身体症状症 概説とサテライト型包括的医療の提言②症例1 OriHimeオペレーター”さえさん”より

身体症状症の治療を行うのが、精神科である、ということに、多くの方は驚きます。
残念なことに、精神科というのは医療技術職の中においても、いまだに誤解の多い部門であり、これが患者さんが身体症状症の治療にアクセスするハードルを上げてしまっている要因でもあります。当然患者さんも「なぜ体の具合が悪いのに精神科に行くのか」「確かにからだの具合が悪くて参っているが、それをうつ病扱いされたのではないか」という誤解もあるし、「具合が悪いところへもってきて、やれ生まれ育ちがどうだ、性格はどうだだの内省なんてしていられるか」とお怒りになってしまうこともあります。
OriHimeオペレーターのさえさんがお答えくださっていることが、まさしく患者さん本人の思いであり、精神科に繋いだ医師や看護師・副次医療職(公認心理師や臨床心理士、柔術整復師や鍼灸師、何等かのセラピーに関わる医師以外の治療に関わるすべての方)の所感と通じるところがあります。
「身体の疾患ではなく、精神科の領域の問題だったんだというのは、私にとってはすごくびっくりしたんですね。ずっと家にいる生活はたしかにストレスで、気持ちのアップダウンはありましたが、基本的にずっと就労意欲はあって「外に出たい」と思っていましたし、検査をしてもうつ病などのような気分障害は当時はなかったので。
でも同時に、病名がやっと特定して、ほっとした気持ちもありました。」
*soar 2023年11月14日
家にいながらカフェで働く?分身ロボット「OriHime」を通して仕事をする、身体症状症当事者のさえさん
https://soar-world.com/2023/11/14/09/

さえさんの場合には新卒さん早々から10年に及び原因のはっきりしない体の不調が出続け、改善せぬまま休職期間満了となり失業、からだのあちらこちらの不調のシュープ(急性の再燃)にしばしば苦しまれ、いきついた受診先が大学病院(総合病院)であったこと、重篤な症状が出て入院(原因のはっきりしない重い胃腸炎と倦怠)となったことから、総合診療(さまざまな科に主治医が紹介をして意見を求めること)にようやくひっかかりました。
症状だけ挙げていってみれば、まるで何等かの全身性の自己免疫疾患(膠原病のいくつかのように、自己免疫疾患があって、その結果として臓器や組織が炎症や機能障害を引き起こすもの)のようにも思われるほど大変です。実際ご本人は「病院以外は家で寝ている」暮らしを長年余儀なくされていました。
この入院先が総合病院であったため、他の身体各科への紹介の最後に精神科への紹介もなされ、身体症状症に知見のある精神科医に出会い、ようやく専門的治療が開始されることとなります。
現在も多くの症状を残しながら、強烈な症状をやわらげ、生活上の工夫をして、出来ることを増やしてゆく。さえさんの場合は、それは15年間ずっとしたかった就労であり、分身型ロボットを通して数時間単位から務める、というのは、実に革新的でり、同時に治療促進的なことでもあります。
というのは、身体症状症の場合、服薬や生活上の助言、専門的な心理療法などによってある程度の症状緩和をはかり、じわじわと「不調はあるのだが、したいことができて、その間不調にふりまわされずに過ごした」時間を増やしてゆく治療をするためです。
それくらいに、からだ、病というのは時としてしぶとくデリケートなものなのです。一方ではQOLの向上、もう一方では①項で示した、脳内のバーストへの対策でもあります。
「不調は知覚すればするほど、強く感じられるものであるし、それによってゆううつ感も出てくるし、不安になって考え事をしていれば頭に血がのぼって、手足は冷えるし、そうなると免疫や回復力を下げるし、ゆううつ感であることが今度は不快刺激(暑さ寒さ、痛みかゆみ、倦怠感など)を感じやすくする」という感覚のルートがあり、本来は生体に養生の行動をさせるための仕組みなのですが、諸々の心配がある中で、誰でも居直って養生ができるものでもないのが実態です。更には、養生していようにも身の置き場がないほどに具合が悪すぎる、というのが身体症状症です。
従って、「調子が悪いながらも、ひょっこりほかのことを考えていて、それに集中していた」時間を脳が学習していることの持つ回復効果は強力です。要はバースト現象自体のケアをしながら、注意を他に、他に、と向けることで、バーストに更に油を注がないようにしてゆくような機序を何とか身辺に揃えていく方法です。
この仕組みを身体をベースにストラテジーにしているのが、ペインクリニックの手技や、心理技術職が行う身体症状症の方のための認知行動療法ですが、就労支援も含めたさまざまな専門家の価値観や専心のクロスオーバーするところをお互いに共有して患者さんへの包括的な治療として提供し、かつ、注意と責任とやりがいを求められるような、持病を理解していただいた上で個別の配慮があるような就労が可能である、というのは、身体症状症の転機(治療をしながらの経過)の上でも、かなり最強です。
どれくらい最強であるか、というと、心身医学の観点からみると、就労を果たして仕事と生きがいを持ち、それは結果的にリハビリにもなっていて、更に症状への治療的な効果が日々期待され、この一連において関わっている各所がなだらかに連携をしていて、全各所の機能につき患者と一緒に全体管理をしている人がいる、というくらいに最強です。
特にリモートワークでありながら、対人的関わりがある、という就業は、対人的やりとり、同僚との相談といったソーシャルサポートがあるという点からも、身体症状症の回復の点からも最適です。
というのは、身体症状症は、脳のバーストが結果的に起きてしまったことのバースト状態への治療をするのですが、実は原因の詳細はやっぱり不明、未解明なことがとても多いのです。
神経系統のイベント(不調の、事象の発生)があるので、日本のように四季があり、1年の中で最低気温と最高気温、乾湿度の差があるところは、自律神経系にきびしい場所でもあります。
ラッシュ電車やオフィスの空調による、気温・乾湿度差という自律神経系への負荷が減ることは、それだけで回復に廻るエネルギーを増やすような効力を持ちます。
この自律神経系は中枢(脳)から体のすみずみまで行きわたっていて、本来は次々と変わる外的環境から生体を守る(熱を出す、リラックス感を喚起する、眠らせる機能など、全身のイベントに自律神経は関与しています)機能を担っているのですが、その詳細な仕組みも未解明の部分が多々あります。このため、一般身体各科でも精神科・心療内科でも「不定愁訴」とい用語が用いられていた経緯があります。

「わからないなりに、未解明の部分が多くあるなりに、改善・回復の手立てがある。同時に症状にふりまわされずに、出来そうなことを増やしていく。」これが身体症状症の治療のコツです。このエッセンスは何時でも医療技術職と患者さんが再確認と共有をしていた方がいいですし、患者さんのご関係者にもそっと知っておいていただきたい事柄です。
なので「不調をきっぱり治す」ではなくて「症状を和らげて、不調対処や回復促進的な環境にリーチして、できることをどんどん増やしていく」必要があり、さえさんのような『家にいながらカフェで働く?分身ロボット「OriHime」を通して仕事をする』障害者雇用での就労のご選択の賢明さには、学ぶことがたくさんあります。症例からみた治療論や包括的医療の在り方もそうですし、ITテクノロジーとの正の共存といったことまで様々な示唆に富む貴重な発信です。

*参考文献
岡田宏基 「医学的に説明できない症状って?」
一般社団法人 日本心身医学会 コラム心身医学

村松公美子 身体症状症および関連症群の認知行動療法
2018 心身医学 vol.59 No.6

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/59/6/59_544/_pdf/-char/ja


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