いつ、何がきっかけで人生が良くなるかわからない

まず初めに言うと暗い話と狂った常識と素晴らしい友人要素が入ってるので、それでも良い方は読んでください。

初めまして。テレビ、お笑い、音楽ゲームが好きなカードカーDです。僕の人生が良くなったので人生の話をします。

1、家族との生活

母は僕が小2の時から病気で小5で死んだので、父と姉と兄がいます。生前の母と兄と僕は相当テレビとお笑い好きで、姉もテレビがついてると楽しんでました。現在兄は「シャラ〜ペ」って芸人です。

僕の青森の実家にはリビングにテレビ1台とHDDレコーダー1台とPCが1台あるだけで、他の部屋にはありません。家族共用です。見たいチャンネルが同じだと良いけど、違うと一番下の僕は我慢させられます。他にもテレビゲームや録画番組を見る時間もあるので、好きにテレビを使うことが出来ませんでした。母が病気になった時、寝るとき腕が痛いので支えが必要とのことで僕がずっと支えるはめになりました。リビングでは姉と兄がテレビを見てるのに、僕だけ母の寝る時間に合わせ寝室に行かなければならないので辛かったです。

姉とも兄とも不仲で、いっつも怒られて殴られてました。まあ僕が原因なことも多かったですが、今思うと姉は明らかにやべえやつなので、下手すると僕と姉とのケンカで僕が悪かったことは一度も無い可能性あります。とにかく理不尽怒られまみれでした。でも兄は、僕が友達と遊んでる時に大泣きしてたので部屋から連れ出して「何で泣いてるの?」と聞いてくれて、遊んでる友達4人中2人に遊戯王カード盗まれたからと言ったら、4人帰ろうとした時兄が2人だけ呼び止めて、荷物検査してくれました。もちろん僕のカードが出まくりますが、僕の友人のカードも出まくり、兄はわざわざ2人と一緒にその友人の家まで行って謝ってくれました。そんな姉は僕が小5くらいの時に実家を出ていってくれましたが、兄がひきこもり、起きてる時間ずっとテレビとPCを使われました。「PC使わせて」と言っても無視されるし、テレビ見てても強制的にリモコン奪ってくるしで最悪でしたね。そんなわけで兄が寝てる時間に起きる生活を初め、僕もひきこもりになりました。兄は高圧的で、自分のお菓子も勝手に食べますし、常にイライラしてるアピールが凄まじかったです。物投げる時も中身のはいってるTKO木下さんのように僕目掛けて全速力で投げますし。父に姉と兄への文句を言っても「そんなこと言うな」しか言わないので家族全員嫌いでした。この辺から自殺を視野に入れました。PSPとワンセグチューナーと高容量メモステと太鼓の達人を手に入れてなんとか生活してました。

幸いにも遊戯王や太鼓の達人をしてたので、その繋がりの同級生達がよく遊びに来てくれました。家が近い訳でもないのにほぼ毎日プリント届けてくれる友人も一人いました(マジでやさしい)

兄が出ていってくれました。その結果テレビで過去見れなかった録画番組を流しながら、PCで青森で放送されてない番組の動画を探しながら、PSPで太鼓の達人をしてました。動画に関してはすぐ削除されるので、一字一句暗記出来るまで再生しました。例えば「爆笑レッドカーペット」だと、せめて漫才やコントだけを暗記すれば良いはずなのに、MC達のトークとキャッチコピーと採点結果とレカペ会員の感想とカムバックにリクエストされた芸人とレカペ賞まで暗記しないと気が済みませんでした。もちろん何度も同じものを見てるので全く笑いすらせず、自分でもなんで見てるのかよくわかりませんでした。動画は基本あがらないので検索だけで日々が過ぎました。録画番組は一字一句暗記しようとはしてないのに、何故か同じものを何度も流してしまい結果的に暗記しちゃいました。もちろん何度も同じものを見てるので全く笑いません(この暗記癖は未だにあって辛い)。CS日テレで初期の「エンタの神様」が放送されるとのことで、ネタを全て見ないと気がすまない病の僕は契約しました。その時青森では見れない「アイドルの穴2010」という番組もCS日テレで放送されてて凄い面白かったです。太鼓の達人は当時「きたさいたま2000」を除いて全フルコンしてるのに、「きたさいたま2000」はクリア出来ないとかいう状況からなんとかフルコンし、きたさいたま4倍フルコンや「成仏2000」をフルコンするくらいまで上手くなれました。友人達も感動してました。この辺でクラスでちょうど太鼓の達人が流行ってたようで、いつの間にか僕が有名になってました。

中3で優しい友人のお陰なのか有名になったお陰なのか単純に高校受験の危機感かわかりませんが登校し初めました。荒れてて不良達が好き放題してたのでなかなか嫌でしたけど、1年通い続け高校受かりました。高校も馴染めなくすぐ中退しましたが、太鼓の達人きっかけでマジで優しい友人2人と出会えて、辞めた後も遊んでくれました。ただ、その内の1人はマジで優しいのに、毎日嫌いな同級生にスマホ奪われてSNSやラインが乗っ取られるので、あまり会話出来ませんでした。中学時代のマジで優しい友人とも引き続き遊び「同級生がYoutuberになってた」と言われたので一緒に見ました。あまりのつまらなさに大ハマりしてしまい(Syamu_gameさん系)、毎日見続けてモノマネ出来るようになりました。が、裏笑いを理解出来る人は限られているので、ハマりすぎて不仲になってしまいました。

2、一人暮らし

テレビとお笑いが好きなので上京しました。相変わらずテレビを流しながらネットで過去見れなかった番組動画探しながらPSPでゲームです。自分専用のテレビとHDDレコーダーがあるのは本当最高です。面白いテレビ番組多いし、同級生と会うリスクも無いので外出出来るしで結構生きる気がわきました。そして近めのゲーセンが安かったのでいろんな機種をしてました。中でも「SOUND VOLTEX」が一番楽しかったです。このゲームきっかけの知り合いも増えました。後にこの機種に専念します。

3、ルームシェア

兄が同居したいと言ってきます。まあ色々あったけどお互い大人になったし、お笑い好きだし、何よりお互い自分専用のテレビとHDDレコーダーも持ってるし良いかなと思って2部屋ある家の別の部屋で同居しました。そして高校の同級生も同居したいと言ったので僕の部屋で同居しました。バイト先も僕、同級生、兄の友人の学生芸人2人という良い環境でした。引っ越し後もSOUND VOLTEX繋がりの知り合いが増えました。知り合いが大会を主催するようで招待してくれました。

しかし私物がどんどん無くなっていき、兄も同級生も疑いたくないけど信じられなくなってしまい、接客業の最悪なお客さんへの対応も多くなったのもあって人間が無理になってバイトを辞めました。人間が無理なので連絡先ラインTwitter全消しして完全に死ぬ気でした。数日は特に何もしないか、なんか動画見るとかで過ごしてました。そこで大会に招待されてたことを思いだし、無断キャンセルは良くないなと思ったので、音ゲーマーのみと連絡するTwitterをこっそり復活させました。他人のツイートを久しぶりに見ると音ゲーがやりたくなってきて、いつの間に僕が大好きなginkihaさんの曲やBKBみたいな曲が追加されてたのもありゲーセンに行きました。その日に大会課題曲である「Invitation from Mr.C」をPUCすることが出来て、フォロワーのみんなに祝って貰えて大会に参加する気もわきました。この曲のPUCは当時45人しかいなかったようで、こんな難しい曲をPUC出来たのは奇跡に近いです。楽しかったし死ぬ前に音ゲーに全額ぶっ込もうと決意しました。時間も金もあるので相当上手くなれてまた知り合いも増えました。暗記しないと気が済まない病がこのゲームとの相性が抜群でした。「Firestorm」なんかは200回ほどPUCのために頑張ったので、その努力を知ってる知り合いは感動してくれました。

私物盗ったのが兄と発覚しました。兄の白いカバンから遊戯王のカードが数枚見え、自分のカードを確認したら高額なカードだけピンポイントにプロテクターから抜かれてる状態で、所持デッキのキーカードと兄のカバンのカードが一致してました。遊戯王カード以外にもいろいろ無くなってたのですが、遊戯王はちょうどこの時期大幅なルール変更があり、どのカードも買取り価格が10円程度になってしまったため売れなかったんだと思います。クレジットカードも不正利用が13万ありました。2022年10月、未だ謝る気配無し。ショックで外出する気も音ゲーする気もテレビ見る気も起きずに数日過ごしました。今回も大会に招待されてたので「大会キャンセルで」と連絡を入れました。SOUND VOLTEXで期間限定イベントがあり、逃すと何年も出来なくなるので仕方なしに大会前日にゲーセン行ってイベント終わらせたら主催者と会い、心配してくれて「当日出れそうなら来てほしい」と言われました。ずっと最悪なメンタルで最悪な目覚めだったのに、不思議と大会当日の朝に気分良く目覚め、大会会場に近い別のゲーセンで音ゲーをしたら楽しくて、大会に楽しく参加出来ました。主催者にチームに誘われ、僕と仲良しの2人も後に加入して、定期的に遊びの計画建ててくれました。仲良ししか居ないので居心地が良いです。チームメイトは音ゲーが上手くてコミュ力も高いので知名度も上がっていき、その人達の「チームメイト」ってだけで僕も勝手に知名度が上がり知り合いが増えました。ありがたいです。あとバイト先2回一緒になっただけの知り合いも「そんなに音ゲー上手いのにやらないの勿体ない」言って遊ぶ度交通費食費音ゲー代服をくれvitaも貸してくれました。マジで優しい。(追加情報、vitaをタダでくれました。優しい)

4、一人暮らし

しかしまだ生きる気がわかない。生きる気が無いので当然将来のことはどうでもよく、就職なんて考えたこともない。GyaoでM-1グランプリの3回戦と準々決勝の映像を見るだけの日々。Gyaoをチェックしてみるとグラビアも無料で結構見れるので見てみた。「アイドルの穴2010」で一番頑張ってて好きだった滝川綾さんの映像を見た。優しいーーーーー!保育士してるせいかとても母性感じた。笑顔かわいい。演技上手い。表情が良い。エッチ。マジで優しい。即作品全部買っちゃいましたねーーーーー!全作品優しいーーーーー!グラビア見まくった僕でも一目で他のグラビアアイドルとは違う何かに気付いた。ここで、「滝川綾さんなら俺の辛かった人生も理解してくれそうだし悩みを相談したい」と思っちゃって、辛かった人生思い出して大泣きしちゃいましたね。この辛かった人生を相談出来る人も居なかったし。公園で遊ぶシーンとか「これが家族との過ごしたかった生活なのかな」と気付きました。

通ってるメンタルクリニックのドクターに大泣きしたことを話したら「普通は家族が優しいから心の支えになったり生き甲斐になるけど、上手くコミュニケーションがとれないとテレビとかの娯楽に依存することが多い」「家族に心開けないと他人にも心開けない」と言われ、今までひきこもってた理由、辛かった理由もわかり、これを親に話したらめっちゃ反省してくれて良かったです。友人と趣味のお陰で自殺はしてない状態というのもわかったので、友人にはとても感謝してます。ひきこもり時代知ってるので今元気でいてくれてることを喜んでくれてます。家族以外は優しい人間多いと知れたので人生も楽しいです。(追加情報、自分がASDという診断を受けた際姉に言ったらASDに理解を示して歩みよってくれました)

滝川綾さん、ググったら本当に良い方だし苦労人だしで人間として尊敬出来すぎますね。5年前に引退されてますが、今年手紙書いたら返事がきてびっくりしちゃいましたね。別に辛かった人生のこと書いてないし返事も促してないので切手とか入れてないのに長めに書いてくれました。手紙の内容もステキでしたし。

滝川綾さんは未だに覚えててくれてて嬉しかったようなので、好きだった方や好きになった方はぜひ手紙を元所属事務所に送ってみましょう。


人生楽しいけどやはり母性にはうえてるしテレビの暗記癖は直らない。それはつらい。

(追加エピソード)滝川綾さんの映像を見る半年前、高校の先輩が東京に遊びにくるとのことで誘われて、二人で行ってみたいらしい浅草に初めて行った。先輩は籤を引いてみたいようですが、有料かつ僕は貧乏性なのでパスして先輩の結果だけ眺めようと思ったらおごってくれて引いた。先輩は凶を引いて、僕は1番で大吉を引いた。「何事も全て上手くいくでしょう」や「願いは全て叶うでしょう」と書かれてた。流石に先輩に籤料金を返した。今思うとこれ本当では?凶引いた先輩も籤引いた数ヶ月後に災難がきてました。それは籤の通りになるなよ

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