【産 地】


 タコ(マダコ)の名産地は全国に結構あります。兵庫県の明石は特に有名ですが西日本では岡山の下津井、広島の三原、山口の周防瀬戸、熊本の天草、中部は愛知の日間賀島、東日本では宮城の志津川といったところがよく知られています。私が西日本以外の産地をよく知らないだけかもしれませんが、確かに瀬戸内海が目立ちますね。特に有名な明石のタコなんか現地では『立って歩く』と言ってそのブランドを強調していることがあります。その理由は潮の流れが早く岩の起伏が大きいため踏ん張って生きているからだそうです。確かに瀬戸内海とりわけ明石海峡の潮の流れは速い。でも瀬戸内海には明石海峡に勝るとも劣らない潮の速い海域はいくらでもあります。徳島の鳴門海峡なんかも渦潮で有名です。明石よりダイナミックな流れではないでしょうか?
そこで、ちょっと一考。瀬戸内海の島々の周りには潮の速い岩礁帯はいくらでもあります。潮の速さだけを理由に明石のタコを高評価するのは無理があるのではないでしょうか? 下津井、三原、周防瀬戸とタコの有名産地は幾つかありますが、明石にひけを取らない産地は本来これだけではないはずです。つまり何が言いたいかと言えば、基本的に良質のエサが豊富な海域であり、且つ一定以上の潮流のある漁場ならばどこのタコも美味しいのではないかと思うのです。そういう場所だからタコも多くいて、そういう場所だからタコを獲る漁師さんが多くいるわけです。明石も潮の速さだけではなく、海域そのものが豊かだからタコもその他の海産物も旨いのだと思います。

また仕方がないことだとは思いますが『有名産地』というもの、それこそが大事なのでしょう。そう、ブランド力の問題です。『その産地が有名』と人々に知られていて意識されることが大事なのでしょう。極端に言えば、

『タコの評価、質よりもブランドであるかどうか?』

の問題なのでしょう。だっておかしくないですか? 瀬戸内海の山陽側ばかりブランドタコがあって四国側の徳島、香川、愛媛に何故ブランドタコがないのでしょう?

明石や下津井のようなブランド産地は、大都市に流通し易かったとか、歴史的有名人が好んだとか、何等かの特別扱いを受ける理由があったのではないでしょうか? もちろん役所や漁業組合のブランド戦略が功を奏した例もあるでしょう。それはそれで立派であり、苦労も多かったかもしれません。

一部の関係者に失礼なことを言うかも知れませんが、実際、明石のタコと他の国産タコと味比べして差を言い当てられる人はいないのではないかと思います。余談ですが明石のタコは1963(昭和38)年に絶滅しかけたことがあります。寒波で海水温が下がったのが原因とされ、その際熊本の天草や長崎の五島列島から抱卵した雌タコを持ってきて放流して凌いだそうです。当時明石の漁業関係者の中にはその頃からタコの味が落ちたなどと言う人もいたそうです。助けられたのにそんなこと言うのはどうなんでしょう? 正当な評価をしたのかどうかも疑わしい。初めから『味が落ちた』と決めつけている可能性も低くないと思います。天草、五島列島の関係者は今の『明石のタコ』というブランドをどう思っているのでしょう...。

とにかく私としては産地も大事かもしれませんが、それ以上にタコの質の良し悪しを左右するのは別の問題があると考えています。大きく分けてその理由は2つです。

まず第一にそれは水揚げされたあとの処理、つまり〆方です。鯛や平目、シマアジなどいわゆる高級魚の場合。水揚げした浜では丁寧にその魚を扱います、急所を突き、血を抜く。そう活〆です。今では神経〆も行われています。これはもちろん高級魚だからその価値を下げないようにするためです。ところでタコはどうなのでしょうか?

基本的に地元の一部以外に流通する『その他大多数のタコ』は冷凍されます。産地の浜からは『活かしたまま』といったような特注以外は地域の漁協や業者の冷凍庫に保存され全国に発送されます。冷凍の状態は板状のものが多く10kgが一般的です。ふちのある金属パレットの上に風呂敷状のビニールを敷きその上にタコを並べて全体をビニールで覆い冷凍します。冷凍焼けを防ぐためです。では冷凍する場合、どうやってタコを〆て並べるのか? 今まで仕入れたタコで知った限りでは、そのパターンは大きく3つに分類されます。

1.『何もしない、〆ずに生きたままパレットに並べる』
これには驚きました。実際届いたものを見た時はスターウォーズのハン・ソロがジャバに捕まって冷凍されたシーンを思い出したものです。生々しいというか、今にも動き出しそうなそんな感じがしました。そしてこの方法は意外と思われるかも知れませんがタコの価値を損なわない一つの方法です。ただし、タコが動こうとしている状態そのままなのでやや立体的になり、冷凍庫で嵩張るのでこのやり方をする業者さんは少ないです。

2.『目と目の間の少し下辺りを包丁で刺して〆る』
ここがタコの急所です。昆虫や甲殻類などは当てはまりませんが、その他の多くの生物は基本的に目の後ろ辺りに脳があります。そこを包丁で刺す〆方です。タコに傷はつきますが、良心的な処理方法です。面倒臭いからやりたがらない業者さんがいると聞いたことがあります。実は現在お付き合いいただいている業者さんがこの〆方です。有り難いです。

3.『真水に放り込み動かなくする』
数分、数十分前まで海にいたタコを地下水や水道水の水槽に入れてしまう〆方です。実はこれが『場合によって』は最悪。

この(3)の〆方、真水に移されたタコはぐったり動かなくなって死んでしまいます。それをすぐに引き上げるのならまだいいのですが、人によってはわざと長時間放置することがあるそうです。理由は重量増し。塩分濃度が3.5%から0%の環境になり、浸透圧の関係だけでそうなるのかどうかよくわかりませんが、タコの身体は水を吸い込み重くなるわけです。タコの重さは増しその分高値で取引されるわけです。もちろんあくまでも一部の人です。中にはその弊害に気付かずルーチンワークとしてやっている人もいるのかもしれません。

 私の店に初めてこの水ぶくれタコが届いた時のことをよく覚えています。ブヨブヨ、グニャグニャ...。まるでスライムです...。しっかり持つことも難しい...。ところが塩を振り、揉みだすと水が溢れんばかりに出てきて固い固いタコになりました。もうビックリです。それをすぐに茹でて味見をしたところ、

「旨みがほとんど... いや全然ない...。」

少しフォローするとおそらく元々質の悪いタコだったのでしょう。良質のタコだったらダメージも少なく、ある程度は味が残っていたでしょう。ただ、とにかく驚きました。塩揉みでタコの旨み成分も大量の水と一緒に流れ出てしまったのだと思います。知ってか知らずか? そういう処理をしている人が居るのは事実。『いいものを出荷したい』と思い真面目に働く関係者が気の毒です。とても残念なことです。

さて、『産地よりも、タコの質の良し悪しを左右するのはそれとは別の問題』の第二。それは調理人と消費者のタコに対する認識です。それは『食感重視、味には無関心』という問題です。

実は私が最初にタコの旨さとその旨みのエキスの存在に気が付いたのは、福岡の柳橋連合市場で生のタコを買った時です。私の場合28歳までそれに気付いていなかったのです。もちろん知っている人は知っていたのでしょうが、一般的には『タコの味』を知る人が少なかったのは事実です。では、どうしてそうなってしまったのでしょう?

私が店を始める前のことでした。修行も何もしていませんから、せめて勉強しようとタコやタコヤキについて色々調べました。その一環で、大阪市のミナミ(元南区のエリア、キタは梅田辺りを指す)、難波の千日前南海通りにある波屋書房さんにも行きました。大阪の料理人には有名な書店で、料理に関する本が店の半分以上占めています。黒門市場や道具屋筋も近く、言わば大阪の飲食業界の聖地の一角にある書店です。そこで『食材辞典・海産物編』という本を見つけました。もちろん料理人向けのものです。分厚く表装も立派、値段も高かったと記憶しています。写真入りで主な産地、旬、目利きポイント、保存方法や調理の注意点など、それぞれの食材ごとに細かな情報が書かれていました。もちろんその中でタコ(マダコ)を調べてみました。しかし、そこに書いてあった『タコの説明』の文章。それを読み唖然としました。

『タコは食感を楽しむ食材である。』

そう書かれていたのです。

『へっ... 味は...?』

おかしいなと思いながらその先を読み進めても”味”についての記述は一切ありません。確かに食感はタコにとって大事な要素です。ですがまったく味については触れられていないのです。調理例としても

『調味料や出汁をしみ込ませる』

という内容が多く書かれていました。

『タコの旨みを活かした料理』

が無かったのです。腑に落ちない私は他の本も調べました。同じように立派で高額な調理人向け専門書を開いてみても同じで、『タコは食感に優れる』と書いてあるものの味の記載はなし。あったとしても『味は淡白』と書いてある程度です。

『タコの本来の味はどうでもいい、残った繊維に味をしみ込ませる。』

まるでそうしろと書いてあるように思えました。世界で最もタコを愛し、タコを食べる日本人。一体どうしてこんなことになっているのでしょう。一般の素人ならまだ救いはあるでしょうが、一部かも知れないものの調理人や調理に携わる人達までもがその認識だったのです。

 京都市内のとある神社のお祭りを見に行った時のこと、大行列のタコヤキ屋台がありました。ちょっと興味があったので並んで買いました。そこにはすごく大きなタコが入っていて、

『ああ、これで人気なのか。』

と食べてみます。

「...。」

しかしタコの味ほとんどなく、噛めば水道水の味が感じられます。皆さんも経験あるのではないでしょうか? 特に『大タコ』を売りにしているタコヤキでは結構な確率でそんなものがある気がします。なのにその店の評判が高い...。私は悲しいです...。

 一部の業者がタコの扱いをないがしろにして、調理人もそれに文句を言わず、消費者は知らずに『そういうものだ』と思い込んでいる。また、真面目な業者さんがいい素材を出荷しても、結果的にタコを台無しにしていることもある訳です。これじゃぁどうしようもありません。手を抜く業者さんがいても仕方がないと思ってしまいます。

 産地がどこか? それよりもタコの良し悪しを決める問題。それは漁業関係者、商社など販売に係わる人々、調理者それと消費者それぞれの意識の問題ではないかと私は思えてなりません。


 さて、嫌な話はそれくらいにして輸入について書きます。30~40年前くらいは確かスペイン産のタコが多く流通していたと記憶しています。その後、だんだんとアフリカ西海岸諸国のモロッコ、モーリタニア、最近ではセネガルも増えつつあるとか。ところでこれら西アフリカ諸国は外貨獲得の手段が乏しく、結果タコは乱獲され漁獲量も減少傾向にあります。各国政府は禁漁期間を長く取るなどしていますが、なかなか成果が出ていないのが現状。密漁も多く行われているようです。

また何とこれらの国はイスラム教徒が多く、タコを食べない習慣があります。なんでもイスラム教では海産物について

『ウロコとヒレの無いものは食べてはいけない』

という決まりがあるようです。ですから自分達は食べない元々無価値であったタコがお金に換わるということで大喜び。歯止めが利かないのでしょうね。それにタコ壷漁は大掛かりな設備も不要です。船も小さなものでも充分ですから密漁には向いているのかもしれませんね。

 ところで、このアフリカ産タコの色。あくまでも一般論ですが、日本国産は濃い小豆色なのにアフリカ産は比較的に薄い色合いという話があります。確かに場合によってはピンクっぽいタコも見かけます。日本は火山国なのでリアス式海岸に代表されるように深い入り江が多くあります。砂浜とは違い岩場が多く水深も深い。そういう場所では潮の干満が大きく流れも速い。特に瀬戸内海のように、狭く長い海域はその傾向が大きい。因みに大潮の瀬戸内の潮の干満差はなんと4m。つまり同じ日に海面の高さが4m違うということです。私も過去、広島で釣りに出かけたときのこと、満潮時に渡し舟(漁船)に乗りこむ際は波止場から船の舳先にそのまま足を運んだのですが、釣り場から帰った干潮時は波止場に上がるときに梯子を何段も登った記憶があります。すごい高低差です。因みに世界最大の干満差はカナダの大西洋側、ファンディ湾というところで、なんと12.9mだそうです。... えっと... ごめんなさい。また大きく話が逸れてしまいました。でっ、何が言いたいかと言うと、海岸線が入り組んだ潮の速い岩礁にいるタコは、岩と同化するために皮の色を黒っぽくする必要があるので、基本的に色が小豆色のように濃くなります。対してアフリカ。これも某メディアで聞いた話ではありますが、西海岸、特に北部は砂漠地帯が多く、海も広大な遠浅の砂浜が広がっている場所が多いそうです。だから皮の色も薄い。しかも潮も緩く岩にぶつからないから皮の厚さも薄いと言う人がいました。昔々、とある大阪の有名タコヤキ店がテレビで、

「国産よりアフリカ産のタコの方が皮が薄くて柔らかくてタコヤキに適している。」

なんて言っていました。別にアフリカ産を使うことに云々言うつもりはないですが、

「こっち(アフリカ産)の方が安いから。」

と言えば良いのにと思いました。しなくてもいい『言い訳』を態々しているように感じましたね。私が天邪鬼なんでしょうけど...。まあ、それは置いておいて、

『岩場でなく砂浜の多い場所で育つから皮の色も厚さも薄く柔らかい。』

という話。『成る程』とも思いますが、アフリカ北西部にまったく岩場がないわけないし、岩があるようなところでないとそもそもタコは繁殖できません。それなのに『砂地で育つから...。』というのはどうかと思います。傾向としてはそういうこともあるのかもしれませんが、実際スーパーで見かけるアフリカ産のタコで黒っぽいものもたくさんあります。

では結局国産とアフリカ産タコの『色』を基準とした見分け方はどうなのか? 私なりの結論は、

『皮の色と厚さが薄いもの、特に色が明るい赤やピンクっぽいものは傾向としておそらくアフリカ産だけど、小豆色っぽいものはどちらか判りにくい。』

ということです。ただ、吸盤の色。コレには差があるように感じます。濃い小豆色した国産とアフリカ産のタコ。良く似ていますが、吸盤の中の色がうっすら小豆色なら国産。真っ白ならアフリカ産。これはなんとなく正解である気がします。あくまで経験上ですが...。

 さて、また余談が長くなってしまいましたが、そういった西アフリカ諸国の事情もあり、最近では中国、ベトナムなどアジアからの輸入も増えているそうです。特に思い当たることとしては2010年よりちょっと前だったかな...。モロッコかモーリタニアかどちらかの国が1年近く禁漁期間を取ったことがありました。日本の水産業界、特に大阪のタコヤキ店に卸している業者さんたちに大打撃でした。もちろん値段も上がりますが、なんと言っても代表的な庶民のメニューです。特に大阪人はタコヤキの値段に厳しいですからメディアでも騒がれていました。どうもその頃から中国産が増えた気がします。

 そして更に昨今。EPA(経済連携協定)の影響で他の東南アジア諸国からも輸入が増えているようです。インド、スリランカなどは特に単価が安いようで、アフリカ諸国との関係はどうなっていくのか気になるところです。

 私の店では山口県周防瀬戸産を仕入れています。瀬戸内海に面した柳井市、上関半島、平群島、周防大島辺りのタコです。とても丁寧で良心的な業者さんです。もう20年以上のお付き合いです。この場をお借りして感謝申し上げます。有難うございます。


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