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狂犬病予防法(昭和25年成立時)/ 第三章 狂犬病発生時の措置(殺害禁止)第十一条

今のではなく、昭和25年に出来た時の狂犬病予防法を読み続けています。

条文も短く難しそうなところはありません。 


(※條を条に直したり、当時の文字と違う書き方をしています)

第三章 狂犬病発生時の措置
(殺害禁止)
第十一条 第九条第一項の規定により隔離された犬は、予防員の許可を受けなければこれを殺してはならない。

国立公文書館デジタルアーカイブ 狂犬病予防法・御署名原本・昭和二十五年・法律第二四七号


概要

(隔離義務)第九条にて診断したら隔離しなければならないとしていますが、その隔離した犬は「予防員の許可を受けなければこれを殺してはならない」。
初めて読んだ時、第九条で「殺すことをさまたげない」と書かれていることと矛盾するのでは?、と思ったのですが「隔離できた犬は殺してはならない」であり、捕獲や診断時に危険があり隔離出来ないのであれば、やむを得ないと解釈すればいいだろう。

現在との近い

字体が旧字が今の字かを除くと、「犬」が「犬等」になっているだけのようです。

昔の話

狂犬病対策として町中で犬を撲殺していたという話を耳にすることがあります。それに付いては第四条のnoteに少し書きました。
明治のはじめの頃は狂犬病対策の(国の)法律はありませんでした。各都道府県で規則を作り対応していました。東京都の場合、畜犬取締規則(明治十四年五月十八日)がある程度の形が出来たものだと私は思っています。

その当時でも「飼い主がいる犬の場合は、狂犬病と診断されたら、飼い主立ち合いの上、撲殺する」ことはあるが、狂犬病でもない犬を撲殺することは許されていませんでした。
飼い主がいないとおもわれる犬についても「無標の迷い犬が徘徊する場合(中略)むやみに撲殺してはならない」としています。

更に昔、東京都では明治六年四月二日の畜犬規則なる狂犬病対策がありますが、そこで「札の無い犬は全て飼い主の無いものとみなし、その犬は駆除」という内容が書かれ、これが問題になり「むやみに撲殺してはならない」となったらしいです。
ところで、江戸時代の日本は旧暦を使っていたことはご存知だと思います。それを現在の暦にしたのは 明治5年11月。明治6年というのは、まだまだ世の中の変化に多くの人が対応しきれなかった時代のようです。

この辺りのことは、以下のページが参考になります。
狂犬病予防法関連 明治以後の犬に関わる法令の現代語訳
みやざき・市民オンブズマン


日本人の動物観については色々と書きたいことがありますが、それはいつの日か改めて。
今回はここまで。

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