員はチャイニーズカナディアンばかり。必然的にコミュニケーションは英語のみの環境。都会のためお客さんも現地人のビジネスマンもしくは、買い物客ばかり。
何個かメニューの発音をしてみてと言われ、OKじゃあ来週から来てと言われ、仕事が決まりました😢
なんということでしょう!
ラッキー!!!!!!!!!!
しかも賄いつき!!!!!
働いた当日から若干のチップをもらい、そのお金でスタバに行ってホワイトチョコレートモカを頼んだことは忘れられません。
しかもお給料は2週間ごと。ちょうど2週間後の家賃支払いに間に合う・・・ありがとうおおおおおおお
信じて行動し続けていれば、現状はどうあれ、道は開けるということを学びました。強く強く一念を持つことで、成し遂げられることはあるんだと思いました。はあ、サバイバル。

カナダでの完全英語、たまに中国語アルバイト生活

ここから私の華々しいワーホリ生活が始まるかと思った束の間、飲食店でバイトしたことのない私は、飲食店バイトの諸々を何も知りませんでした。

1 お客さんが入ってきたら、人数を聞いて案内する
2 メニューを渡す
3 お茶を出す
4 オーダーを取る、質問に答える、アレルギーがあれば漏れなく聞き取る、アレンジ効かせてくる時があるから漏れなく聞き取る 例)ネギ抜き
5 メニューをシステムに登録する
6 出来上がったものをテーブルに届ける
7 合間に空になったコップにお茶をくみまくる ぼーっとしてると怒られる
8 食事が終わったら、テーブルのものを信じられない速度で片付ける
9 チェックと言われたらお会計を持っていく
10レジで会計する クレカなのか、デイビットカードか、チップはいくらなのか?

以上のことのほかに、掃除当番もあり、暇な時は同じ従業員たちとおしゃべりをする。
もちろん全て英語。
自分で望んで飛び込んできた環境だけどこれが最初は本当に大変だった。
日本語だったら楽なのにーーーーーと思ったが、これ英語でできたらもう日本帰ったら無敵じゃんとも思えた。
日本語が通じれば大抵のことは乗り越えられるマインドが作られました。
言葉も同じ文化も同じ、楽勝マインド。

仕事で特に大変だったのが、料理に関する質問や、アレンジ、アレルギーについてのリクエスト。日本では、あまりしないけれど海外では当たり前のコミュニケーション。
これ嫌いだからつけないで、とかは当たり前。
アレルギー聞き間違えたら終わり。
Vodka(ウォッカ)を聞き取れなて、普通のスプライトを持って行って怒られたりしたなあ。

何が間違っているのかわからないけれど、お客さんが怒っている・・・
何がいけないのかわからないけれど、同僚が怒っている・・・
なぜがわからないけれど、あなたはもうお会計やらなくていいと言われる
英語でおしゃべりって大変だなと思っていたら、同僚からあなたがおしゃべりしないから人間関係がうまくいかないんだけどと言われる・・・
お茶をくまないで立っていると、お茶入れろやーって通りすがりに英語で言われる
中国語で多分悪口を言われている
仕事終わりにお店の外に出れば、黒人のお兄さんにニイハオと大きい声で言われる
ちなみにコリアンタウンに行くと、韓国語で話しかけられる

思い返せば、たくさんの困難がありましたが、何があっても自分の身は自分で守らなければならないし、自分の生活は自分で作り上げるしかない。
中国語で何か言われた時は、まあ言ってる意味わかんないからいいかと開き直っていました笑

でも結局最後には、賄いをもっと食べなさい、若いんだから野菜も食べなさい、痩せてるから肉を食べなさい、片付けるのが早くなったわねと褒められたりして、みんなの妹的なポジションで可愛がってもらいました。ジャスミンに会いたい😢

お客さんにも、君だけ中国語で話してないけど、どこ出身?と聞かれ、日本から英語を勉強しにきて、自分で働いて生活費を稼いでいるんだよというと、You are brave!と言ってくれたりしました。
すごいね、勇敢だねと言われて、そんな自分が誇らしくなりました。
ナンパにも遭いましたが、同僚が助けてくれました。
あのお店で培った力は、今の私にとってかけがえのない財産であり、負けない心を育てた原点と言っても過言ではありません。
稼いだお金で、iPod touchを買ったこと、ナイアガラの滝へ1泊2日の旅に出たこと、毎週金曜日の夜は友達とクラブに出掛けて夜中まで遊んだこと、ハロウィン・ナイトに衣装を買い込み、メイクをして遊びに出掛けたこと、プライドパレードで振り付け賞を受賞したこと、いろんな勉強会に参加したこと全てが今の私を形作っています。

カナダプライドパレード

カナダでは、プライドパレードに参加しました。行くだけでなく、フロートを出して実際にパフォーマーとして参加しました。
LGBTQのひと、ストレートの人、みんなでチームを作って参加。
ハッピープライド!と言い合って、自分たちのことを誇りに思おう!と思えるイベントだなと私は感じました。
LGBTQの友人もたくさんいます。
人は皆、自分とは違います。
フィジカル的なこととメンタル的なことは全く同じとは限りません。その時の心の有り様で、どんなふうにも変わる。
違うことを恐れないで、相手を受け止め自分を受け止め、ありのままを歓迎して前に進んでゆく。
それがどれだけのパワーを生み出すのか、計り知れません。
ありのままの自分を愛することができれば、友達も、道ゆく人々も、人類みんな愛に溢れてる!って思える。
一方、それぞれの主張や考えがあるので、拒絶する人もいます。
目の前で中指たてられて睨まれたこともありました。人は人、自分は自分。
睨みつけてくる人にはその人の哲学があり、笑顔でパフォーマンスする私には私の哲学があるのだ。

実際わたしはカナダで、プライドパレードに出たことで人生観が変わりました!
知っている人が一人もいない国にきて、新しい友達や家族といえるような人たちと出会った。飾ることのない、ありのままの自分でいられた。
本当の自分を見つけ出すことができた。
自分の欲しいものも、どう生きたいかも見えた。
かけがえのない、あの短い数ヶ月間が私にとって宝物になりました。
思えば、直感で決めたワーホリ。
心が惹かれるままに動くことが、私にとってベストな道。
だからこそ、今選んでいる自分の道に対して、誰かが何か言ってきたとしてもそんなことはどうでもいい。
私にしかわからない正解があるのだから。

すれ違った人々と、Happy pride!と言い合う、これってほんとーに幸せな気持ちになるし、自分のことも誇れます。
自分のことが大好き!
自分の人生が大好き!!と言えるようになりました。
恥ずかしがらないで、もっとオープンに前を向いて生きていきたい😆😆

わたしの人生は、このカナダでのサバイバルワーホリから第二章が始まったように思います🇨🇦✨✨💛❄️

I love my life!!!と叫んでゆく一年にしたい。

続く・・・・・

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