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【昔話】その背中に秘められたもの

ふと、昔会った一人の女性を思い出した。

彼女との出会いは私が20歳になる年の春だった。


マルチ商法というものをご存知だろうか?

マルチ商法(マルチしょうほう)あるいはマルチレベル・マーケティング(MLM, multi-level marketing)は、会員が新規会員を誘い、その新規会員が更に別の会員を勧誘する連鎖により、階層組織を形成・拡大する販売形態である。正式名称は連鎖販売取引で、その通称である。表向き合法であるマルチ商法を謳う組織でも、違法となるネズミ講と判断された事例も多い。

Wikipediaより引用

私は当時、飲み会で知り合ったアパレル系男子と「家が近い」「なんとなく気が合った」ということで友達になった。2人で会ったり、お互いの友達を紹介したりしたが、最後まで男女の関係になることはなかった。この男子、渡辺いっけいさんに似ていたので「ナベ」とします。

ナベから久々に電話がかかってきた私はマルチ商法に勧誘された。怪しい、怪しい、と思いながらも、どんどん流されていき、気付いた時には、毎月バイトを掛け持ちしても利息しか返せない程の借金を負い、友だちを失い、最後は心も身体もボロボロになった。毎日部屋に引き籠り、肌は荒れ、体重は10キロも増え、デブでブスな20歳の出来上がりだった。


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引き籠っていたある夜中、私の携帯が鳴った。電話の相手はマルチ商法で知り会った「えみこさん」という2歳年上の元アパレル店員の女性だった。

「お疲れ様でーす」

夜中2時なのに明るい声だった。私は子どもの頃から現在まで、夜は10時半には寝る人間なので、マルチが主に夜中に活動することにもうんざりしていた。

「アヤちゃん、マルチ辞めたんだって?私も辞めたよー」

えみこさんは、私の上がナベで、その上の上に位置する存在だった。ナベが一時期成功して300万円程稼いでいたので、その上のえみこさんもさぞかしウハウハな状況かと思いきや、結局蓋を開けてみれば私と同じように借金だけが残り、しかもその額は私よりも一桁違っていた。

「アヤちゃんとナベってどうなの?皆で噂してたんだよ。いつも一緒にいるけどあの2人はどういう仲なの?って。」

マルチをやっていた時は「アップ」「ダウン」というような、上下関係を意識して敬語を使うのが常だったが、よくよく考えてみたら20代前半の男女の集まり、ざっくばらんに話せば気の合う人の1人や2人見つかるものだった。

えみこさんもそのうちの1人だった。


***

「俺もマルチやめたよー」

あんなに稼いでいたナベからの電話だった。
「これ以上関わると命を狙われる」
と言い放ったナベの言葉は、あながち冗談では無さそうだった。

ナベは当時21歳、たった3ヶ月でマルチの頂点に上り詰め一気に大金を稼いだが、ナベの下には何人もの人が自己破産をしていたのも事実。

「命を狙われる」と言ったのは、その自己破産した人達からか?それとも目を付けられた幹部の連中からか・・・?



私はえみこさんとナベ、両方からちょくちょく飲みに誘われるようになり、どうせなら3人で会おうという事になり、私は引き籠りから少しずつ外に出るようになった。

しかしながら、ナベとえみこさんはマルチ時代からもそんなに仲が良くなかったので、お互いを嫌うようになり、そのうち3人で遊ぶのをやめてしまった。


**

そんなある日、また夜中にえみこさんからの着信があった。

「アヤちゃん?私・・・もうナベとは会わない。それと、アヤちゃんにも会わないよ。アヤちゃんは就職も決まったし、これからは私たちとは別の世界でまっとうに生きていくんだから。これを最後の電話にするね。」

「えみこさん・・・わかりました。一時でもえみこさんと仲良くなれて良かったです。その背中の刺青、私は一生忘れません。」

えみこさんの背中には、大きな鳥の刺青があった。最早タトゥーと呼べる大きさではない、それは背中一面、何時間もかかったと言っていたが、どんな気持ちでその痛みに耐え、どんな理由で刺青を入れたのかは知る由もなかった。

「ありがとう。私もアヤちゃんの事、結構好きだったよ。こんな形で出会いたくなかったね。これからアヤちゃんは、、、色んな事があるかもしれないけど大抵の事は大した事無いから。
私のこの背中の刺青の理由教えてあげよっか。
私ね、実は処女喪失の相手が・・・

ビックリでしょ?そんな人いるんだって思うでしょ?死にたかった。死にたかったから、生まれ変わる為に背中に刺青を入れたの。
ね?アヤちゃん、大抵の事は大丈夫だと思えるでしょ?だからさ、頑張ろう。これからお互い頑張ろうね。」

(えみこさんから聞いた話は壮絶だった。とてもじゃないけど、ここで書ける内容ではないのでどうかお察しください)

その電話を最後に、私はえみこさんの番号とナベの番号を着信拒否設定して、着信記録も全部消した。


それから何年経っても、私はえみこさんの事が忘れられなかった。
なぜ私にあんな話をしてくれたのか?「特別だよ」と言っていたけど・・・多分私の事を心配してくれたのかもしれない。
マルチ商法で、巡り巡って私にたどり着いてしまった事への謝罪の意味も込められていたのかもしれない。



~あとがき~

この世の中は回っている。

誰かが何かをすると、それは円のようにぐるりとどこかで回って誰かに波及する。誰が悪いかでは無いし、自分だって悪くない。勿論、えみこさんが悪い訳でも無いし、ナベが悪い訳でもない。

ただただ、ぐるりと回って自分の所に回ってきた災難、そして縁だっただけに過ぎない。

しかしながら、人生46年生きてきて今の自分があるのは全ての経験が糧になって、その全ての事を受け入れるべきだと思うけど、どうしても19歳の時のこのマルチ商法の経験だけは受け入れられない。人生1度戻れるなら、この経験だけはしたくなかった、この経験だけは避けて通りたかった。私にとっては本当に辛く悲しく悔しい思い出だった。

ただ、そんな中でもこうして私の中で覚えているのは、最後には巡り巡った人に救われたという事。辛い思い出だけど、最後にはそれに関わる人から励まされ救われたということ。


人は人で傷つけられるが、人は人で救われる


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