〖余談〗の時間 その伍


 どこのどの飲食店もそうでしょうけど、ほんとに色々な人がやってきます。中には私の前で堂々と、

 「俺にもたこ焼屋だったらできると思うねん。」

っと呆れるほど失礼なことを言ってくる人もいます。でもそういうタイプじゃないちょっと不思議な方もおられます。

 創業当時、最初の店は店内の狭い待合スペースに2~3人なら入ることができました。その席の位置は道路(歩道)に面した窓に向かってたこ焼を焼いている私を右側面から見る場所になるのですが、そういった位置関係なのでお客様と話しながら作業をすることがよくありました。
 とある日、午後7時頃、一組のご夫婦が来店されました。年齢は50代半ば、男性は仕事終わりなのかシャツにネクタイ、短めの髪はポマードで7:3、ちょっと融通が利かないような真面目な感じです。ただ、下半身はスラックスじゃなくジャージ、それに革靴。

 『う~ん... なんんだろう? どういう人でどういう状況なんだろう? 』

っと不思議な世界観にひっぱりこんでくるような御仁でした。

 とは言え、どんなお客様でもやることは同じです。ご要望の通り調理を始めていると、やがて夫さんが話しかけてきました。また、奥さんも相槌で加わります。

 夫「私はタコに関しては一般の人と違うんですよ。」
  「この前もヨーロッパでタコの食べ方を教えてきたところですわ。」

 私「えっ、はぁ。」(何や、何が始まるんや?)

 奥「あんた すごいなぁ。」

いきなりの展開に私は目が点、それなりの人生経験を自負していましたが対処が上手くできませんでした。その後も、

 夫「タコはどこの産地ですか?」

 私「山口の瀬戸内です。」

 夫「そうですか、あの辺りもよく獲れますなぁ。」

 奥「あんた すごいなぁ。」(いや、これは別にすごくない。)

 夫「タコと言えば日本人は明石!! 明石!! と言うけれど全国で獲れるからねぇ。」

 私「はい、そうですね。」(当たり前なんですが。)

 夫「明石は海流が激しいからね。肉が締まって有名なんですよ。」

 私「そうらしいですね。」(言われなくても知ってますが。)

 奥「あんた すごいなぁ。」(あんたさっきから何やねんっ!!)

こんな風に実に内容が薄い、しかも安っぽい夫婦漫才が展開されていました。ところで、この男性、まったくもってどういう身分なのかは話しません。先の服装が相まって益々変な空気が店内に広がります。『水産会社に勤務している』とか『その筋の役人』、『商社』なら理解もできるのですが、まったく自分のことは言いません。また、この奥さんも何でしょう? すごいキャラですよ!! かなり頭がいいのか、もしくは悪いのかのどちらかでしょうね。そして夫さんのリサイタルはその後も続きますが、

 夫「タコはどういう茹で方をしてるんですか?」

っと少し立ち入った話を始めました。もちろんそういう部類の話はとりあえず企業秘密(実際は『営業秘密』というらしい)なので、

 私「まぁ自分なりに工夫してやっています。」

と無難な対応をしたら...。夫さん自分の膝を『バシッ』っと叩いて立ち上がり、私に向かって『ビシッ』っと腕を伸ばし、更に指さして叫びました。

 夫「ワシが教えたりますわぁっ!!」

いやこれが、本当に大きな声でございまして... かなり驚きました。私は何一つお教えをいただくつもりはないのですが、夫さんは

 夫「鍋は○○で、お湯に漬けたら△△で...。」

 私「ああ、そうですか...。」(普通なんやけど、特別なこと言ってないけど。)

 奥「あんた すごいなぁ。」(もうええわっ!!)

別段、特に参考になることは何もなく、ちょっと考えたら思いつく内容でした。なんにせよ初対面で

「私はタコに関しては一般の人と違うんですよ。」

と言い、その上どういう立場かを話さない下半身ジャージのオッサンに、どうリアクションしろっ!? といった感じでした。それにしても奥さんもすごい。 


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