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パリ6日目:1/29(mar.) 晴れのち雨そして雪

パリ6日目。フランス語は(哲学科で必修だったので…)大学時代に仕入れた言葉でしのいでいるけれど、話しかけると10倍くらいの量で返ってきて楽しい(のも最初のうちかもしれないけど)。アクセントの感じとかリエゾン的な現象とかグイグイ話してくれる感じとかが韓国語に似ていて一緒に勉強すると良いようにも思う。市内を流れるセーヌと漢江の形も似ている。今日も朝は晴れていて気持ちがいい。11時半からドゥマゴ賞の授賞式なので早起きして散歩し別のパン屋Le Petit Parisienを試してみる。クロワッサンと…と迷っていたら後からきたおばちゃんが「バゲット・トラディシオネール」というので自分もならって追加。紙袋にはいったバゲットを抱えて石の歩道をパリジャン気分であるいてホテルへ。隣のRépublique of Coffee(いつも混んでる)でアメリカンを調達して部屋で朝ごはんしながら日記。受付でコーヒーを置いてキーをもらうとき「(コーヒー)サンキュー」とおじさんがおどけてみせる。みんな陽気。

11時前に九螺さんたちのホテルへ向けて出発。東京で入れておいた小西康陽さんの仕事集「素晴らしいアイデア」を聴きながらサンマルタン運河の門まで歩いてストラスブール・サン・ドニ駅から乗車。小西さんの「やさしい日本人(本人のデモ)」が「や〜さしいにっぽんじん、にっぽんじん。はい・つ・も・いつもすぐに、すみませんという〜」と歌う中どんよりした車内の人たちを眺めていて日本に帰りたくなる。サン=ジェルマン・デ・プレ。ちょうど九螺さん古門さんもホテルから出てきて、歩いて3分の会場、カフェ・ドゥマゴに向かう。と思いきや、途中のキオスクでパリの写真ハガキに魅入られた九螺さんがハガキやら(いまはインスタのスクエアなやつもある)エッフェル塔のキーホルダーやら折りたたみ傘(なぜか3つ)やら次から次へと爆買いしだす。50ユーロ。店主も今年一番の売り上げがこんなにはやく東洋人からもたらされたことにビビっている。と、すぐ横の緑のベンチにすわって、それらを(傘も雨が降るから、と)古門さんとぼくにその場で配給。「また定刻まで時間が空いちゃうから、イベント」と九螺さん。たしかに11時半には少し早いけど、ドゥマゴに入る。

店の前には通訳の依田さんが待っている。毎回授賞式の通訳で、3年前もお世話になった。こちらの大学で歴史学の論文を書くのを中断していまは子育て中。なんと最長25年休学できるらしい(死ぬ人もいそう…)。ギャルソンが店の前に「ドゥマゴ賞」の立て幕を用意したり、なにやら「今準備を始めました!」な感じで回転扉のなかはワタワタしている。出版関係者というよりは緑の胸開きシャツに赤いスカート、毛皮モフモフなマダムや、茶色いコーデュロイのジャケットのムッシューなど、作品にあまり関心なさそうな(笑)カフェの常連さんみたいな人が集まってくるのも同じ。入り口近くに4人で陣取ると目にも鮮やかなおつまみとシャンパン(DELAMONTE)が波波に運ばれてくる。ドゥマゴ(Les Deux Magots)のオーナー、カトリーヌさんと、社長のジャックさんに古門さんからお土産のそうめんをあげたら今まで一番よろこんでくれたみたいで、「日本から来てくれてメルシー!」と歓待。目の前の席が8人の審査員席。といってもなにか特別なしつらえがあるわけではなく、普段通りのカフェの日常にみながいる感じ。店名の由来、2つの中国人形もみんなを見下ろしている。ぎゅうぎゅうの店内をギャルソンがシャンパンのお盆を背伸びして掲げつつ動き回り、カメラマンだかそうでない人も写真を撮りまくっている。古門さんがジュンク堂パリ店に手配していた今年の候補4作品を九螺さん依田さんと当てずっぽうしながら待っていると審査員席のおじさんが一人なにやら読みあげ始めるが突然拍手が起きたので発表があったのだ知る。シームレス。

受賞作はエマニュエル・ド・ワレスキエルさんの『Le temps de s’en apercevoir (それに気づくとき)』。歴史学者としても有名な彼が、BREXITやパナマ文章など、史実とアクチュアルな出来事とを照らし合わせながら、現代において歴史を知ることの意義を込めた一冊、らしい(文化村作成の資料より)。エマニュエルさんは1957年パリ生まれ。大手出版社のラルース者の出版編集部門や全集部門の編集長も歴任したというからすでに偉い人なんだろう。「歴史学者であるとは、現在に対し多大なる好奇心を抱いているということである」とは彼の言葉。3年前の受賞者は編集者と近くにいて向こうから歩いてやって来たのだけど、今回は気づいたら店内にいた。というか見た目が本の帯より10歳くらい老けていて気づかなかった…。歴史好きのおじいちゃん、という感じだ。なにかトロフィーがあるわけでも乾杯があるわけでも、受賞の言葉すらもなく(賞金はあったのだっけ)、審査員やドゥマゴの方々と「おめでとう、やあやあ、最近はどうだい」みたいな会話をしている(たぶん)。エマニュエルさんに古門さん依田さんが九螺さんを紹介して「おめでとうございます」を交わす。というか『神様の住所』をテーブルに置いていると九螺さんも独特のオーラがあるので「あなたたち、どうして日本から?」と問われるたびに「ル・プリ・ドゥマゴ・ジャポネ!」と打ち返していく。

店の前に出てエマニュエル+審査委員+オーナーのカトリーヌの記念撮影。誰も受賞作品の本を用意しておらず、というか本人も持っていなければお店にもない、付き添いの編集者もいない、というスーパー普段通りにカフェに来ました〜という流れのなか、古門さんの持って来た本が大活躍。本を手にした彼を中心に「ホギャルデ、モワ!」「ムッシュー、アトンシオン!」のフォトセッションだけがなんか本物っぽい。「ソレイユがまぶしい」とカトリーヌ。「古門本」に当たり前のように堂々とサインするエマニュエル撮影会も始まりだして、あれ、ぼくらが用意した本なんだけど…、となんだか笑ってしまう。途中、その本を撮影していく参加者もいたし、使用料取れましたね、と古門さん。『神様の住所』を手に持った九螺さんも加わり、日仏ドゥマゴ賞受賞者の全体+個別撮影。ドゥマゴの緑の庇と九螺さんのドレスの黒、本の黄色が陽光に映えている。この証拠写真(と本賞受賞者のサイン)がないと古門さんは日本に帰れないらしいです。寒いので店内に戻ると、依田さんが頭にシャンパンの洗礼を受けていた。再びエマニュエルさんがこちらにやって来て、九螺さんが『神様の住所』に「Be Happy! Have a fun!」といつものサインをしてプレゼント。最近マリー・アントワネットについて書いた本が日本でも出ましたと言うので調べてみたら『マリー・アントワネットの最後の日々(上・下)』が去年原書房から出ていた。今度読んでみよう。彼のサインには「国境のない文学、友情を持って」とフランス語で書かれていた。

ご飯が出るので(ガラスに遮られた)テラス席に移動しようとすると、84歳の目のショボショボしたご老人とそのパートナー?らしき赤髪のマダムが横に座ってくる。「ワタシはニホンにいったことアリマセンがベンキョウしました。オズとクロサワがトテモすきデス」とご老人が畳かけてくる。「授賞式は初めてで」とご老公、「去年も来たでしょ」とマダム。こちらのカタコトフランス語も素通りして「La vieille!(老婆)」「La guerre!(戦い)「Le piège!(罠)」と三段落ちの連射砲撃、「オニババ!」「Le film!」とひたすら繰り返されるがわからない。日本映画のフランス語訳はまったく別ものになったりするので(『万引き家族』は『家族の事情』に)『砂の女』ですね!と答えたけど正解は新藤兼人監督の『鬼婆』だった。老婆!戦い!罠!をすり抜けてテラス席で4人で食事(途中で6区の区長もやって来て九螺さんと撮影するが、ご飯がてらただのぞいてみた感じだった)。周りは審査員、ドゥマゴ関係者でギャルソンが通るのもやっと。ドゥマゴオリジナルのシャブリ、アボガドとカニのタルタル、鱈のソテー、最後にチョコのタルト。依田さんにフランス生活事情を聞きながら。2歳のお子さんがいる依田さんが保育所で迎えは(フランス人)の「夫が…」と言ったら不穏な空気が流れたらしく、婚姻関係も事実婚もフラットなフランスにおいては「パートナー」ではなく「夫/妻」などと言うと積極的に婚姻制度を前提しているように取られるという。保育所の不足はこちらでも深刻だが認可かどうかふくめ手当にもバラエティがあるようだ。「最近では子供にママのフランス語の発音悪いって直されます」と依田さん。何か言われるととりあえず「なぜなら!(Parce que!)」と大した理由もないのに言い返すようになってしまうのではとちょっと心配している向きもある。あ、そういえばあの「オニババ!」のご老人、たしか去年もいて同じこと言ってましたよ、と(笑)。帰ろうとすると昨日の交流会にも来ていた小太りのおじさんがやって来る。「ここに来たらいるかなと思って」来たらしい。残りもののデザートを自然に食べ始める。パトリックさんという、映画祭も取材したりする映画ジャーナリストらしいが、ただの親戚のおじさんにしか見えない。するとそこに正反対に健康状態が心配になるような細身の男性がやってきて、待ち合わせしていたらしい。職業を聞くとGénéalogisteというので「?」と困っていると箱から何やら家系図のようなものを取り出す。どうやらパトリックさんの家系を6代遡って調べた本物の家系図で「系譜学」というのはそういうのを趣味でやっているそう。ずっとカフェにいてしまいそうだが九螺さんも帰りたそうなので退席する。日本人からみれば準備不足のグダグダにしか見えない(今年で86回目なのに!笑)授賞式というか発表会ではあるけれど、あくまでいつも通りのカフェの風景の延長線上に賞がコロンと置かれ普段通りの会話のラッシュが何事もなかったようにかき流していく様は美しいとも言える。日本でもこのスタイルでどうですか?と古門さんに聞くと「無理です(笑)」と。

サン=ジェルマン教会の前で依田さんとも別れ、九螺さん古門さんは別行動。雨もぱらついてきて急に寒くなった。僕はひとり近場のカフェでカフェ(と言うとエスプレッソのこと)を飲みながら昨日の日記の続きを書き、ビュシ通りへ。お土産におすすすめなチーズ屋やワイン屋もあるのでは、と依田さんから教えてもらった。Nicolas(ニコラ)というパリのどこにでもあるワインショップで20ユーロ前後で買える店員さんおすすめのピノ・ノワールを買って、その先のサン・ミシェル広場前にある大手書店Gibert Jeune&Josephへ。会社のフランス語のテキスト課からいくつか資料を買って来てほしいと頼まれていたので。黄色い庇が目印。まずはメイン館?に入り、Marie ColmontとTomi Ungererの絵本をいくつか。こちらの絵本はだいたいみな上製の大型本と小ぶりな(中綴じ)の簡易版がある。後者を購入。本のいくつかに「occasion」というシールが貼ってあるのでなんだろうと思って調べたら「中古」のこと。上の文学フロアに上がってみると文芸書はだいたいどれも新刊が四六〜A5判ほどのペーパーバックでだいたい15〜20ユーロくらいで売られているのだけれど(見た目にしては高く感じる。文庫というかポケットPoche版はもっと廉価)、その面出しの2〜3割は「occasion」と貼ってる古書で、1冊とった下にはシールの貼っていない新品がある(中には「occasion」が複数あるものも)。値段を比べると「occasion」のほうが5ユーロ前後安い。いわば古書と新刊を一緒に並べる、いわばブックオフ+紀伊国屋一体型。棚差しは8割型古書もある。あとフランスの本はデザインに色気がない。(ガリマールやミニュイといった版元の)ザ・文芸書は表紙にタイトルと著者名が印刷された岩波文庫のような装幀だし、帯もただ著者の名前が大きく入っているだけで意味あるのかな〜と思ったりする。絵柄を使うとしてもイラストや写真を入れて、その上のタイポで遊んだりしない。日本の書店売り場から見るとこちらがほとんど茶道か華道のような感じ、などと考えつつPoche版の日本語書籍売り場で『銀河鉄道の夜』(フランス題:Train de nuit dans la Voie lactée(銀河を走る夜の列車)を買う。このmotifsという版元の装幀は例外的に良い。俳句の本はいくつかあるが短歌はあまり見当たらない。

次はフランス語教材の資料。この本屋はジャンルごとに別館があり、ウ・エ・ル・マガザン・ド・マヌエル・リンギスティク?と聞くと道を渡った6へ行けとあしらわれる。強まる雨の中なにやら労働デモが行われている。画像を見せながら3冊とも購入できて店を出ようとすると、自転車の女性とちょっと接触したらしき男性がなにやら不必要に罵り合いを始め、さっきのParce queを思い出す。Fromagerie(チーズ屋)で近くを検索して向かう途中にいわゆる「いやげもの屋」がありつい長居してしまう。エッフェル棟とマカロンとカマンベールが「PARIS」とカラフルにまとめあげられているマグネット4つで10ユーロ。中国人の方がやっていてアジアンセンスに勝手な仲間意識。チーズ屋はFromagerie Laurent Duboisのモベール・ミニチュアリテ店で入ったとたん猛烈なチーズの匂い。わからないのでブルーチーズとカマンベールのおすすめを聞いて言われるがままに小さなポーションで買う。結構親切。味見もできてトリュフのチーズが抜群に美味しかったけど1キロ100ユーロもする。朝食用にとリコッタみたいなクリームチーズ。「サワー」がわからないらしく、見習いの移民系らしいスタッフに聞いている。「彼女はフランス語、私は英語を教えあっているの」。

ホテルに戻りどさっと荷物を置いたところで少し仮眠。夕食は渋谷のロス・バルバドスのお二人にいくつか薦められていたアフリカ料理店のうちOsè Africa(最近はこうしたアフリカンの2世や3世がファーストフード要素もあるモダンなレストランを始めているよう)が近かったので頑張って出る。外は雪の形が見えるくらいに降っていてかなり寒い。店はなぜか閉まっていて次善の店もことごとく閉店、結局サンマルタン門近くのレバノン料理屋へ。チキンのケバブとファラフェル、ケールとトマトのサラダに1964ビール。「レバノン料理は始めてかい〜?」の質問にも寒くて元気が出ない。ずっとイヤホンで誰かとアラブ会話しているし。3駅くらい先の一風堂に外国でのラーメン経験として行ってみようかなとも思ったけど、道路もビショビショになってきたので、でもなんだか夜がもったいなくて近場のおしゃれバー Copper Bayでモヒートを一杯だけ飲んで帰る。靴もだいぶ濡れてしまった。途中にこんな夜にも満席のボードゲームバーがあり窓から盗撮してボードゲーム好きの編集部スタッフに送る。彼女がパリ予習用にくれた『ベルサイユのばら』第5巻(だけ)を読みながら寝る。テレビ中継ではもう15センチ積もったところもある、とうれしそうだ。

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