もうすぐ春が来るよ

春が
もうすぐそこまで来ている気配がして
わくわくする感じ。

毎年この時期を心待ちにしている。

けれど去年のわたしは
この時期にひどく落ち込んでいた。
理由は忘れてしまったけれど
気分がとてもどんよりしていて塞ぎ込んでいて。

今思い出してみても
その頃のことはなんとなく色がない。
そもそもあまり覚えていないし
何かにつけて、鮮やかさがない。
モノクロの写真か映画みたいに
ぼんやりしていて遠い昔のよう。

春の気配を感じることもなく
日々、淡々と生活していて
暇さえあれば落ち込んで
わけもなく悲しくなったり
やたら不安になったりして
どうにかするには
とにかく眠るしかなかった。

寝ている間は
余計なことを考えなくてすむし
時間もあっという間に過ぎてくれる。

基本、仕事以外では
家から出ることなく過ごすわたし。
ネットスーパーや
食事を配達してくれるサービスやら
次から次に便利なものを発見し
出不精に拍車がかかった。

そんなある日。
何気なくいつものアプリを開いて
食事を配達してくれるサービスを利用した。
少し予算オーバーだったし
初めて頼むお店だったけれど
美味しそうなハンバーガーに惹かれた。

洗濯物を干しながら配達を待ち
寒い中、配達の人が玄関先まで
わたしの頼んだハンバーガーを届けてくれた。

受け取ったハンバーガーをテーブルに置いて
キッチンでコーヒーを淹れた。
丁寧に包まれた袋から
これまた丁寧に包まれた箱を取り出した。

そしてふと、その箱に貼り付けてあった
小さなメモに目が止まった。

「春はもうすぐ!あたたかい日が早く来るといいネ!」

と綺麗な手書きの文字で書かれていた。
おそらく店側の注文用紙か何かで
わたしの注文番号などが書かれた
名刺サイズの小さなメモだった。

わたしはそれを見てハッとして
カレンダーを見た。
ちょうど今ぐらいの時期だったと思う。

もうすぐ春か!

その時なんだか急に
春が来ることにわくわくした。

季節が変わったって
わたしが変わらないことには
この日常が何一つ変わらないことは
十分に分かっていたのだろうけれど
それでも全く気が付かない
というよりも気にもしていなかった
「春」がもうすぐそこまで来ていて
落ち込んでぼんやりしているわたしにも
平等にもうすぐそれは訪れるのだと思って
急に元気が出たような気がした。

「あたたかい日」が
もうすぐわたしにもやって来る!

みんなと同じように
わたしにも「春」が来てくれる!

そして次には
あれ、わたし何やってるんだろう?
なんでこんなに落ち込んでたんだっけ?
こんな一人でぼんやりしてる暇あったっけ?
「?」マークが頭の上にぽんぽん出てきた。

泣きそうになった。

なんだかとても
もったいない時間の使い方をしてきたようで
とにかく早く時間が経って欲しかったけれど
その時はこぼれ落ちた時間たちが
愛おしくて恋しくて、拾い集めたい気分だった。

今となっては
そんな時間も必要だったと
胸を張って言えるのだけれど
その時は自分が浪費してきた時間が
おそろしく膨大だった気がしていた。
まあ近くで見るからそう思っただけで
今見てみれば大したことないと思うけれど。

近いものは大きく
遠いものは小さく見えるだけのことだ。
別にどこから見ても同じもので
どこから見ても正解だ。

浪費した時間の山を見て
また不安になったのは言うまでもないけれど
カードの手書きの文字を見て
明るく大丈夫だと思えた。

そう、もうすぐ春が来るんだ!

わたしは誰が書いてくれたか知らない
そのお店の小さなカードの
心の込もった手書きのメッセージに
あの時、救われた。

去年の今頃
わたしは毎日のように
そのカードを眺めながら
春を心待ちにしていたんだ。

だからわたしも誰かに言いたい。
今あんまりいい気分じゃないし
これからもいい気分になれそうもないなと
ぼんやり思っている誰かに。

もうすぐ春が来るよ!



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