私の百冊 #08 『海街diary』吉田秋生

『海街diary 9 行ってくる』吉田秋生 https://www.amazon.co.jp/dp/B07KQMJFVF/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_karPFbPCXANP4 @amazonJPより

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僕にって吉田秋生さんは、吉野朔実さんと並ぶ、二大巨匠の御一人である。(少女漫画家に分類される作家さんの作品はほとんど読んでいないのだけれど、このお二人だけは別枠)。残念なことに吉野朔実さんは五十七歳という若さで亡くなられてしまったが、吉田秋生さんはバリバリの現役であり、つい先月にも『詩歌川百景 1』を発表されたばかりだ。

さっそく思い切って言ってしまうけど、代表作を『BANANA FISH』と見るか『海街diary』と見るかによって、吉田秋生さんの読者(あるいはファン)は二分されるのだろう。しかしこの二つの作品のあいだには、書誌情報を確かめると、なんと二十年もの歳月があり、その間に、『BANANA FISH』から繋がる『YASHA‐夜叉‐』と、『海街diary』へと繋がる『ラヴァーズ・キス』がある。

さらにまた勇を鼓して言ってしまうけど、吉田さんは『BANANA FISH』連載中にものすごく絵が上手くなったようだ(同じ人が描いているとは思えないほどに)。中でも美少年を描くのが上手くなり過ぎてしまい、そのうえ『BANANA FISH』が社会現象的なくらいに売れてしまったものだから、『ラヴァーズ・キス』のあと『YASHA‐夜叉‐』を描かざるを得なかった。本当なら『ラヴァーズ・キス』を前奏曲として『海街diary』に入っていくタイミングなのだけれど、それが許される状況になかったのではないかと想像する。

(……なんだか僕は今ものすごいことを言ってしまっているようで、これからしばらく夜道を歩く際には、前後左右に加えて上下まで注意を払わなければいけないかもしれない……)

ところで僕はと言えば、こうして取り上げるくらいなので、「BANANA派」ではなく「海街派」である。近刊の『詩歌川百景』が『海街diary』に繋がる物語だと知って、つい最近もざっと読み返しをしたばかりだ。鎌倉に暮らす訳ありの四姉妹の心の綾が丁寧に描かれた大傑作である。(三女については少し描き足りていない印象が残るけれど…)

僕が「海街派」を標榜するのには、実は個人的な背景もある。遠いご先祖様(母方の祖父のずっと昔)が鎌倉の極楽寺近辺の人たちであり、今でも父がお墓の管理費?を支払っていたりして、子供の頃、毎年お盆になるとお墓参りを兼ねて鎌倉に遊びに行っていた。四年半ほど前、パニック障害に陥って社会から完全にドロップアウトした際には、家内と二人で長谷寺の観音様にお参りをした。今でも財布の中に、そのとき頂いた十一面観音のお守りを忍ばせている。(あの美しくも大きな観音様の前で、四年前の僕は成す術もなく泣き崩れた。パニック障害というのはそういう病気でもある)

さて、先ほど「訳ありの四姉妹」と書いたけれど、四女はいわゆる腹違い(異母)である。三姉妹の父親は外に女をつくり駆け落ちして四女をもうけ、亡くなった。他方で三姉妹の母親のほうも家を放り出してしまっており(こちらもそういう人なのである)、鎌倉の古い家に三人で暮らしている三姉妹のもとに四女がやってくるところから、物語が始まる。いやもう無茶苦茶に訳ありである。が、突飛な設定によって物語が成立している類いの作品では、決してない。父母の影が希薄であることによって、四姉妹の抱える共通の事情、そして各々の事情が、それぞれに際立ってくる。もちろん父母の不在が無視されているわけではない。「不在」とは「在らず」なのであり、かつてそれは紛れもなく「在った」のであり、だから四人は(訳ありとは言え)姉妹なのであることが、しっかりと描かれる。

コミックは9巻で完結する。ここではネタバレはしないけれど、冒頭に載せた巻9の書影をご覧いただき、期待感をいっぱいにしてお読みいただければと思う。「いらっしゃい」から始まって、「行ってくる!」で終わるお話しです。

【蛇足:映画について】

本作は実写化され、劇場公開されている。5年前(2015年)の公開であり、つまりはあの広瀬すずが十六~十七歳だった時の撮影であり、とにかく呆然とするほどにキラキラしていたわけだけれど、なにしろ周りの役者が凄いので、「広瀬すずのキラキラ動画」にはなっていない。主演に綾瀬はるか・長澤まさみの両名がそろった上に、樹木希林・風吹ジュン・大竹しのぶ・リリーフランキーらが並んでいるのだ。中でも樹木希林と大竹しのぶは凄い。三姉妹の大叔母と三姉妹の母親なのだけれど、この二人は紛れもなく天才だと確信した。この映画もガッカリしない実写化のひとつなので、併せて楽しめますよ。(綾透)

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