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メダカちゃん

夏には死の匂いが立ちこめてる。

今日、飼っていたメダカちゃんが死んじゃった。

もともと、店で買った時から「1番弱い品種だから、夏になったら死んじゃうと思うよ」と言われていた。
だけど、いざ死んでしまうと「最後にエサ食べる前に死んじゃったな」とか
「朝は生きていたかな、いつ死んじゃったのかな」とか
「ここにいる間は快適に過ごせたかな」なんて、
とりとめもないことたくさんたくさん考えさせられている。

それだけ、死には色んなものがつきまとってくる。


わたしははじめはあっさりしたもので、
主人が「こいつどこに埋めてあげるの?」と言った時は、
「生ゴミじゃないの?」と返していた。それに彼はショックを受けていたようだ。

水面にヒレを広げてただただ浮かぶメダカ。黄色いほうが死んでしまった。もう一匹いる白い方は、ちょっと強い品種だと言われて、事実そいつはまだ生きていて、黄色いほうの周りを泳いだりつついたりしている。死体には良くない菌が涌いたりするから、早めに取り除く。


もう一匹を生かすために、水槽の水を取り替えよう。


割り箸で浮かぶメダカをつまみ、白い紙の上にとりあげる。なぜか"死体は白い紙に取り上げる"というのが儀式だと思っていた。そしてその時、ふと「やっぱり埋めてあげよう」と思った。


外で煙草を吸う主人に「埋めるならどこ?」と聞いたら、ちょっとまたびっくりしながら「家の横のとこじゃない?」と言った。明日、明るくなってから埋めてあげよう。


''夏の庭/湯本香樹実''という、読書感想文の課題図書になった本がある。わたしも文庫を読んだ。
小学生か中学生が、近所の死にかけたおじいちゃんに怖いもの見たさで近づいて、交流していくお話だったはず。

「生き物だけじゃなくてモノやコトにも、触れ合った頻度に別れのつらさは比例するなぁと感じました。」といった感じの読書感想文を書いて提出した。


まさしく、そう感じたのだ。人生の中でも。

飼っていた金魚より、ハムスターの方が埋める時何倍も辛かった。

きっと、2軒隣の人より自分の遠いところに住んでる祖母の方が亡くなった時は悲しいと思う。


だからこそ、人間として辛くなく生きていけるのだろうし、
だからこそ、痛みを知らずに差別の種になってはいけないなと思う。


この湿気の多い熱き季節。
いやだなぁ、ずっと寝ないでいたい。

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