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ソウル11/15-16: Unlimited Editionからイテウォンの夜まで

「おまえ、知ってるか? 心臓ってのは左じゃなくて真ん中にあるんだよ」。機材を返しに行く車中、社の先輩が右側から教えてくれる。知らないふりをした、けれど、本当のところは見たことがない。こんなに近くにあるのに、どうしたら確かめられるのだろう。フロントガラス越しの東京タワーが背景布のような青に赤の輪郭を突き刺していた。

その1週間後、韓国のソウルに向かった。今年も3回目。ホンデ の7番出口を出ると冷たい風雨で心が折れそうなる。が初日から売り切れてしまうものもあるので今日行っておいたほうがいい。今年で11回目となるUnlimited Editionことソウルアートブックフェア。通称UE11。独立出版物の祭典。ホンデ (弘大)からはコンデ(建大)乗り換えでトータル4~50分かかる郊外なのに会場は人で一杯、とはいえこの悪天候で金曜の夕方だからか通年より人が少なく感じる。1階と2階、じっくり1時間ずつかけて回るなかに韓国と日本の知人出店者にたくさん会う。今年は通路が広くなっているような気がした。アートディレクションは毎年がらっと変わるが毎年素晴らしい。が売れるものは雑貨性があってキヨウォ(かわいい)なZINEや印刷物がメインでアート性の高すぎるものはあまり売れない(ように思う)。良いと思えば迷わずすぐ買う、その判断の速さが熱気を支えている。会場で会ったタバブックスの宮川さんと一緒にホンデまで戻りグーグルマップに記しておいたマッコリ店「ヌリンマウル醸造場」(春夏秋冬それぞれに醸造されたマッコリが店内の醸造樽に。出てきたのは「春(ポム)」だった)に行ったがやはりビールが飲みたくなって「ワールドビアオブソウル」とかなんとかいう店で飲み直し。暗いテーブルの上で戦利品のお披露目合戦が始まる。寒くてバスタブに湯を溜めた。

2日目は晴れ。仕事をしようと宿の近くに「Coalmine」というコーヒーショップに入る。1杯550円もするけれどおいしくて雰囲気も素敵で原稿やメールをチェックしているうちに気づけば15時前。宿の隣の「百年土種参鶏湯」でエゴマ入り参鶏湯。濃厚なスープが美味しくて1羽平らげてしまってお腹が苦しい。ちょうどオフタイムでオモニたちが隣のテーブルに陣取って一斉に昼のまかない。それもおいしそう。こういう店ではオモニたちはたいていピンクとか赤の派手なエプロンで、オーナーらしき男性はユニクロ的なスポーツウェアでその対比が面白い。あとで調べたら人気店だった。ツイッターの韓国トレンドを見ると「オニギリ」とあってBTSのジミン(というメンバーがいるらしく…)の耳まで伸びるふわふわ帽子と黒マスクがたしかにおにぎりだった。ホテルで少し横になったあと夕暮れ前のホンデを散歩で突き抜けて雑貨屋の「オブジェクト」へ。昨日UEのブースでゴミ(韓国語で「スレギ/쓰레기」)をテーマにしているJust Projectの面々に会って、パリで財布をスられて以来財布として使っているミニポシェットがここで売っていると教えてもらったのだった。ラーメンやスナックのパッケージを規則的に編み込んだ名刺大のケース。「あと3つはほしいんだ」と伝えると「セゲ?セゲ!」と大喜びしてくれた。若い女性の波をかき分けて辿り着いた先で熟考し2つ購入。これであと2年もつだろう。商品名は「I was foil」とあった。そのスられた蚤の市に著しく雰囲気が似ているトンミョ(동묘/東廟)のフリーマーケットはもう遅い時間なので諦めて、そこから歩いてすぐの雨乃日珈琲店へ。今日は清水(博之)さんだけでなく亜紗子さんも。カウンターでハンドドリップのブレンドを頼むとできたばかりの「雨乃日通信」第3号をいただく。清水さん手作りのフリーペーパーなのだけれど、B3裏表に日韓バイリンガルで最近の日記からグルジア、サハリン旅行記まで情報がぎっしり(で毎回その量は増えている)。ホンデ のジェントリフィケーションに歯止めはないようで「近辺も空き物件だらけですよ」と清水さん。そのなかで9周年を迎える雨乃日珈琲店はすごいと思う。「日本でいま流行っているものは?」と亜紗子さんから訊かれ「天皇」と答えると、提灯をかわいらしく上げる仕草が返ってきた。
20時の待ち合わせに向けて体感はいつも45度なヘバンチョンの坂をタクシーで登っていく。そこに静かに灯るオレンジ色の光が文学専門店のコヨソサだ。店主のチャさんとTHANKS BOOKSのイさんと落ち合って「ピザか焼肉」の選択肢の先に出てきた「꿈(夢)&Fun」という店へ。壁一面にイタリアワインがずらっと並ぶ、チャさんの行きつけ(タンゴル)みたいで、サービスの果物が最初に大量に出てくる。ワインはどれも少し空いているボトルから10種近く試飲させてもらいそれだけで酔っ払うのだけど、グラスで提供したワインもボトル的に(バッファローの角みたいな瓶に入れて)提供してくれるこのシステムがいいなと思う。UEとK-BOOKフェスとアジアブックマーケットなど、ブックフェアの比較話をしているうちにお腹もいっぱい。サラミのピザとエビのパスタがおいしかった。飲み足りずシンフン市場の「GIL BAR DAK」へ行くとモフモフした大きな白い犬が出迎えて、日本の作家だとチャさんは江國香織ほか、イさんは奥田英朗ほか、と、そこまで幅を感じさせる韓国語の作家の名前がすぐに言えない自分が恥ずかしくなる。ここシンフン市場はこの1年間でコーヒーショップやタイ料理店や写真館やゲーセンなど個人がどんどんお店を出している。コヨソサができたことも関係しているようにも思う。
「ホンデ へ」とタクシー運転手に伝えてくれたイさんを少し裏切って、イテウォンのクラブ「soap」へ。年齢制限があって入れないのでは?と言われていたがパスポートを見せたら入れた。2年前、UEに一緒に出たチーム未完成のみんなとイテウォンのクラブめぐりをするも日曜ですべて閉まって泣く泣く「cake shop」の前でTTポーズの写真を撮った12月を思い出す。中は満員で、店員がマイクパフォーマンスみたいにビールのボトルを渡してくれる。DJも当たりだったようで、土地柄かアラブの要素も入ったR&B&HipHopミックスな感じで踊っているうちにどんどん前に行ってしまう。写真を撮るとソファーの上に立って踊る女友達の側でカップルが長いキスをしていた。外に出ると3時前だというのに欧米系や中東系入り乱れての人とタクシーのにぎわい。食欲がおかしくなってトルコ人のやっているSubway感あるケバブを食べたらそのままあっさり食べられて締めにちょうどよかった。つかまらないタクシーをなんとか抑えると「これでも今日は人が少ないほうだよ」と運転手。手首に刻まれた「soap」の滲むスタンプを撮ってから洗わずに寝た。(続く)

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